◇SH0541◇最大判 平成27年11月25日 選挙無効請求事件(寺田逸郎裁判長)

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 本件は、平成26年12月14日施行の衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)について、東京都及び神奈川県内の選挙区の選挙人であるX(原告、上告人)らが、衆議院小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)の選挙区割り等に関する公職選挙法の規定は憲法に違反し無効であるから、これに基づき施行された本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効であると主張して提起した選挙無効訴訟である。

 

 本件の前提となる事実関係等の概要は、次のとおりである。

(1) 昭和25年に制定された公職選挙法は、衆議院議員の選挙制度につき、中選挙区単記投票制を採用していたが、平成6年に公職選挙法の一部を改正され、衆議院議員の選挙制度は、小選挙区比例代表並立制に改められた(以下、上記改正後の当該選挙制度を「本件選挙制度」という。)。
 本件選挙制度のうち小選挙区選挙については、全国に295の選挙区を設け、各選挙区において1人の議員を選出するものとされていた(同法13条1項、別表第1。以下、後記の改正の前後を通じてこれらの規定を併せて「区割規定」という。)。選挙区の改定については、平成6年1月の公職選挙法の一部を改正する法律と同時に成立した衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下、後記の改正の前後を通じて「区画審設置法」という。)により、衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)が改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされている(同法2条)。平成24年法律第95号による改正前の区画審設置法3条(以下「旧区画審設置法3条」という。)は、上記の選挙区の区割りの基準(以下、後記の改正の前後を通じて「区割基準」という。)につき、①1項において、上記の改定案を作成するに当たっては、各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものと定めるとともに、②2項において、各都道府県の区域内の選挙区の数は、各都道府県にあらかじめ1を配当することとし(以下、このことを「1人別枠方式」という。)、この1に、小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とすると定めていた(以下、この区割基準を「旧区割基準」といい、この規定を「旧区割基準規定」ともいう。)。
 選挙区の改定に関する区画審の勧告は、10年ごとに行われる国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとされており(区画審設置法4条1項)、区画審は、平成12年10月に実施された国勢調査(以下「平成12年国勢調査」という。)の結果に基づき、平成13年12月、選挙区割りの改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し、これを受けて、平成14年7月、公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号)が成立した。後述する平成21年8月30日施行の衆議院議員総選挙(以下「平成21年選挙」という。)の小選挙区選挙は、同法により改定された選挙区割り(以下「旧選挙区割り」という。)の下で施行されたものである(以下、上記改正後(平成24年法律第95号による改正前)の公職選挙法13条1項及び別表第1を併せて「旧区割規定」という。)。

(2) 平成12年国勢調査の結果による人口を基に、旧区割規定の下における選挙区間の人口の最大較差(以下「人口比最大較差」という。)を見ると、最大較差は人口が最も少ない高知県第1区と人口が最も多い兵庫県第6区との間で1対2.064(以下、較差に関する数値は、全て概数である。)であり、高知県第1区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は9選挙区であった。また、平成21年選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差(以下「選挙人比最大較差」という。)は、選挙人数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1対2.304であり、高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は45選挙区であった。
 このような状況の下で旧選挙区割りに基づいて施行された平成21年選挙について、最大判平23・3・23民集65巻2号755頁(以下「平成23年大法廷判決」という。)は、旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分及び旧区割基準に従って改定された旧区割規定の定める旧選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたが、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず、旧区割基準規定及び旧区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないとした上で、事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に上記の状態を解消するために、できるだけ速やかに旧区割基準中の1人別枠方式を廃止し、旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って旧区割規定を改正するなど、投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があると判示した。

