クロスボーダー訴訟と合意管轄(1)
―最近の二つの裁判例を中心として―
大阪大学大学院経済学研究科非常勤講師
西 口 博 之
Ⅰ はじめに
昨今のクロスボーダー取引の増加に伴い、その紛争も増えているが、最近消費者金融取引紛争と特許侵害・独禁法違反に絡む紛争で、国際裁判管轄の合意に関する二つの裁判が話題を呼んでいる。
本稿では、国際商取引における紛争発生時にどこの裁判所で裁判を行うかを定める裁判管轄の合意について、その意味・法制度、裁判例等を検討し、今後の課題等について論じるものである。
Ⅱ 国際商取引における合意管轄
1 国際商取引と管轄権合意[i]
我が国における国際商取引においては、紛争等が生じた際の対処方法を契約時に定め、それがクロスボーダー取引であるため契約書に準拠法・国際裁判管轄等として規定される。この国際裁判管轄規定については、管轄の合意がしばしば見られるが、一般に両当事者の合意により法定の裁判管轄以外に管轄を創設すること(Prorogation)及び法定管轄を排除すること(Derogation)を合わせ「管轄の合意」と呼んでいる。
我が国においては、この問題は法定管轄以外に当事者の合意による管轄を発生させる付加的合意と合意された管轄以外での出訴を許さないとする専属的合意とがあり、この合意はいずれも原則的に許容されると解される。
しかし、専属的国際裁判管轄の合意については、当事者の一方に極端に不便な国を合意すること等により事実上権利保護を途絶させるリスクが国内管轄の場合に比べて極端に大きいことから専属的管轄合意をどのような要件の下で認めるべきかという問題が生じる。
2 我が国における合意管轄に係るクロスボーダー訴訟例
我が国においては、第2次世界大戦前における裁判例として、大判大正5・10・18及び神戸地判大正8・2・28があるのみだが、戦後になって、貿易取引に関連して船荷証券上の普通約款によりなされた外国裁判所を専属管轄裁判所とする旨の合意の有効性について、東京地判昭和42・10・17、神戸地判昭和38・7・18、その控訴審である大阪高判昭和44・12・15及び上告審の最三小昭和50・11・28(チサダネ号事件)と相次いで裁判例が見られる。
この昭和50年最判以降の裁判例としては、次のようなものがある[ii]。
判決日 | 裁判所 | 事件番号 | 事件の対象 | 引用 |
① 平成4・1・24 | 大阪地判 | 平2(ワ)9807号 | 賃貸借契約 | 判タ804号179頁 |
② 平成6・2・28 | 東京地判 | 平5(ワ)8871号 | ライセンス契約 | 判タ876号268 |
③ 平成12・4・28 | 東京地判 (第1審) | 平11(ワ)2929号 | 労働契約 | 判時1743号142頁 |
④ 平成12・11・28 | 東京高判 (第2審) | 平12(ネ)2624号 | 同上 | 判時1743号137頁 |
⑤ 平成20・4・11 | 東京地判 | 平19(ワ)10395号 | 代理店契約 | 判タ1276号332頁 |
⑥ 平成23・10・14 | 神戸地尼崎支判 | 平23(モ)2号 | 外国為替契約 | 判時2133号96頁 |
⑦ 平成24・2・14 | 東京地判 (第1審) | 平22(ワ)7042号 | 資産運用契約 | ジュリスト1463号123頁 |
⑧ 平成24・6・28 | 東京高判 (第2審) | 平24(ネ)2216号 | 同上 | LEX/DB25504140号 |
⑨ 平成24・11・14 | 東京地判 |
平22(ワ)15200号 ・35501号 |
労働契約 | LEX/DB2548356号 |
⑩ 平成25・4・19 | 東京地判 (第1審) | 平23(ワ)17514号 | 投資契約 | LEX/DB25512393号 |
⑪ 平成25・9・18 | 東京高判 (第2審) | 平25(ネ)3187号 | 同上 | ジュリスト1462号128頁 |
⑫ 平成26・1・14 | 東京地判 (第1審) | 平25(ワ)15015号 | 投資契約 | 判時2217号68頁 |
⑬ 平成26・11・17 | 東高判 (第2審) | 平26(ネ)623号 | 同上 | 判時2243号28頁 |
⑭ 平成27・9・1 | 最判 (第3審) | 番号未公表 | 同上 | 2015・9・3日経 |
⑮ 平成28・4・8 | 東地 (差戻し審) | 同上 | 同上 | 2016・4・9日経 |
これらの裁判例は、投資取引によるもの(⑦資産運用助言による損害賠償請求事件と⑧その控訴審、⑩投資の勧誘に係る助言による損害賠償事件、⑪その控訴審、⑫~⑮MRI出資金返還請求事件等)、労働契約によるもの(③~④外国航空会社と日本人從業員の紛争、⑨日本の航空会社と外人パイロットの紛争)等がある。
[i] 木棚照一・松岡博・渡辺惺之『国際私法概論(第3版)』有斐閣(1998年)129頁以下。
[ii] 西口博之「MRI出資金返還訴訟―平成26年11月17日控訴審判決を中心に」NBL1040号(2014)11~12頁。