◇SH0752◇冒頭規定の意義―典型契約論― 第1回 はじめに―課題の設定―(1) 浅場達也(2016/08/02)

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冒頭規定の意義
―典型契約論―

はじめに ―課題の設定―(1)

みずほ証券 法務部

浅 場 達 也

はじめに ―課題の設定―

 本稿は、過去にNBLに掲載する機会をいただいた次の2つの論稿の内容を踏まえたものであり、契約法における冒頭規定[1]の意義について若干の考察を加えるとともに、契約法体系化及び典型契約論について、新たな角度から検討を行うことを目的としている[2]

  1. ・「契約法の中の強行規定―梅謙次郎の『持論』の今日的意義(上)(中)(下)」(NBL891号23頁以下、892号40頁以下、893号47頁以下。以下、これらを併せて「前々稿「梅謙次郎の『持論』」(2008)」または「前々稿」という)   
  2. ・「契約法教育と強行規定(上)(下)」(NBL1002号22頁以下、1003号40頁以下。以下、これらを併せて「前稿「契約法教育」(2013)」または「前稿」という)

 前稿および前々稿は、契約各則の各条文(民法549条~696条)それぞれが、強行規定(または「強行規定に準ずる規定」)として位置付けられるか否かという視点から若干の検討を行った。そうした検討の延長線上[3]にある本稿においても、「各冒頭規定は、強行規定として位置付けられるか」との疑問を出発点とする。ただ、冒頭規定に関しては、契約各則の他の諸規定とは別の側面からも論ずる必要があると考えられるため[4]、本稿は、前稿・前々稿とは独立した論稿となっている。この「はじめに ―課題の設定―」においては、若干長くなるが、冒頭規定の特殊な側面を示唆する可能性を有する次の3つの疑問点について示しておくことから、検討を始めたい。

 

1. 冒頭規定の性質 ―強行規定か―

 第1の疑問点は、これまでの学説が、冒頭規定の性質を強行規定と位置付けてきたかということに関連する。まず、明治期の民法典起草時から現在に至るまで、冒頭規定の性質がどのように考えられてきたかについて、概観しておこう。

(1) 民法典起草時

 前々稿「梅謙次郎の『持論』」(2008)にて何回か言及したように[5]、明治期の民法典起草時のある段階(明治28(1895)年12月中旬頃)まで、契約総則・契約各則のすべての規定(懸賞広告4カ条を除く)は強行規定か任意規定かが法文上明らかにされており、各冒頭規定については、強行規定として明記されていた。

 しかし、民法整理会の終盤、すなわち同年12月下旬頃、すべての「強行規定を列挙する条文[6]」が削除されたことに伴い、契約総則・契約各則における法文上の強行規定・任意規定の区別は失われ、各冒頭規定が強行規定として示されることはなくなった。

(2) 梅謙次郎『民法要義』

 民法典制定後早い時期に公表された、起草者の一人である梅謙次郎の『民法要義』において、強行規定と任意規定の区別はどのように考えられていただろうか。まず、『民法要義 巻之一総則編』の「第91条[7]」の説明をみてみよう。この説明において、梅謙次郎は、各規定が任意規定であることを法の明文で示す主義を採用しなかったことと、その理由について、明確に述べている。重要な箇所なので、以下に引用しておこう。

  1.  「立法論としては、余は出来得べきだけは各場合に付いて規定を設け、其々の規定は当事者が反対の意思を表示したるときはこれを適用せずといえるがごとき明文を掲ぐるを可とすれども、この主義はすこぶる危険なしとせず。何となれば、もし反対の意思を許す場合において、其之を許す旨を掲ぐることを忘るるときは、たといその性質上命令的規定(強行規定)にあらざること殆ど判然せる場合といえども、他の随意的規定(任意規定)に付き明文あるに拘わらずその場合に限り明文なきがためすなわち解釈上の議論を生ずることあるべければなり。これけだし新民法においてこの主義を採らざりし理由の一つなり。」

 立法論としては、任意規定である旨を各条にて法文上明記する主義を採用することは可能だが、ある箇所でその旨明記することを忘れた場合、その旨明記されている他の箇所との関係で、解釈上の疑義が生ずる危険があるとの趣旨の梅謙次郎の記述である。

 確かに、同『民法要義』の『債権編[8]』の契約各則の部分を概観すると、原則として、各条の説明において強行規定・任意規定の区別には触れていない[9]。各冒頭規定についても、それぞれが強行規定なのか任意規定なのかは、記述上不明である。

(3) 従前の学説

 従前の学説のいくつかを概観しておこう。まず、代表的な契約法の体系書である来栖三郎『契約法[10]』の記述をみてみよう。同書は、「——典型契約に関する民法典の規定の性質はというと、おおむね、任意規定である」とした上で、「ただし、強行規定とされているものも少しはある」と続けるが、その後に列挙されている強行規定の中に、冒頭規定は全く含まれていない[11]

 近時の体系書である加藤雅信『契約法[12]』においても、この点は同様である。「——民法の契約の章にも例外的に若干の強行規定が存在するが、それらについては、関連する箇所で随時述べることにするが、ここでも一応列挙しておくことにしよう」として、来栖博士の挙げる条文と比較するとかなり多くの規定を強行規定として挙げているが、その中に冒頭規定は1カ条も含まれていない。

 コンメンタールに眼を転ずると、森田修「注釈91条[13]」における「契約法中の強行規定の例」と題する部分には、572条、628条、640条、678条等が挙げられているものの、やはり冒頭規定は強行規定として挙げられていない。