(3) 平成23年大法廷判決を受けて、旧区画審設置法3条2項の削除及びいわゆる0増5減(各都道府県の選挙区数を増やすことなく議員1人当たりの人口の少ない5県の各選挙区数をそれぞれ1減ずることをいう。以下同じ。)を内容とする改正法案が、平成24年法律第95号(以下「平成24年改正法」という。)として成立した。上記の改正により、旧区画審設置法3条1項が同改正後の区画審設置法3条(以下「新区画審設置法3条」という。)となり、同条においては前記(1)①の基準のみが区割基準として定められている(以下、この区割基準を「新区割基準」という。)。
 平成24年12月16日に衆議院議員総選挙(以下「平成24年選挙」という。)が施行されたが、同選挙までに新たな選挙区割りを定めることは時間的に不可能であったため、同選挙は平成21年選挙と同様に旧区割規定及びこれに基づく旧選挙区割りの下で施行されることとなった。

(4) 平成24年改正法の成立後、区画審による審議が行われ、平成25年3月28日、区画審は、内閣総理大臣に対し、選挙区割りの改定案の勧告を行った。この改定案は、各都道府県の選挙区数の0増5減を前提に、選挙区間の人口の較差が2倍未満となるように17都県の42選挙区において区割りを改めることを内容とするものであった。
 内閣は、上記勧告を受けて、平成25年4月12日、平成24年改正法の一部を改正する法律案を国会に提出し、同年6月24日、この改正法案が平成25年法律第68号(以下「平成25年改正法」という。)として成立した。平成25年改正法は同月28日に公布されて施行され、同法による改正後の平成24年改正法中の上記0増5減及びこれを踏まえた区画審の上記改定案に基づく選挙区割りの改定を内容とする公職選挙法の改正規定はその1か月後の平成25年7月28日から施行されており、この改正により、各都道府県の選挙区数の0増5減とともに上記改定案のとおりの選挙区割りの改定が行われた(以下、上記改正後の公職選挙法13条1項及び別表第1を併せて「本件区割規定」といい、本件区割規定に基づく上記改定後の選挙区割りを「本件選挙区割り」という。)。
 上記改定の結果、本件選挙区割りの下において、平成22年10月1日を調査時とする国勢調査(以下「平成22年国勢調査」という。)の結果によれば人口比最大較差は1対1.998となるものとされたが、平成25年3月31日現在及び同26年1月1日現在の各住民基本台帳に基づいて総務省が試算した人口比最大較差はそれぞれ1対2.097及び1対2.109であり、上記試算において較差が2倍以上となっている選挙区はそれぞれ9選挙区及び14選挙区であった。
 最大判平25・11・20民集67巻8号1503頁(以下「平成25年大法廷判決」という。)は、平成24年選挙時において旧区割規定の定める旧選挙区割りは平成21年選挙時と同様に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものではあるが、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず、旧区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないとした上で、国会においては今後も新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があると判示した。

(5) 平成26年11月21日の衆議院解散に伴い、同年12月14日、本件選挙区割りの下において本件選挙が施行された。本件選挙当日における選挙人比最大較差は、選挙人数が最も少ない選挙区(宮城県第5区)と選挙人数が最も多い選挙区(東京都第1区)との間で1対2.129であり、その他12の選挙区との間で較差が2倍以上となっていた(なお、本件選挙当日において、東京都第1区の選挙人数は、宮城県第5区、福島県第4区、鳥取県第1区、同第2区、長崎県第3区、同第4区、鹿児島県第5区、三重県第4区、青森県第3区、長野県第4区、栃木県第3区及び香川県第3区の12選挙区の各選挙人数のそれぞれ2倍以上となっていた。)。

(6) 平成25年改正法の成立の前後を通じて、国会においては、投票価値の較差の是正に向けた検討が続けられ、平成26年6月には、衆議院に、有識者により構成される検討機関として衆議院選挙制度に関する調査会が設置され、衆議院議院運営委員会において同調査会の設置の議決がされた際に、同調査会の答申を各会派において尊重するものとする旨の議決も併せてされている。
 同調査会においては、平成26年9月以降、本件選挙の前後を通じて、定期的な会合が開かれ、検討が続けられていた。なお、同調査会は、投票価値の較差の是正方法等について答申を取りまとめ、本判決言渡し後の平成28年1月、その結果を公表している(衆議院ウェブサイト参照)。

