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本件は、公務執行妨害、傷害被告事件の主任弁護人である申立人が刑訴法278条の2第1項に基づく裁判所の出頭在廷命令に正当な理由なく従わなかったとして、同人に対してなされた同条の2第3項による過料の決定に関する特別抗告の事案であり、過料決定の根拠規定である同項の合憲性が争われたものである。
申立人が本件過料決定を受けた経緯は、次のとおりである。すなわち、被告人は、自己の刑事事件を審理している裁判所への勾引に従事していた警察官に暴行を加えて傷害を負わせたという公務執行妨害、傷害被告事件において、裁判官入廷前に手錠及び腰縄を外すことなどを求めて公判期日への不出頭を繰り返していた。当初の国選弁護人らもこれに同調して公判期日に出頭しなかったために解任され、申立人らが、これに替わって新たに国選弁護人として選任された。しかし、申立人らも、被告人に同調して公判期日に出頭せず、刑訴法278条の2第1項に基づく出頭在廷命令にも応じなかったことから、原々審が、申立人に対して同条の2第3項による本件過料決定をしたのである。
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刑訴法278条の2は、裁判所は、必要と認めるときに検察官又は弁護人に対して公判期日等に出頭在廷命令を発することができること(第1項)、正当な理由がなく命令に従わないときには10万円以下の過料に処し、かつ、費用賠償を命じ得ること(第3項)、過料等の決定をしたときは、検察官については当該検察官を指揮監督する権限を有する者に、弁護士である弁護人については所属弁護士会又は日弁連に通知し、処置請求をしなければならないこと(第5項)などを内容とする。
同条は、平成13年6月の司法制度改革審議会意見書及びこれを受けた司法制度改革推進本部に設置された裁判員制度・刑事検討会での検討を踏まえて、平成16年の刑事訴訟法の一部改正(平成16年法律62号)により新設されたものである。前記の司法制度改革審議会や裁判員制度・刑事検討会においては、国民が注目する特異重大事件については訴訟遅延が珍しくなく、刑事司法全体に対する信頼を傷つける一因となっており、弁護人の不出頭やこれをほのめかしたことが審理遅延の原因の一つとなっているというのが大方の認識であった。また、裁判員制度の導入に伴い、裁判員の負担をできるだけ軽減するためにも、連日的、計画的な審理実現の要請がより一層強くなっており、裁判所の期日指定の実効性を担保する必要性がこれまで以上に高まっていた。司法制度改革推進本部は、このような事情等を踏まえて、刑事裁判の充実・迅速化を図るための方策の一つとして、期日指定に係る訴訟指揮の実効性を担保するため、必要的弁護事件において弁護人が出頭しないおそれがあるときにも国選弁護人を選任できる旨の規定(刑訴法289条3項)とともに、刑訴法278条の2を立案し、これが、前記平成16年刑訴法改正に取り込まれて制定された。
なお、刑訴法278条の2の新設に関しては、一部で反対意見もあり、前記裁判員制度・刑事検討会において、弁護士出身委員が、公判前整理手続の整備などで審理の在り方を巡る紛議は回避され、弁護人不出頭という事態は非常に極端な場合になるのであって、その場合には過料の制裁は実効性を持ち得ないし、弁護士活動の正当性の範囲の問題もあるので、弁護士会の倫理規定の下での自律的な懲戒制度に委ねるべきである旨の意見を述べていた。
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申立人は、抗告趣意の中で、刑訴法278条の2第1項による当事者への出頭在廷命令の実効性担保は、弁護士法上の懲戒制度で十分であり、過料の制裁を定めた刑訴法278条の2第3項は、合理性、必要性を著しく欠き、国家権力に介入されない弁護権を行使する弁護人の弁護を受ける被告人の権利を侵害し、憲法31条、37条3項に違反すると主張した。その主張は、前記の制定過程における反対意見を背景にしたものと理解される。
