ウィルソン・ラーニング ワールドワイド、
当社執行役員による不正行為と調査委員会設置に関するお知らせ
岩田合同法律事務所
弁護士 鈴 鹿 祥 吾
人材育成コンサルティングのウィルソン・ラーニング ワールドワイドは、元管理部門担当の執行役員が、会社資金を私的流用していた疑いがあることが判明し、調査委員会を設置したことを発表した。
同社によると、平成27年7月、仮払金の不適切な処理が明らかになり、帳票の詳細な突合せ及び事実確認を進めていたところ、本年3月28日になって、上記執行役員が、約2年間にわたり会社資金約450万円を不正に私的流用していたことを申し出たという。同社は、同年4月5日、被害金額等不正行為の全容を解明し責任の所在等を明らかにするとともに再発防止策の策定を目的として、弁護士資格を有する委員を含む調査委員会を設置した。
事案からは具体的にどのような資金をどのように私的流用したのかが明確でないが、その態様次第では、上記執行役員には業務上横領罪(刑法253条)や特別背任罪(会社法960条1項7号)等が成立する可能性がある。また、民事上、上記執行役員は会社に対して、不法行為に基づく損害賠償義務(民法709条)や不当利得返還義務(同法703条)を負うことが考えられる。
さらに、取締役等の役員については、善管注意義務の内容として、職員の行為が適法かつ適正であるか監視監督する義務(監視監督義務)、健全な企業経営を行うために、会社が営む事業の規模、特性等に応じたリスク管理体制を構築すべき義務(内部統制システム構築義務)があり、本件がこれらの懈怠によって生じたものであれば、役員の会社に対する任務懈怠責任(会社法423条1項)を負うことが考えられる(そのほかに、不祥事を認識したのちに積極的に公表しないという対応をとることなど[1]、その後の対応について任務懈怠が生じる場合もある。)。
このような法令違反などを行った企業の倒産件数は、昨今法人の倒産件数が減少する中において、増加傾向にある(図1、2)。株式会社帝国データバンクによれば、コンプライアンス違反(粉飾決算や業法違反、脱税など意図的な法令違反、社会規範、倫理に違反する行為)が判明した企業の倒産件数について、2015年度は前年度比3割増で過去最多であったという[2](表2)。同社作成の報告書[3]によれば、最近は、その中でも、粉飾会計処理、建設業法や道路運送法違反などの業法違反、そして本件のような役職員による横領や不透明な資金流出といった資金使途不正を行った企業の倒産が突出している(図3)。
本件のような資金使途不正の場合には、当該不正を行った者への権限の集中を排除し、取締役が適切に監視監督し、監査役が実効的に監査できる体制を整備することが必要といわれており、これはまさに会社法が役員に対して求める監視監督義務、内部統制システム構築義務を適切に整備し、運用することとつながっており、このような体制作り及びモニタリングはコーポレートガバナンスコードの求めるところでもある(同補充原則4-3②)。
株式会社帝国データバンクが公表している報告書は、コンプライアンス違反が企業経営に与える影響の大きさを示唆するものであり、企業経営者においては、ウィルソン・ラーニング社の件を他山の石として、よりよい企業経営をすすめていくことが強く求められているといえよう。
図1 法人破産事件、通常再生事件の裁判所新受件数[4]
図2 各年度のコンプライアンス違反倒産件数(負債1億円以上のもの[5])
図3 違反類型別の各年度のコンプライアンス違反倒産件数(負債1億円以上のもの)
[1] 大阪高裁平成18年6月9日判決・判時1979.115
[2] 「特別企画:2015年度コンプライアンス違反企業の倒産動向調査」
http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p160402.html
[3] 12回にわたる株式会社帝国データバンクのコンプライアンス違反企業の倒産動向調査の報告書(最新のものが上記2)を引用・参照した。
[4] 「裁判所データブック2015」49、50頁参照。ただし、通常再生事件には個人を対象とする事件(個人再生事件以外の事件)も含まれている。
[5] 上記帝国データバンクの調査では、平成26(2014)年度までのものは負債1億円以上の案件を対象にしていたことから、平成27(2015)年度についても同様の条件を前提として比較した。