 

 原判決は、本件選挙時において、本件区割規定の定める本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったが、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず、本件区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないと判断した。これに対し、Xらから上告があった。
 なお、本件選挙については、争点を共通にする選挙無効訴訟が全国各地で提訴され、本件の原審を含む17の裁判体による判決がされている。そのうち、4つの裁判体(東京高裁、大阪高裁、広島高裁、高松高裁)は、本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する程度に至っていたとはいえないとして本件区割規定は合憲であるとし、12の裁判体は、本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったが、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず、本件区割規定は合憲であるとし、1つの裁判体(福岡高裁)は、本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する程度に至っており、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとして本件区割規定が違憲であるとし、いわゆる事情判決の法理を適用して当該選挙区における選挙の違法を宣言した。いずれの判決についても上告がされ、本判決の原判決を含む17件の判決について、最高裁大法廷において同日に同旨の判決がされている。

 

 本判決は、要旨、次のとおり判断した。

(1) 平成23年大法廷判決を受けて、旧区画審設置法3条2項の削除及び各都道府県の選挙区数の0増5減を内容とする平成24年改正法が制定され、更に選挙区間の人口の較差が2倍未満となるように区割りを改めることを内容とする平成25年改正法が成立し、同法による改正後の平成24年改正法(以下「平成25年改正後の平成24年改正法」という。)により改定された本件選挙区割りの下で本件選挙が施行された。本件選挙区割りにおいては、上記0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県について旧区割基準に基づいて配分された定数の見直しを経ておらず、1人別枠方式を定めた旧区画審設置法3条2項が削除された後の新区割基準に基づいた定数の再配分が行われていないことから、いまだ多くの都道府県において、そのような再配分が行われた場合に配分されるべき定数とは異なる定数が配分されているということができる。
 しかるところ、本件選挙区割りにおいては、平成22年国勢調査の結果によれば人口比最大較差は1対1.998となるものとされたが、本件選挙時における選挙人比最大較差は1対2.129に達し、較差2倍以上の選挙区も13選挙区存在していた。このような投票価値の較差が生じた主な要因は、いまだ多くの都道府県において、新区割基準に基づいて定数の再配分が行われた場合とは異なる定数が配分されていることにあるというべきであり、このような投票価値の較差が生じたことは、全体として新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備が実現されていたとはいえないことの表れというべきである。
 以上のような本件選挙時における投票価値の較差の状況やその要因となっていた事情などを総合考慮すると、平成25年改正後の平成24年改正法による選挙区割りの改定の後も、本件選挙時に至るまで、本件選挙区割りはなお憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものといわざるを得ない。

(2) 衆議院議員の選挙における投票価値の較差の問題について、最高裁大法廷は、これまで、①定数配分又は選挙区割りが前記のような諸事情を総合的に考慮した上で投票価値の較差において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているか否か、②上記の状態に至っている場合に、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとして定数配分規定又は区割規定が憲法の規定に違反するに至っているか否か、③当該規定が憲法の規定に違反するに至っている場合に、選挙を無効とすることなく選挙の違法を宣言するにとどめるか否かといった判断の枠組みを前提として審査を行ってきており、こうした判断の方法が採られてきたのは、憲法の予定している司法権と立法権との関係に由来するものと考えられる。すなわち、裁判所において選挙制度について投票価値の平等の観点から憲法上問題があると判断したとしても、自らこれに代わる具体的な制度を定め得るものではなく、その是正は国会の立法によって行われることになるものであり、是正の方法についても国会は幅広い裁量権を有しているので、裁判所が選挙制度の憲法適合性について上記の判断枠組みの下で一定の判断を示すことにより、国会がこれを踏まえて自ら所要の適切な是正の措置を講ずることが、憲法上想定されているものと解される。このような憲法秩序の下における司法権と立法権との関係に照らすと、上記②の段階において憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえるか否かを判断するに当たっては、単に期間の長短のみならず、是正のために採るべき措置の内容、そのために検討を要する事項、実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して、国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものであったといえるか否かという観点に立って評価すべきものと解される。