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これに対し、本決定は、まず、①刑訴法278条の2第3項の立法趣旨について、従来の刑事裁判において、一部の事件で当事者による公判廷への不当な不出頭や退廷が審理遅延の一つの原因になっており、刑事裁判の充実、迅速化のためには裁判所の期日の指定等の訴訟指揮の実効性を担保する必要があり、また、連日的、計画的な審理を要請する裁判員制度の導入を機にその必要性が一層高まったとして、平成16年の刑訴法改正によって、新たに裁判所が弁護人らに対して出頭在廷を命ずることができる旨の規定が設けられるとともに、その命令を実効あらしめるため過料等の制裁の規定も設けられたものであるとした。また、②過料の制裁の目的、性質について、訴訟手続上の秩序違反行為に対する秩序罰として設けられるものであり、弁護士会等における内部秩序を維持するための弁護士法上の懲戒制度とは、目的や性質を異にするとした。その上で、③刑訴法278条の2第3項は、訴訟指揮の実効性担保のための手段として合理性、必要性があるといえ、弁護士法上の懲戒制度が既に存在していることを踏まえても、憲法31条、37条3項に違反するものではないと結論づけた。
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過料の規定の合憲性に関する判断手法については、これを明示的に示した判例や学説は見当たらない。本決定は、その立法趣旨や目的・性質に照らして、必要性、合理性があれば認められることを前提に判断しているが、これは、訴訟手続上の秩序違反行為に対して制裁を加えるか否かは、立法機関による裁量的判断に委ねられる部分が大きいと思われるからであろう。
本決定が認めた刑訴法278条の2第3項の立法趣旨は、立案担当者の説明(落合義和ほか『刑事訴訟法等の一部を改正する法律及び刑事訴訟規則等の一部を改正する規則の解説』(法曹会、2010)20頁)と同旨であり、前記2のとおりの司法制度改革審議会の意見書及び前記裁判員制度・刑事検討会における議論を踏まえて、同項の立法趣旨を説示したものと認められる。
また、同項に規定する過料の目的・性質に関して、本決定は、訴訟手続上の秩序違反行為に対する秩序罰としているが、これは、刑訴法160条による証人の証言拒絶に対する過料について、訴訟手続上の秩序を維持するための秩序罰であるとした最二小決昭和39・6・5刑集18巻5号189頁を踏まえたものと思われる。なお、弁護士法上の懲戒制度については、日本弁護士連合会調査室『条解弁護士法〔第4版〕』(弘文堂、2007)423頁が、本決定と同様に、弁護士会等における内部秩序を維持するためのものであるとしている。
そして、本決定がその趣旨を徴している最大決昭和33・10・15刑集12巻14号3291頁が、法廷等の秩序維持に関する法律2条に基づく監置決定及び同法3条2項による行為者の拘束の合憲性を判示しているように、訴訟手続の秩序維持のために一定の制裁を科すことには一般的に合理性、必要性があると思われ、前記立法趣旨等に照らせば、刑訴法278条の2第3項についても合理性、必要性は容易に肯定できよう。類似の制裁手段の併置に関しては、前記昭和39年最高裁決定が、証人の証言拒絶に対する過料と罰金、勾留との併科について、目的、要件及び実現の手続を異にすることなどから、憲法31条、39条に違反しないとし、また、同決定と本決定がその趣旨を徴している最大判昭和33・4・30民集12巻6号938頁が、法人税法上の追徴税と罰金の併科について、追徴税と罰金の性質が異なることなどから、憲法39条に違反しないとしており、判例は、目的や性質に違いがあれば、類似の制裁手段が存在することは、その必要性、合理性を直ちに損なうものではないと考えているものと理解される。このようなことから、本決定は、訴訟指揮の実効性担保手段としての刑訴法278条の2第3項に規定する過料については、弁護士法上の懲戒制度の存在を考慮しても、その必要性、合理性を十分肯定できるとしたものと思われる。
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刑訴法278条の2第3項の新設に当たっては、前記のとおり、一部異論もあったところであり、同項が合憲であるとした本決定は重要な判断をしたものと思われる。