 では、従前の学説は冒頭規定を任意規定と考えてきたのかというと、冒頭規定を任意規定と明言する学説は見当たらないようである[14]。学説は、冒頭規定を強行規定とするわけではなかったが、さりとて、任意規定と明確に解するわけでもなかったといえるだろう。全般に、冒頭規定は強行規定か任意規定かと問う意識自体が、希薄であったような印象を受ける。

(4) 最近の見解

 最近に至り、冒頭規定を任意規定とは別の性質の規律であると位置付ける次のような複数の見解が現れていることが注目される。まず、石川博康准教授の記述をみてみよう。

  1.  「——例えば典型契約冒頭規定は、その契約の成立要件に関わるものである以上、その内容を当事者の合意によって変更することはできず―代金の支払という要素を排除した売買契約を締結することは認められない―、そのような典型契約冒頭規定が契約に関する任意法の秩序とは別の次元の規律であるということは明らかである。[15](下線は引用者による)

 冒頭規定を、「任意法の秩序とは別の次元の規律である」としており、冒頭規定がその性質上、任意規定とは異質であることを明言している点で興味深い。

 また、長坂純「典型契約・冒頭規定の強行法規性[16]」は、冒頭規定は「強行法規の認定基準には馴染むものではない」が、「私法秩序を支えるガイドライン(「任意法規のガイドライン化」)として捉えることができるのではなかろうか」とする。ここでも、冒頭規定の性質は、任意規定とは異質のものと捉えられているといえるだろう。

 更に、伊藤進教授は、近時の論稿[17]で、冒頭規定を、「基本ルール強行法規」(私法上の行為の基本ルールを定めた強行法規)としている。冒頭規定を強行規定の一種とみている点で、石川准教授、長坂教授の見解よりも、冒頭規定の性質を強く捉える見解といえるだろう。

 簡単にまとめると、学説は、冒頭規定を強行規定と考えてこなかったが、最近に至り、冒頭規定を任意規定とは異質の規律と捉える考えが現れているといえるだろう。こうした学説の流れ、特に最近の見解を、どのように考えればよいのか。これらは整合的に理解され得るのか。これが冒頭規定をめぐる疑問点の第1点である。



[1] 民法における典型契約は、それぞれの冒頭に、その典型契約の成立要件を定める規定を置いている。以下、これらを「冒頭規定」という。

[2] 現在、契約を中心とする債権関連法の改正作業が終盤の段階にあり、2015年3月に改正案が国会に提出された(現時点で、継続審議となっている)。本稿の検討範囲の多くが「債権法改正」と重複しており、可能であれば、改正後の具体的な規定の内容を踏まえた上で、本稿の検討を行うべきだといえるであろう。しかしながら、債権法改正作業の終了までにはなお若干の時間を要すると考えられるとともに、その上でさらに本稿を(改正法を踏まえて)変更するとなると、更にかなりの時間を要することになると思われる。このため、現行法を素材とすることの限界を踏まえた上で、可能な諸点を論じておくというのが、現時点での本稿公表の趣旨である。

[3] なお、本稿中、幾つかの箇所で「契約法教育」に言及しているのは、「契約法教育のあり方」を主たるテーマとしていた前稿「契約法教育」(2013)の延長線上に本稿があることから来ている。

[4] 前稿(上)NBL1002号30頁の注(20)にこの点を指摘しておいた。

[5] 前々稿(上)NBL891号29頁、(中)NBL892号44頁、(下)NBL893号47頁を参照。

[6] 前々稿(下)NBL893号51頁を参照。

[7] 梅謙次郎『民法要義巻之一総則編(訂正増補)』(有斐閣、1899)(復刻版、1984)203頁を参照。

[8] 梅謙次郎『民法要義巻之三債権編(訂正増補)』(有斐閣、1899)(復刻版、1984)を参照。

[9] 但し、例外もある。第1に、「この規定は公益規定ではない」との趣旨の記述を含むことから、任意規定であることが推察できる規定であり、梅・前掲注(8)『民法要義巻之三債権編』の中では(以下の頁数は、同書での頁数を示す)、651条(751頁)、658条(767頁)、672条(799頁)の記述がこれに当たる。第2に、「公益に反するものと認めざるを得ない」との趣旨の記述から、強行規定であることが推察できる規定であり、626条(690頁)の説明がこれに当たる。但し、これらはあくまで例外的な記述であり、大部分の条文の説明においては、強行規定・任意規定の区別はなされていない。

[10] 来栖三郎『契約法』(有斐閣、1974)737頁を参照。

[11] 来栖三郎博士が列挙する強行規定は、572条、604条、626条、628条、640条である。いずれも期間や担保責任に関する規定であり、冒頭規定は含まれていない。

[12] 加藤雅信『新民法大系Ⅳ 契約法』(有斐閣、2007)165頁を参照。

[13] 森田修「注釈91条」川島武宜=平井宜雄編『新版注釈民法(3)』(有斐閣、2003)223頁を参照。

[14] 来栖博士のように「おおむね、任意規定である」とする中に、冒頭規定も任意規定であることが含意されているのかもしれない。

[15] 石川博康「典型契約冒頭規定と要件事実論」大塚直ほか編著『要件事実論と民法学との対話』(商事法務、2005)130頁を参照。

[16] 長坂純「典型契約・冒頭規定の強行法規性」法時85巻7号(2013)88頁を参照。

[17] 伊藤進「私法規律の構造(一)――私法規律と強行法規の役割・機能――」法律論叢85巻2・3号(2012)54頁を参照。

 

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