(3) 国会において、1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて定められた旧選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあると認識し得たのは、平成23年大法廷判決の言渡しがされた平成23年3月23日の時点からであったというべきである。
 これらの憲法の投票価値の平等の要求に反する状態を解消するためには、旧区画審設置法3条2項を削除した上で、同条1項の趣旨に沿って平成22年国勢調査の結果を基に各都道府県への選挙区の数すなわち議員の定数の配分を見直し、それを前提として多数の選挙区の区割りを改定することが求められ、その一連の過程を実現していくことは、制度の仕組みの見直しに準ずる作業を要するものといえ、立法の経緯等にも鑑み、国会における合意の形成が容易な事柄ではないといわざるを得ないところ、まず憲法の投票価値の平等の要求に反する状態の是正が最も優先されるべき課題であるとの認識の下に法改正の作業が進められ、同条2項の規定の削除と選挙区間の人口の較差を2倍未満に抑えるための0増5減による定数配分の見直しが行われ、平成24年改正法及び平成25年改正法の成立によってこれらが実現したものであり、これにより改定された本件選挙区割りの下における選挙区間の投票価値の較差も、改定の時点では平成22年国勢調査の結果に基づく人口によれば最大1対1.998まで縮小しており、一定の縮小がみられたものである。このように、平成23年大法廷判決を受けて、立法府における是正のための取組が行われ、本件選挙までの間に是正の実現に向けた一定の前進と評価し得る法改正及びこれに基づく選挙区割りの改定が行われたものということができる。
 もとより、上記0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県については、旧区割基準に基づいて配分された定数が見直しを経ていないため、本件選挙時には較差が2倍以上の選挙区が出現し増加している。しかしながら、この問題への対応や合意の形成に様々な困難が伴うことを踏まえ、新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備については、漸次的な見直しを重ねることによってこれを実現していくことも、国会の裁量に係る現実的な選択として許容されていると解されるところ、本件選挙は、平成25年改正後の平成24年改正法の施行による選挙区割りの改定から約1年5か月後に施行されたものであり、その改定後も国会においては引き続き選挙制度の見直しが行われ、衆議院に設置された検討機関において検討が続けられていることなどを併せ考慮すると、平成23年大法廷判決の言渡しから本件選挙までの国会における是正の実現に向けた取組は、同判決及び平成25年大法廷判決の趣旨に沿った方向で進められていたものということができる。
 以上に鑑みると、国会における是正の実現に向けた取組が平成23年大法廷判決及び平成25年大法廷判決の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものでなかったということはできず、本件において憲法上要求される合理的期間を徒過したものと断ずることはできない。

(4) 以上のとおりであって、本件選挙時において、本件区割規定の定める本件選挙区割りは、前回の平成24年選挙時と同様に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものではあるが、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず、本件区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできない。

 

(1) これまで、衆議院議員の選挙に関しては、最高裁の累次の判例によって前記4(2)の①~③の判断枠組みが明らかにされてきたところであり(最大判昭51・4・14民集30巻3号223頁、最大判昭58・11・7民集37巻9号1243頁、最大判昭60・7・17民集39巻5号1100頁、最大判平5・1・20民集47巻1号67頁、最大判平11・11・10民集53巻8号1704頁、最大判平11・11・10民集53巻8号1441頁、最大判平19・6・13民集61巻4号1617頁、平成23年大法廷判決及び平成25年大法廷判決参照)、本判決の多数意見も同様の判断枠組みを採用するものである。そして、本判決の多数意見は、最高裁の判例において上記の判断枠組みが採られてきた根拠について、平成25年大法廷判決と同様に、憲法の予定している司法権と立法権との関係に由来するものである旨を指摘している。

