◇SH0504◇法のかたち-所有と不法行為 第六話-3「フランス中世以来の土地の利用関係」 平井 進(2015/12/15)

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法のかたち-所有と不法行為

第六話 フランス中世以来の土地の利用関係

法学博士 (東北大学)

平 井    進

 

3  フランス革命前の土地の利用とその諾否の権能

 土地に関するもう一つの重要な社会関係は、領主と農民の関係である。中世ヨーロッパでは、土地を春耕地(大麦等)・秋耕地(小麦等)・休耕地(放牧)の三種類に分割して回していくという三圃制が行われていた。この農法は、荘園領主による集権的な土地管理を必要とするものであり、荘園制の実質的な基礎となっていた。荘園領主はこの土地管理の他に、領民の裁判権を含めて多くの身分的な支配権をもっていた。[1]

 前述のドマは、所有権(droit de propriété)について、人が物を自分の支配下におき、使用(se servir)・享受(jouir)・管理(disposer)する権利であると規定している。[2]自ら土地を所有する自営農は、これらのすべての機能を行う権限をもっていた。

 一方、上位者の土地で農業に従事する下位者が担当する機能は上記の使用(と享受)であり、上位者は上記の農業経営の権限を独占していた。上記の「管理」とは、土地に関してはそのような経営の機能を指しており、下位者の土地の利用の仕方を指令することであった。18世紀のポティエが所有権の定義として「他者の権利または法を侵すことなく、物を任意に管理する(disposer à son gré)権利」(Jus de re liberè disponendi)としていたのは[3]、このような経営機能のことである。

 領主は、その指令によって農民が土地を利用することを諾否していた。この関係は、次のように図式化される。

 上位者の管理権能  下位者が土地を利用することを諾否し、管理する
 下位者の利用権能  土地を利用(耕作・収穫・放牧)する

 このように理解すると、所有に関する全体的な権能は、「対象を利用する権能、およびその利用を管理する権能」という二つの階層の権能領域を合計したものとなる。革命前の時期において、所有について関心がもたれていたのは、専らこの土地の利用とその管理に関する権能の階層分担についてであった。

 その分担のあり方に重要な影響を与えていたのは、重農主義(フィジオクラシー)の考え方であり、土地はその利用によって富を生み出す者によって所有されるべきであるとするものである。[4]

 さて、革命の時期における1791年の農事法(Code rural)において、第一節第二条に「所有者は(略)任意に自己の土地の耕作と開発を変更し、収穫物を保存し、所有地のすべての生産物を国の内外で扱う自由をもつ。」とあり[5]、これは上記の土地経営を指している。さらに、革命期の1793年に封建的な貢納を無条件に無償廃止することが決定され[6]、ここにおいて、フランスの土地所有に関する改革は一段落する。



[1] 農地貸借権の規制という観点からは、原田・前掲87-88, 215-217頁を参照。

[2] Œuvres complètes de J. Domat, Tome 2, 1829, Liv. 3, Tit. 7, p. 185. 和田敏郎「ジャン・ドマ(1625-1696)の契約観-物権変動における意思主義の萌芽」早稲田法学会誌, 43 (1993) 465頁も参照。このdisposerの意味は、本来は配置することであり、意のまま(任意・自由)にすることである。

[3] Cf. Robert-Joseph Pothier, Traité du droit de domaine de propriété, 1772, Œuvres de Pothier, Tome IX, 1846, Par. 1, Cha. 1, Sec. 4, p. 103.

[4] Cf. Francois Quesnay, Maximes générales du gouvernement économique d’un royaume agricoles, 1767, François Quesnay et la physiocratie, 1958, Tome 2. ケネー「農業王国の経済統治の一般準則とそれら準則に関する法」(平田清明他訳)『経済表』(岩波書店, 2013)220頁。

[5] 河野健二『資料フランス革命』(岩波書店, 1989)268頁。Les propriétaires sont libres de varier à leur gré la culture et l’exploitation de leurs terres, de conserver à leur gré leurs récoltes, et de disposer de toutes les productions de leur propriété dans l’intérieur du royaume et au dehors, sans préjudicier au droit d’autrui et en se conformant aux lois.

[6] 参照、同上385頁。このことは、その前年に、農民が払う貢納が領主との間の「合意」によるものであったかどうか、領主が立証しなければならないとしたことを契機としていた。参照、稲本洋之助「フランスにおける近代的所有権の成立過程」『所有権思想の歴史』(有斐閣, 1979)93-94頁。

 

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