日本企業のための国際仲裁対策(第1回)
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第1回 連載の開始にあたって
国際的な法務案件を担当する上で、仮に争いとなり、法的手続にまで発展した場面を理解し、想定することは有用である。なぜなら、法務の目的は、多くの場合、法的手続に発展する事態をできる限り回避することと、回避できない場合に備え、できる限り有利な状況を確保することにあるからである。
そして、この法的手続にまで発展した場面というのが、国際的な案件においては多くの場合、国際仲裁手続の場面である。日本企業にとって、特にアジア諸国での展開が進む中で、国際仲裁の重要性は確実に増している。
仲裁を訴訟と比較した場合、特徴的なのは、国家からの独立性である。訴訟は、裁判所という公的な機関において、裁判官という公的な職務にある者によって手続が進められる。これに対し、仲裁は、その拘束力ないし強制力の根拠が、当事者である私人間の合意にあり、仲裁人として選ばれた私人によって、手続が進められ、判断が下される。仲裁は、一見公的な手続のように見受けられるが、訴訟と比較すると明らかに、私的な手続である。
その一つの表れとして、米国の民事訴訟のためのデポジション(証言録取)を日本国内で行う場合には、米国大使館又は領事館で行う必要があるのに対し、国際仲裁の場合には、そのような場所的な制限はなく、ホテルや、カンファレンスセンターにおいて手続を進めることができる。米国の民事訴訟は、国家権力の行使であるため、日本国の主権との調整上、上記の場所的な制限が生じるのに対し、国際仲裁は国家権力の行使ではないため、このような場所的な制限は生じない。
但し、仲裁判断は、私的な手続を通じて、仲裁人という私人によって下された判断であるとしても、各国の裁判所において尊重され、仲裁判断に基づく強制執行手続が行われる。これを可能としているのが、いわゆるニューヨーク条約、すなわち、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約である。この条約は加盟国数が150カ国を超え、広く尊重されており、最も成功した条約の一つと言われている。
このように国際仲裁は、世界的な協力の枠組みの中で成り立っており、その参加者の国籍も多様である。仲裁人と、申立人代理人弁護士、被申立人代理人弁護士がそれぞれ全く別の国籍ということも、何ら珍しくない。これに対し、訴訟であれば、国際的な案件であっても、裁判官と、原告代理人弁護士、被告代理人弁護士は、通常同一の国籍であり、それは裁判所が所在する国の国籍である。この点で、仲裁と訴訟は対照的である。
国際仲裁において、仲裁人又は代理人弁護士となる資格に、国籍に関する特段の規制は見当たらず、日本人であることも基本的に支障とはならない[1]。国際仲裁というのは、インターナショナルな色彩が極めて強い世界である。
本執筆は、連載企画として、日本企業が国際仲裁の当事者となる場面を想定の上、国際仲裁手続に関する「実務的なガイド」の提供を試みるものである。敷衍すると、できる限り分かりやすく、①国際仲裁手続がいかに進行するか、②ポイントなる場面はどこか、③その場面においていかなる点に留意して対応するべきかを、筆者の実務経験に基づき、順を追って一つ一つ伝えることを、本執筆は意図するものである。③の留意点については、各場面毎に関連する仲裁機関規則及び仲裁法規を引用した上で、できる限り具体的に説明する方針である。
また、本執筆においては、国際仲裁手続と、日米の各民事訴訟手続を適宜比較することも予定している。これにより、日本又は米国の民事訴訟手続を経験したことがある読者には、仲裁手続が民事訴訟手続と多くの点において類似することを認識した上で、仲裁手続の特徴をより具体的かつ明確に理解して頂けるのではないかと考えている。
具体的な構成であるが、最初に、国際仲裁手続の流れ、国際仲裁手続の特徴、仲裁機関の役割等の基礎知識を確認する。その上で、手続の序盤における留意点、中盤における留意点、終盤における留意点を解説する。その後、仲裁判断の承認・執行等の仲裁判断後の手続、国際仲裁における和解、仲裁条項の作成といった、周辺的な点についても解説する。
できる限り興味を持って頂けるように努めるので、是非ともこの連載におつき合い頂きたい。
[1] 日本においても、日本の弁護士資格がない者が報酬を得る目的で、日本国内で法律事務を取り扱うことを原則として禁止する一方で(弁護士法72条本文)、国際仲裁事件については、外国の弁護士が、その外国において依頼され又は受任した国際仲裁事件の手続についての代理を、日本国内で行うことが認められている(外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法58条の2本文)。但し、ここでいう「国際仲裁事件」の定義が、「国内を仲裁地とする民事に関する仲裁事件であって、当事者の全部又は一部が外国に住所又は主たる事務所若しくは本店を有する者であるものをいう」となっているため(外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法2条11号)、日本法人間の仲裁事件については、たとえその一方が外国法人の子会社で、実質的には日本法人と外国法人の争いであっても、形式的に日本法人間の仲裁事件である場合には、外国の弁護士の関与が制限されることとなってしまう。