(2) ア 本件においては、上記(1)の判断枠組みのうち、①の選挙区割りが投票価値の較差において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているか否かがまず問題とされた。平成25年大法廷判決が審理の対象とした平成24年選挙が施行された当時は平成24年改正法が成立していたにとどまるものの、その後、平成25年改正法が成立、施行され、0増5減の措置及びこれを前提とする選挙区割りの改定がされ、改定後の選挙区割りに基づいて本件選挙が実施されたという点において平成25年大法廷判決が言い渡された後に事情の変化があったということができる。そして、上記の改定がされたことに加え、この改定により平成22年国勢調査の結果によれば人口比最大較差が1対1.998となるものとされた一方で、本件選挙当時における選挙人比最大較差が1対2.129であり、較差2倍を超える選挙区が13存在したことをどのように評価するかが本件における中心的な争点となった。
 イ 本判決の多数意見は、平成23年大法廷判決を受けた平成24年改正法及び平成25年改正法の内容を指摘した上で、0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県について旧区割基準に基づいて配分された定数の見直しを経ておらず、1人別枠方式を定めた旧区画審設置法3条2項が削除された後の新区割基準に基づいた定数の再配分が行われていないことから、いまだ多くの都道府県において、そのような再配分が行われた場合に配分されるべき定数とは異なる定数が配分されているということができると指摘した。そして、上記に述べた本件選挙時における選挙人比最大較差が生じた主たる要因が、いまだ多くの都道府県において、新区割基準に基づいて定数の再配分が行われた場合とは異なる定数が配分されていることにあると評価し、このような評価を踏まえた上で、本件選挙当時、本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態(以下「違憲状態」という。)にあったと判断した。
 本判決の多数意見は、本件選挙当時、東京都第1区の選挙人数が2倍以上となっていた10県の12選挙区について指摘し、「12選挙区の属する県の多くが旧区割基準により相対的に有利な定数の配分を受けているものと認められる」と判示するところ、これは、上記10県(宮城、福島、鳥取、長崎、鹿児島、三重、青森、長野、栃木及び香川の各県)の多くが、旧区画審設置法3条2項が削除された後の新区割基準に基づいた定数の再配分をした場合には定数減となる蓋然性が高いとみられることを指摘する趣旨と理解され、このような事情があることが、本判決の多数意見が本件選挙区割りを違憲状態であるとの判断をした理由の一つであると考えられる。
 ウ これに対し、後述する櫻井裁判官及び池上裁判官の共同意見は、本件選挙区割りにつき、上記0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県について新区割基準に基づいた定数の再配分が行われていないことは本件選挙時に選挙人比最大較差が2倍を超えた主な要因とみるとはできないと指摘しており、この評価の相違が、多数意見と上記共同意見とが異なる結論に至った理由の一つであると考えられる。

(3) ア 次に、上記の判断枠組みのうち、②の憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったか否かが問題とされた。平成25年大法廷判決は、その判断に当たっては「単に期間の長短のみならず、是正のために採るべき措置の内容、そのために検討を要する事項、実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して、国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものであったといえるか否かという観点から評価すべき」と判示している。本判決の多数意見においても同様の判示がされており、平成25年大法廷判決の判断枠組みと同旨の判断枠組みを採用したものということができる。
 本判決の多数意見は、その具体的な当てはめに当たり、まず、上記合理的期間の始期が平成23年大法廷判決の言渡しがされた平成23年3月23日であると判示するところ、これは平成25年改正後の平成24年改正法による選挙区割りの改定によっても平成23年大法廷判決が指摘した選挙区割りの違憲状態が解消されていないとの理解を前提にするものであると考えられる。
 その上で、本判決の多数意見は、投票価値の較差が憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあることへの対応や合意の形成に様々な困難が伴うことを踏まえ、新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備については、漸次的な見直しを重ねることによってこれを実現していくことも国会の裁量に係る現実的な選択として許容されていると解される旨指摘した上で、本件選挙は、前回の平成24年選挙から約1年11か月後の衆議院解散に伴い、平成25年改正後の平成24年改正法の施行による選挙区割りの改定から約1年5か月後に施行されたものであり、その改定後も国会においては引き続き選挙制度の見直しが行われ、衆議院に設置された検討機関(衆議院選挙制度に関する調査会)において投票価値の較差の更なる縮小を可能にする制度の見直しを内容とする具体的な改正案などの検討が続けられていることなどを併せ考慮すると、国会における是正の実現に向けた取組が平成23年大法廷判決及び平成25年大法廷判決の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものでなかったということはできず、本件において憲法上要求される合理的期間を徒過したものと断ずることはできないとして、本件区割規定が違憲であるとはいえない旨判示した。

