株券が発行されていない株式(振替株式を除く。)に対する強制執行の手続において配当表記載の債権者の配当額に相当する金銭が供託され、その供託金の支払委託がされるまでに債務者が破産手続開始の決定を受けた場合における破産法42条2項本文の適用の有無
株券が発行されていない株式(振替株式を除く。)に対する強制執行の手続において、当該株式につき売却命令による売却がされた後、配当表記載の債権者の配当額について配当異議の訴えが提起されたために上記配当額に相当する金銭の供託がされた場合において、その供託の事由が消滅して供託金の支払委託がされるまでに債務者が破産手続開始の決定を受けたときは、当該強制執行の手続につき、破産法42条2項本文の適用がある。
破産法42条2項本文、民事執行法91条1項7号、92条1項、166条1項2号・2項、167条1項、民事執行規則61条、145条、供託規則30条1項
平成29年(許)第13号 最高裁平成30年4月18日第二小法廷決定 株式差押命令取消決定に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件 抗告棄却(民集72巻2号登載予定)
原 審:平成29年(ラ)第477号 東京高裁平成29年3月28日決定
原々審:平成27年(ル)第10217号 東京地裁平成29年1月16日決定
1 事案の概要
本件は、執行裁判所が、株券が発行されていない株式(社債、株式等の振替に関する法律128条1項に規定する振替株式を除く。以下「株券未発行株式」という。)に対する差押命令に係る強制執行の手続が破産法42条2項本文により破産財団に対してはその効力を失うことを前提として、職権により上記差押命令を取り消す旨の決定をしたため、上記強制執行手続に同項本文の適用があるか否かが争われた事案である。
2 破産法42条2項と実務上の取扱いについて
破産法42条2項本文は、同条1項に規定する強制執行の手続で、破産財団に属する財産に対して既にされているものは、破産財団に対してはその効力を失う旨を定めている。これは、破産債権者及び財団債権者間の公平・平等及び破産手続の円滑な進行を確保するという同条1項と同様の趣旨から、破産手続開始の決定があった場合における個別執行手続の失効を定めたものとされ、同条2項本文により失効するのは、破産手続開始の決定時に係属中の個別執行手続に限られ、既に終了した個別執行手続に同項本文の適用はないと解されている(竹下守夫編代『大コンメンタール破産法』(青林書院、2007)170頁以下〔菅家忠行執筆部分〕等。最一小決平成13・12・13民集55巻7号1546頁は、旧破産法70条1項本文(現42条2項本文)に関し、「破産宣告当時既に強制執行が終了している場合は、同項本文の適用はないから、既に終了した強制執行は、破産宣告により効力を失うことはない」と判示している。)。
また、個別執行手続の失効後、破産管財人が形式的に残存する執行処分の取消しを求めることができるか否かは学説上争いがあり、かつては否定説が通説とされていたが、近時の有力説(伊藤眞『破産法・民事再生法〔第3版〕』(有斐閣、2014)412頁等)及び実務(東京高決平成21・1・8判タ1302号290頁)は、破産管財人の上申がある場合には、破産手続開始の決定がされたことを理由として執行処分(差押命令等)を取り消すことを認めている。
そこで、一般債権者が債権の差押えをした後に差押債務者が破産手続開始の決定を受けた場合、東京地裁民事執行センターでは、破産管財人が執行裁判所に対して執行取消しの上申書を提出したときは、執行裁判所が職権により債権差押命令の取消決定を行うとの取扱いがされている(東京地裁破産再生実務研究会編著『破産・民事再生の実務〔第3版〕破産編』(金融財政事情研究会、2014)121頁以下、東京地方裁判所民事執行センター実務研究会編著『民事執行の実務〔第3版〕債権執行編(上)』(金融財政事情研究会、2012)285頁以下等)。これに対し、大阪地裁では、執行裁判所が、破産管財人に債権強制執行の続行(破産法42条2項ただし書)の意向の有無を確認し、破産管財人にその意向がなければ、当事者に対し、当該債権強制執行手続は破産により失効した旨の通知をして事件を終了させるとの取扱いがされている(森純子ほか編『はい6民ですお答えします 倒産実務Q&A』(大阪弁護士協同組合、2015)96頁以下)。ただし、いずれの取扱いにおいても、第三債務者が供託をしている場合は、執行裁判所の支払委託の方法により、破産管財人が供託金を受け取ることができるとされている。
