財産の分与に関する処分の審判において当事者双方がその協力によって得た一方当事者の所有名義の不動産であって他方当事者が占有するものにつき当該他方当事者に分与しないものと判断した場合に家事事件手続法154条2項4号に基づきその明渡しを命ずることの許否
家庭裁判所は、財産の分与に関する処分の審判において、当事者双方がその協力によって得た一方当事者の所有名義の不動産であって他方当事者が占有するものにつき、当該他方当事者に分与しないものと判断した場合、その判断に沿った権利関係を実現するため必要と認めるときは、家事事件手続法154条2項4号に基づき、当該他方当事者に対し、当該一方当事者にこれを明け渡すよう命ずることができる。
民法768条3項、家事事件手続法154条2項4号
令和元年(許)第16号 最高裁令和2年8月6日第一小法廷決定 財産分与審判に対する抗告審の変更決定に対する許可抗告事件 破棄差戻
原 審:令和元年(ラ)第909号 東京高裁令和元年6月28日決定
第1審:平成30年(家)第2368号 横浜家裁平成31年3月28日審判
1 事案の概要
本件は、抗告人(X)が、離婚した妻である相手方(Y)に対し、財産分与の審判を申し立てた事案である。XとYの間には、財産分与の対象財産として、X名義の建物(以下「本件建物」という。)等の財産が存在したが、本件建物はYが単独で占有している。
家事事件手続法154条2項は、家庭裁判所は、同項各号に掲げる審判において、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができる旨を定めており(以下「給付命令」という。)、4号は「財産の分与に関する処分の審判(以下「財産分与の審判」という。)」を掲げている。本件では、財産分与の審判において、本件建物がYに分与されない場合(つまり、財産分与の前後で名義に変動がない場合)であっても、家庭裁判所が、Yに対し、給付命令により本件建物をXに明け渡すよう命ずることができるかどうかが争われている。
2 1審の判断
1審は、本件建物等をYに分与しないものと判断した上で、Xに対し、給付命令として、清算金209万余円をYに支払うよう命ずるとともに、Xに帰属すべき本件建物をYが単独で占有していたことから、Yに対し、給付命令として、3箇月の猶予期間を設けた上で、本件建物をXに明け渡すよう命じた(夫婦の財産としては本件建物以外に、X名義の土地、XY各名義の預貯金が存在したが、いずれの財産も名義人が名義どおりに取得することとなり、その差額の2分の1相当額が清算金の約209万円となっている。)。
3 原審の判断
原審は、1審と同様の内容で各財産の帰属を定め、同額の清算金の支払をXに命じたが、本件建物の明渡しの給付命令については、X名義の本件建物をYに分与しないものと判断がされた場合、名義人であるXからYに対する本件建物の明渡請求は、所有権に基づく請求として民事訴訟の手続において審理判断されるべきものであり、家庭裁判所が家事審判の手続において命ずることはできないとして発令しなかった。そこで、Xが抗告許可を申し立て、原審がこれを許可した。
4 本決定
第一小法廷は、決定要旨のとおり判断し、家庭裁判所は、財産分与の審判で判断された内容を実現するため必要と認めるときは、職権で、Yに対し、給付命令により、本件建物の明渡しを命ずることができるとして原決定を破棄し、更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。
5 説明
(1)給付命令制度について
家事事件手続法154条2項は、家事審判における形成処分のうち一定の類型のものについて、職権で給付を命ずることを認め、これに執行力を与えている(同法75条)。家事審判は、本来、裁判所が、合目的的又は後見的な立場からあるべき法律関係を形成することを目的とするものであるが、その権利を実現するためには給付の命令が必要なものもあり、このような場合にも常に当事者が改めて通常裁判所の裁判を仰がなければならないとすると、当事者にとっては多大な負担を生ずることとなる。そこで、法が、一定の審判については権利の形成と共にその実現のための給付を付随処分として命ずることを認め、これに執行力を有することとしたのが給付命令の制度である。財産分与の審判も、このような給付命令が発令できる審判の1つであるが、条文の文言だけでは、給付命令の対象と財産分与の審判の内容との関係については必ずしも明らかでない。
(2)財産分与と夫婦財産制の関係
民法762条は夫婦別産制の原則を定めたものと一般に解されているが、夫婦別産制と清算的財産分与との関係については、特に、本件建物のような、夫婦の一方の名義の財産の清算的財産分与の根拠に関し、議論がある。すなわち、民法762条1項は、婚姻中に各自が自己の名義で取得した財産はその名義人の単独所有となる旨規定しているところ、夫婦別産制を貫徹する立場からは、非名義人はいかに家事労働等によりその取得に貢献していても婚姻の継続中には当該財産に対し何ら権利を有していないことになり、こうして生ずる実質上の不平等を婚姻解消時に初めて解消するのが財産分与や相続であるなどと説明される(以下「完全別産制説」という。)。