(4) 本判決の多数意見は、国民の意思を適正に反映する選挙制度が民主政治の基盤であり、投票価値の平等が憲法上の要請であること等に照らせば、より適切な民意の反映が可能となるよう、国会においては、今後も、前記のとおり衆議院に設置された検討機関において行われている投票価値の較差の更なる縮小を可能にする制度の見直しを内容とする具体的な改正案の検討と集約が早急に進められ、新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があるというべきであると判示している。これは前記の憲法の予定している司法権と立法権との関係やその相互作用の在り方を踏まえた判示と理解することができるように思われる。

 

 本判決には、① 千葉裁判官の補足意見、② 櫻井裁判官及び池上裁判官の共同意見、③ 鬼丸裁判官の反対意見、④ 大橋裁判官の反対意見、⑤ 木内裁判官の反対意見が付されている。

(1) 千葉裁判官の補足意見は、最高裁が平成23年大法廷判決を契機として、従前よりも投票価値の較差の評価を厳しく行う姿勢に転じてきている旨を指摘し、その背景として、投票価値の平等に関する憲法的状況の変化、特に政治の正統性への要求が高まってきたことなどを指摘するとともに、今日の我が国社会において、人口の地方から大都市への流入が続き、過疎対策との関係で地方の振興が課題になっているものの、これにより憲法上の平等の観点から要請される人口比例原則に明らかに反する程度まで許容することの合理性は説明できない旨を指摘する。その上で、平成25年改正法が較差是正のための対応策としては弥縫策としての評価を免れないとした上で、較差の速やかな是正のために、常時、較差が過大とならないよう選挙区割りがほぼ自動的に変更・修正されるようなシステムの構築が望まれる旨を指摘するとともに、平成23年大法廷判決以降、投票価値の較差の是正の問題につき司法部と立法府とのそれぞれの機能、役割を踏まえた緊張感を伴う相互作用が行われているとの認識を示し、司法部として、この相互作用が早期に実りある成果を生むように見守っていくことが求められるとするものである。

(2) 櫻井裁判官及び池上裁判官の共同意見は、平成24年改正法及び平成25年改正法における0増5減の措置及び選挙区割りの改定が、違憲状態を当面是正するものとして国会の立法権行使の在り方として現実的な選択であり、合理的な裁量の範囲内にあるとする。また、0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県について新区割基準に基づいた定数の再配分が行われていないことは選挙人比最大較差が2倍を超えた主な要因ということはできないと指摘した上で、本件選挙時における選挙人比最大較差については、東日本大震災による被害を受けるなどの特別の事情のない鳥取県第1区を基準とするのが最も妥当な方法であるとした上で、鳥取県第1区と東京都第1区との間で比較すると、その最大較差は2.067倍であり、このような較差は本件選挙区割りの合理性を失わせるに至っていたということはできないと指摘し、本件選挙当時、本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものとはいえないとする。併せて、同共同意見は、選挙区間の投票価値の最大較差が拡大する要因として、区画審が定めた「区割りの改正案の作成方針」において市区町村の区域を分割しないなどの原則が定められていたことを指摘し、上記の基準の見直しの必要性を指摘するものである。

