冒頭規定の意義
―典型契約論―
冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(3)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
Ⅰ 冒頭規定と制裁(1) ―金銭消費貸借契約を例として―
実際に契約書を作成するという視点からみたとき、冒頭規定の際立った特徴とは、民法とは別の法律の中にそのまま組み入れられることである。これは、契約各則の他の諸規定にはみられない、大きな特徴である[1]。そして、冒頭規定を通じて、それぞれの契約書の中には、多様な「リスク=何らかの制裁が課される可能性」が持ち込まれる。そうしたリスクは、契約文言の「合意による変更の可能性」にさまざまな影響を与える。それゆえに、冒頭規定は、契約各則の諸規定の中でも、極めて重要な役割を果たすことになる。
以下では、金銭消費貸借契約と請負契約を例として、リスクがどのように契約書の中に持ち込まれるか、そして契約文言の「合意による変更の可能性」にどのような影響を与えるかについて検討してみよう。
1. 金銭消費貸借契約と出資法
まず金銭消費貸借契約書を作成する場面から始めよう。金銭の貸し手と借り手が、金銭消費貸借契約書を作成することを検討する。貸し手と借り手は(特に貸し手は)、どのような点に留意しながら、契約書を作成していくであろうか。
(1)出資法の定める制裁
金銭消費貸借契約については、民法の他に、利息制限法・貸金業法・出資法等が密接に関連し、内容規制を行っている。ここでは、まず強い制裁を含む出資法について検討しよう。(ここでの出資法の制裁は、あくまで説明のための1つの例である。利息制限法・貸金業法の制裁との関連については、項を改めて(→1Ⅰ1. (4))で検討する。)
出資法は、金融業者等の違法な経済活動から一般国民を保護することを主たる目的として制定された法律であり、特別刑法・経済刑法の一つとされている[2]。
図1 消費貸借と出資法の制裁
図1は、消費貸借の冒頭規定(民法587条)と「高金利罪」と呼ばれる出資法5条1項の定める制裁の関係を示している。左端の1-①から順を追ってみてみよう。まず、民法は消費貸借の冒頭規定において、「当事者の一方が相手方から金銭その他の代替性のある物を受け取り、これと同種、同等、同質の物を返還する契約」であると定める(1-①)。そして、出資法5条1項において、民法587条の要件を基に、制裁が組み立てられている(1-②)。出資法の定める制裁の要件は、1-③に定められている。ここで主体は、「金銭の貸付けを行う者」(1-④)である。この「金銭の貸付け」が何であるかの定義は出資法上明確に定められていないが、解釈上、「金銭消費貸借」であるとされており、冒頭規定の要件がそのまま取り込まれる形となっている[3]。
そして、「金銭の貸付けを行う者」が「年109.5%を超える割合による利息の契約をしたとき」(1-⑤)、これに対して、「5年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金に処し、又はこれらを併科する」(1-⑥)という制裁が課される。
[1] 「民法とは別の法律の中にそのまま組み入れられる」ということから、想起させられるのは、租税法における「借用概念」であろう。この「借用概念」との違いについては、後に(→1Ⅰ1. (5))で検討する。
[2] 齋藤正和編著『新出資法―条文解釈と判例解説―』(青林書院、2012)2頁を参照。
[3] 齋藤・前掲注[2]『新出資法』216頁を参照。