法のかたち-所有と不法行為
第四話 物権と債権の「峻別」は体系たりうるか
法学博士 (東北大学)
平 井 進
3 ヴィントシャイトの「万人に対する請求権」
(サヴィニー以来の)パンデクテン法学者は、私法秩序が人の自由な活動領域を設定することにあると考え、また、「実体的」な権利から訴権が導出されると構成した。しかし、前述のように、その活動領域は法作用の結果状態にあることから、パンデクテン法体系の思考は、法作用の結果状態(「実体的」権利)から法作用(訴権)を導出するという構造をとる。
一方、繰り返し述べているように、結果(状態)から原因(作用)を演繹することはできないので、上記の「実体的」権利から訴権を導出するという操作が演繹を意味するのであれば、そのことはパンデクテン法体系の論理的な破綻を示すことになる。
さて、ヴィントシャイトは次のように考える。「物に向けられた権利」である所有権においても、それに関して「万人に対する請求権」があり、権利侵害の前から存在するそのような請求権の集合によって物権が構成される。[1]これは、上記の論理的な問題を形式的に避けているといえるかもしれない。そこでは、「実体的」な権利を構成すべく権利侵害の前から請求権の集合が存在するが、侵害が起きたときにそれに関わる請求権だけが残り、他の請求権は消失すると構成するのであるが、問題は、そのような構成が自然であるのかということである。
ヴィントシャイトはさらに、所有権における妨害排除(ネガトリア)請求権について、不法行為と同様に原状回復(ドイツにおいて不法行為の本則は原状回復である)と損害賠償の効果をもたせている。[2]これは、第三話で見たように、不法行為と所有の法関係が共通する構造をもつことによるが、ここにおいて物権と債権は交錯している。
[1] Vgl. Bernhard Windscheid, Die actio, Abwehr gegen Dr. Theodor Muther, 1857, S.28. 奥田昌道『請求権概念の生成と展開』(創文社、1979年)30-31, 47, 62頁。
[2] Ibid., S. 27. これは、プフタの理論による。G. F. Puchta, Pandekten, 4 Aufl. 1848, S. 240-246. 川角由和「物権的請求権の独自性・序説-ヴィントシャイト請求権の「光と影」-」河内宏他編『市民法学の歴史的・思想的展開-原島重義先生傘寿-』(信山社, 2006)413-414, 431頁も参照。