(3) 大橋裁判官の反対意見は、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態を是正するための合理的期間の始期は遅くても言渡しがされた平成23年3月23日であるとした上で、本件選挙施行日まで3年8か月が経過しており、これは国会が旧選挙区割りを憲法上の平等価値の原則に適合するものに改正するのには十分な期間であり、本件では憲法上要求される合理的期間を徒過したものといわざるを得ないとする。その上で、平成23年大法廷判決から現在まで既に4年8か月が経過しているにもかかわらず国会による是正措置は実現されていないのであり、選挙人の基本的人権である選挙権の制約及びそれに伴って生じている民主的政治過程のゆがみは重大といわざるを得ず、また、立法府による憲法尊重擁護義務の不履行や違憲立法審査権の軽視も著しいものであることに鑑みれば、本件は事情判決により選挙の違法を宣言するのにとどめるべき事案とはいえない一方で、選挙無効の効力を直ちに生じさせることによる混乱を回避することは必要であり、本件選挙は本判決確定後6か月経過の後に無効とすることが相当であるとするものである。

(4) 鬼丸裁判官の反対意見は、憲法は、衆議院議員の選挙における国民の投票価値につき、できる限り1対1に近い平等を基本的に保障していると指摘した上で、平成25年改正後の平成24年改正法による選挙区割りの改定は、できる限り1人1票に近い平等を保障するものではなく、憲法の要求する1人1票に近い投票価値の平等に反するものであるといわざるを得ないとする。
 また、国会が平成23年3月23日に投票価値の平等に反する状態にあることを認識し得てから本件選挙までの間に、上記期間内に憲法の投票価値の平等の要求するところに沿った定数配分や選挙区割りの是正を行うことは可能であったというべきであり、憲法の予定している立法権と司法権の関係を考慮してもなお、本件選挙時には既に憲法上要求される合理的期間を徒過したものというべきであるとする。
 本件選挙の効力については、これを全部無効とした場合には、予期しない不都合や弊害がもたらされるおそれがあることを否定することはできず、国民の負託に沿わないおそれが高いといわねばならないことなどを指摘した上で、事情判決の制度の基礎に存する一般的な法の基本原則を適用して、本件選挙が違法であることを主文において宣言することが相当であるとするものである。

(5) 木内裁判官の反対意見は、国会が憲法上要求される合理的期間内における是正がされたか否かの判定は、国会が立法府として合理的に行動することを前提として行われるべきであり、既に平成23年大法廷判決において、1人別枠方式の廃止と新基準による選挙区割規定の改正という、行うべき改正の方向が示されている旨を指摘した上で、1人別枠方式という要因の解消が本件選挙区割りにおいても実現していないのであるから、上記合理的期間を徒過したものであることは明らかであり、本件区割規定は違憲の瑕疵を帯びるとする。
 本件選挙の効力については、裁判所が選挙を無効とする選挙区をどれだけ選定すべきかの規律は、違憲判断の及ぶ範囲を一定程度制限するという司法権に委ねられた権能の行使についてのものであり、具体的にどの範囲で選挙を無効とするかは、個々の選挙によって異なるとした上で、本件においては、投票価値の較差が2倍を超えるか否かによって決するのが相当であり、本件選挙当時、選挙人数が、最も選挙人数の多い東京都第1区の選挙人数の2分の1を下回る12の選挙区については選挙無効とされるべきであり、その余の選挙区の選挙については、違法を宣言するにとどめ無効とはしないこととすべきとするものである。

 

 本判決は、最高裁大法廷が、平成23年大法廷判決が言い渡された後の法改正により改定された選挙区割りの下で施行された衆議院議員総選挙について、当該選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったか否かについて判断を示すとともに、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえるか否かの判断における考慮要素と評価の観点を示した上、これらの判断基準に照らして諸事情を総合考慮して区割規定の合憲性についての判断を示したものであり、重要な意義を有するものと考えられる。

 

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