株券未発行株式に対する強制執行手続は、その他の財産権としての株式の差押えの方法による(債権執行の例による)と解されており(民事執行法167条。東京地方裁判所民事執行センター実務研究会編著『民事執行の実務〔第3版〕債権執行編(下)』(金融財政事情研究会、2012)249頁以下等)、以上の取扱いは、株券未発行株式に対する強制執行手続においても同様であると解される。
本件では、以上のような破産法42条2項本文の解釈を踏まえ、株券未発行株式に対する強制執行手続が債務者に対する破産手続開始の決定時に既に終了しているものといえるか否かが問題となった。
3 事実関係の概要
(1) 債権者であるXは、平成27年12月、債務承認及び弁済契約公正証書の執行力のある正本に基づき、債務者であるAに対する貸金返還債務履行請求権等を請求債権とする株式差押命令の申立てをし、株券未発行株式であるA保有の株式(以下「本件株式」という。)に対する差押命令(以下「本件差押命令」という。)を得た。
なお、Xのほかに3名の債権者(B、C、D)もそれぞれ本件株式に対する差押命令を得ており、債権者Bに関しては、Bから請求債権を譲り受けたB´が債権者の地位を承継した。
(2) 本件株式につき売却命令による売却がされ、平成28年11月、本件株式の売却代金(約8315万円)について開かれた配当期日において、配当表に記載されたX及びB´の配当額(Xが約1941万円、B´が約3531万円)につき、Cから異議の申出があり、所定の期間内にX及びB´に対する配当異議の訴えが提起された。そのため、執行裁判所は、配当異議の申出のない部分につき配当を実施した上、X及びB´の配当額に相当する部分については、執行裁判所の裁判所書記官が上記配当額に相当する金銭の供託(配当留保供託)をした。
(3) ところが、Aは、上記供託の事由が消滅する前の平成29年1月11日、破産手続開始の決定を受け、同月13日、その破産管財人が執行裁判所に本件差押命令の取消しを求める旨の上申書を提出した。
原々審は、同月16日、職権により本件差押命令を取り消す旨の決定(原々決定)をしたところ、Xが執行抗告をした。
4 原審の判断の要旨及び本決定
原審は、本件差押命令に係る強制執行手続(以下「本件強制執行手続」という。)には破産法42条2項本文の適用があり、執行裁判所は職権により本件差押命令を取り消すことができる旨を判断して、執行抗告を棄却した。これに対し、Xが許可抗告をした。
論旨は、株券未発行株式に対する強制執行の手続は、売却命令による売却がされ、執行官が売得金の交付を受けた時に終了したとみるべきであり(そのように解する実質的理由として、当該売得金は、債務者の一般財産から離脱し、以後債務者に属する財産とはいえないこと等を指摘している。)、以後破産法42条2項本文の適用はないから、本件強制執行手続に同項本文の適用があるとした原審の判断には、法令解釈の誤り及び判例違反がある旨をいうものである。
本決定は、決定要旨のとおり判示して、原審の判断を是認し、Xの抗告を棄却した。
5 説明
(1) 問題の所在
本件においては、株券未発行株式に対する強制執行の手続に破産法42条2項本文の適用があるか否かに関し、①上記株式の換価が完了したが、②配当表記載の債権者の配当額につき他の債権者から配当異議の申出及び配当異議の訴えの提起がされたため、配当留保供託がされたところ、③その後に差押債務者が破産手続開始の決定を受けた場合において、当該強制執行手続が既に終了しているといえるか、具体的には、上記株式の換価完了(①)の時点で上記株式の売却代金が差押債務者の一般財産から離脱し(債権者間でその帰属が争われているにすぎず、以後に差押債務者に対する破産手続開始の決定があっても当該売却代金は破産財団を構成しない。)、差押債務者に対する破産手続開始の決定があった時点では、当該強制執行手続が(差押債務者との関係において)既に終了していると評価することができるか否かが問題となった。
一般に、個々の強制執行手続は、その手続の最終段階に当たる所定の行為が完結した時点に終了すると解されており(中野貞一郎=下村正明『民事執行法』(青林書院、2016)327頁以下等)、債権強制執行において売却命令に基づく債権の換価がされたときは、配当手続が終了した時(同法161条)に終了すると解されている(深沢利一(園部厚補訂)『民事執行の実務(下)補訂版』(新日本法規出版、2007)502頁等)が、上記の問題については、学説上具体的に論じられておらず、この点を明示的に判示した最高裁判例及び下級審裁判例は見当たらない。