これに対し、完全別産制説によれば無償の家事労働者は婚姻中は夫婦の財産につき何ら権利を有していないことになりその保護に欠けるなどとして、非名義人にも婚姻中から「潜在的持分」があり、離婚の際にはこれが顕在化し請求し得るとして上記見解を修正する見解、更に、家事労働者の貢献を共有持分として観念し、名義人でない者も家事労働等で貢献している以上婚姻中からその財産の実質的共有持分という物権的持分を有しており、このような実質的共有財産についての財産分与は当該実質的持分に基づいて分割を受けるものであるという見解(以下「実質的共有説」という。我妻栄『親族法』(有斐閣、1961)102頁等)も有力である。実質的共有説に立てば、本件事案のように、財産分与において名義人が名義どおりに財産を取得することとなった財産でも、当該名義人は非名義人である相手方の有する実質的共有持分の移転を受けていることになるから権利変動を観念でき、これをもって財産の「分与」があったとして給付命令が発令されることも当然の帰結となる。しかし、完全別産制説からは、一方の名義で取得された財産は当初から名義人の完全な所有物であるから、名義人が名義どおりに財産を取得する場合には権利変動は観念できず、「分与」とは当然にはいえないことになる。したがって、完全別産制説に立った上で、かつ、給付命令は財産分与において命じられた権利変動に対応した給付しか発令できないものとする立場に立てば、本件では給付命令の発令はできないことになる。本件の原審は、このような立場から、本件建物が名義人であるXに「分与」されたとはいえないから給付命令は発令できないとしたものと推察される(同様の見解に立つものとして秋武憲一=岡健太郎編著『リーガル・プログレッシブ・シリーズ 離婚調停・離婚訴訟〔三訂版〕』(青林書院、2019)198頁以下〔松谷佳樹〕)。
しかし、夫婦財産制に関する議論は、夫婦の在り方や社会の実情に関わる問題であって、現時点でいずれの立場が相当であるかを結論付けることは困難と思われるところ、そもそも給付命令の制度を夫婦財産制の議論と必ずしも論理必然の関係と解する必要はなく、財産分与の前後で名義に変動のない夫婦の財産についての給付命令の可否は、これらの議論とは関わりなく、給付命令の制度趣旨に立ち戻って考えることが可能なのではないかと考えられる。
(3)本決定について
本決定は、上記のような清算的財産分与と夫婦財産制の関係に立ち入ることなく、給付命令制度の制度趣旨から本件の結論を導いたものである。すなわち、本決定は、給付命令の趣旨について、通説の立場を踏まえ、財産分与の審判が分与の内容を定めるにとどまるものとすると、「当事者は、財産分与の審判の内容に沿った権利関係を実現するため、審判後に改めて給付を求める訴えを提起する等の手続をとらなければなら」ないため、「このような迂遠な手続を避け、財産分与の審判を実効的なものとする趣旨から」給付命令制度が設けられたものであるとしている。
また、給付命令が、財産分与の審判において権利変動があった財産についてその権利変動を実現する給付に限定されるかという点に関しても、本決定は、「同号は、財産分与の審判の内容と当該審判において命ずることができる給付との関係について特段の限定をしていない」として、給付命令は必ずしも財産分与で命じられる権利変動そのものに直接対応しているものに限定されるわけではないとの立場から、「家庭裁判所は、財産分与の審判において、当事者双方がその協力によって得た一方当事者の所有名義の財産につき、他方当事者に分与する場合はもとより、分与しないものと判断した場合であっても」、言い換えれば、財産分与の審判の結果、名義が変動する財産はもちろん、名義に変動のない財産についても、給付命令の対象となり得ることを明らかにした。もっとも、本決定が「その判断に沿った権利関係を実現するため、必要な給付を命ずることができる」と限定していることからすると、財産分与の手続に仮託すれば夫婦間におけるどのような給付についても給付命令の形で債務名義が取得できるわけではなく、例えば、財産分与の清算金算定の計算にも含められていないような、夫婦の一方が婚姻前から有していた特有財産の明渡請求等まで給付命令によることはできないといえる。
なお、法154条2項4号は、給付命令の内容として「金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付」と規定しているが、文理上これは例示列挙と解されることから、本決定は、これに明渡しも含まれていることを当然の前提にしているものと解される。
(4)本決定の射程等について
本決定に係る給付命令の制度は、財産分与の審判に伴って認められているものであるが、離婚訴訟の附帯処分としての財産分与の裁判においても、人訴法32条2項に同様の規定がある。本決定は、これらの人事訴訟法上の給付命令について直接述べるものではないが、給付命令の趣旨は同じであると考えられる以上、異なる解釈がされるべき理由はないものと思われる。
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本決定は、財産分与の審判において一般に活用されている給付命令制度について、名義人が名義どおりに取得することとなり、その前後で名義の変動がない場合でも、裁判所の裁量により発令し得ることを示し、給付命令制度が公平かつ適正迅速な財産分与の実現により活用されるよう企図したものといえ、実務上理論上も重要な意義を有すると考えられる。