(2) 本決定の内容
ア まず、上記(1)のとおり配当留保供託がされた後に差押債務者に対する破産手続開始の決定がされた場合において、手続の形式面から、株券未発行株式に対する強制執行の手続が終了したといえるか否かをみると、株券未発行株式に対する強制執行の手続(売却命令による換価が行われる場合)は、①差押え(差押命令の申立て及び差押命令。民事執行法167条1項、143条、145条)→②差押えに係る株式の換価(売却命令及び執行官による売却。同法167条1項、161条、民事執行規則141条)→③売却代金の配当等(民事執行法167条1項、166条1項2号)という各段階を順次経て進行する手続が予定されており、③売却代金の配当等(配当手続)においては、これが債権者に換価財産から満足を得させる手続であることからすると、配当の実施がされた時点が「開始された手続の最終段階に当たる所定の行為が完結した時点」であるということができる。そして、民事執行法は、配当異議の申出がされた場合の配当手続につき、配当異議の申出のない部分は、その限度で配当を実施して終了させる(同法89条2項)一方、配当異議の申出に係る部分は、配当異議の訴えの提起を条件に、その配当等の額に相当する金銭を供託させ(配当留保供託。同法91条1項)、その供託の事由が消滅する、すなわち配当異議の訴えの結論が出るのを待って当該金銭(供託金)の追加配当を実施する(同法92条1項)という手続構造を採用している。このような配当留保供託は、強制執行の1つの段階として、執行目的物の売却代金の管理と権利者への払渡しとを供託手続により行うもの(執行供託)と解されている(鈴木忠一=三ヶ月章編『注解民事執行法(3)』(第一法規出版、1984)421頁〔中野貞一郎執筆部分〕等)。また、最三小判平成27・10・27民集69巻7号1763頁は、担保不動産競売の手続で配当留保供託がされた後、配当表記載のとおりに追加配当が実施される場合における供託金の充当方法に関し、法定充当の時期を供託金の支払委託(民事執行規則173条1項、61条、供託規則30条)がされた時点と判示している。上記判示は、上記の場合における執行裁判所による配当手続が当該支払委託によって終了することを前提とするものであり、株券未発行株式に対する強制執行手続における配当手続に関しても同様に解することができる。
以上によれば、配当留保供託がされた場合、株券未発行株式に対する強制執行手続のうち配当異議の申出(配当異議の訴え)に係る部分については、その供託の事由が消滅して追加配当の実施(具体的には供託金の支払委託)がされるまでの間は、執行手続が継続しているとみるべきであるから、配当留保供託がされた段階では、形式的には、当該強制執行手続が終了したとはいえないと考えられる。
イ では、この場合において、株券未発行株式に対する強制執行手続が形式的には終了していないとしても、論旨がいうように、実質的には、換価財産が換価手続の完了時点で差押債務者の一般財産から分離されたとして、当該強制執行手続が差押債務者との関係では既に終了したとみるべきであろうか。
この点に関し、論旨は、その根拠として、売却命令による売却がされた場合の配当等を受けるべき債権者が、売却命令により執行官が売得金の交付を受けた時までに差押え、仮差押えの執行又は配当要求をした債権者に限られており(民事執行法167条1項、165条3号)、そのような定めが設けられた趣旨として、差押えの目的物が金銭に転化し、債務者の一般財産から分離して配当財団として特定される時点をもって配当要求の終期としたとの説明がされていること(香川保一監修『注釈民事執行法 第6巻』(金融財政事情研究会、1995)836頁〔三村量一執筆部分〕等)等を指摘している。
しかし、民事執行法は、いわゆる優先主義(執行手続が開始された場合に、申立債権者に優先的権利を与える主義)を採用せず、債権者平等主義(執行手続が開始された場合には、申立債権者か否かを問わず、債権者を平等に取り扱おうとする主義)を基本としたものとされており(香川保一監修『注釈民事執行法 第1巻』(金融財政事情研究会、1983)10頁以下〔田中康久執筆部分〕等)、同法165条は、その文言等に照らし、配当手続において配当等を受けるべき債権者の範囲を画する基準を定めたにとどまり、実体法上、換価財産からは配当等を受けるべき債権者のみが優先的に弁済を受けられるとすること(換言すれば、配当等を受けるべき債権者をもっていわば換価財産につき実体法上の担保権を有する者のように取り扱うこと)までは予定していないものと解される。そうすると、同条のみを根拠として、差押えに係る財産の換価手続が完了した場合に、換価財産が配当財団として差押債務者の一般財産から分離され、当該配当等を受けるべき債権者に帰属したものと解することはできないと考えられる。
むしろ上記アで述べた配当手続の構造や配当留保供託の性質等に鑑みると、差押えに係る財産は、換価手続により金銭に転化するものの、換価手続の完了から配当の実施に至るまで、差押債務者に帰属する換価財産として執行機関の管理下に置かれているものということができ、破産債権者及び財団債権者間の公平・平等を確保するという破産法42条2項の趣旨に照らせば、これを破産財団に属する財産として破産債権者の配当原資とするのが相当であろう。そうであるとすれば、仮にこの場合に配当異議の訴えの当事者であった債権者が配当留保供託に係る供託金から配当を受けられるであろうという合理的期待を有していたとしても、それはあくまでその配当手続上のものにすぎないということができる。
ウ 以上によれば、本件のように株券未発行株式に対する強制執行手続において配当異議の訴えの提起により配当留保供託がされた場合において、追加配当の実施(具体的には、供託金の支払委託)がされるまでに差押債務者が破産手続開始の決定を受けたときは、当該強制執行手続は、同決定の時点において、形式的にも実質的にも既に終了しているとはいえず、破産法42条2項本文の適用があると考えられる。
所論引用の大審院判例のうち、大判昭和12・2・20民集16巻4号230頁は、民事執行法制定前の旧民訴法の下において、差押債権者が第三債務者から取立命令(当時)に基づき金銭債権の取立てをしたが、その後(当該取立て前に差押債務者が死亡したことにより成立した)差押債務者の相続財産に対し破産宣告がされた事案につき、当該取立てに係る金銭は、旧民訴法574条により差押債務者が支払をしたものとみなされ、上記破産宣告時に差押債務者の財産又は相続財産ではなかったから、破産財団に属しない旨を判示したものであり、また、大判大正14・11・12民集4巻11号555頁は、同じく民事執行法制定前の旧民訴法の下においては、執行官が(差押えに係る有体動産の)売得金を領収した時点で、当該売得金が債権者に交付されたのと同一の効力が生ずるから、破産管財人は、執行官の売得金領収行為(執行行為)に対して否認権の行使(現破産法165条)ができる旨を判示したものであるから、いずれも事案を異にし、本件に適切でないと考えられる。
エ 本決定は、以上のような考え方に基づき、株券未発行株式に対する強制執行手続において配当異議の訴えの提起により配当留保供託がされた場合において、その供託の事由が消滅して供託金の支払委託がされるまでに差押債務者が破産手続開始の決定を受けたときは、当該強制執行の手続につき、破産法42条2項本文の適用がある旨を判示したものと考えられる。
オ また、本決定は、論旨外ではあるが、従来から争いのあった、破産法42条2項本文による個別執行手続の失効後、破産管財人の上申があった場合に執行処分を職権で取り消すことの可否につき、近時の有力説及び東京地裁の取扱いに従ってこれを肯定した原審の判断を是認しており、この点でも注目されよう。
なお、この点に関する東京地裁と大阪地裁の取扱いは、執行裁判所が破産管財人の意向を確認した上で一定の措置を執るという点では共通しており、当該措置として差押命令の取消決定をするか否かは、強制執行手続が失効したという裁判所の判断を対外的に明確にする方法の問題とみることもできることからすると、本決定は、大阪地裁の取扱いを直ちに否定するものではないと考えられよう。
6 本決定の意義
本件は、破産手続と執行手続の交錯領域の問題である、株券未発行株式に対する強制執行の手続で配当留保供託がされた場合における破産法42条2項本文の適用の有無について最高裁が初めて判断を示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有すると思われる。