新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大と
独禁法・競争法実務への影響(第2回)
森・濱田松本法律事務所
弁護士 高 宮 雄 介
弁護士 竹 腰 沙 織
Ⅲ 海外の状況
1. 米国
⑴ これまでの当局の施策
現在までに米国競争当局がCOVID-19拡大に関連して行ってきた主な施策としては、以下のようなものがある。
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(ⅰ) 3月24日公表の共同声明
米国の競争当局である司法省(DOJ)と連邦取引委員会(FTC)は、2020年3月24日、COVID-19に関する共同声明(Joint Antitrust Statement Regarding Covid-19)を発表した[1]。
当該共同声明には、COVID-19拡大に対処するための事業者の共同行為についての競争法の観点からのガイダンスや、当局が事業者からCOVID-19対応関連の共同行為について相談を受けた際の審査スピードを速める(特に公衆の安全と衛生に関わるものについては、必要な情報が提出されてから7日間以内に回答する迅速審査を行う)旨のアナウンス等が含まれていた。
ただし、実際に当該迅速審査を利用している事業者は少ないようであり、これまでにDOJが当該審査を行い承認したことを公表した共同事業は数件にとどまっているようである。当該審査によってDOJに承認された共同行為の具体的な例としては、医療品販売事業者間の個人用防護具(PPE)やCOVID-19関連の医薬品の製造・調達・販売促進のための共同行為[2]や、全国豚肉生産者評議会(NPPC)が米国農務省(USDA)と共に行う養豚業者救済のための共同行為[3]等がある。
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(ⅱ) 4月13日公表の共同声明
2020年4月13日、DOJとFTCは再び共同声明を発表し、COVID-19拡大下の労働力市場において、労働者(特にエッセンシャルワーカー)を不当に害するような競争法違反行為(例えば、雇用者同士による、各雇用者が雇用している被雇用者の賃金を減額する合意等)が行われていないかどうか注視しており、違反があった場合には刑事上及び民事上の責任を追及していく意向であることを明らかにした[4]。
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(ⅲ) FTCによる企業結合審査基準を変更しない旨の宣言
2020年4月6日、FTCは、ウェブサイトにおいて、COVID-19拡大下においても企業結合審査を従前と変わらない基準で厳密に行い続けることを宣言した。公表文の中で、FTCは、COVID-19拡大に対応するためにこれまで採用されてきた企業結合審査の基準をもし緩めれば、それは長期的に競争に悪影響をもたらすことになると述べ、特に問題解消措置を行う場合に分離対象となる資産の買い手には引き続き一定の条件が要求されることについて強調した[5]。
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(ⅳ) 企業結合届出の電子化
2020年3月17日以来、競争当局への企業結合の届出(HSR Filing)は、これまでにとられてきたハードコピーやDVDを提出する形式から、まずFTCに電子メールを送信した上で、FTCからの返信で指定されるリンク先のウェブページを使用して届出書の提出を行う形式に変更されており、ハードコピーやDVDの提出による届出は認められていない[6]。現状の電子的な届出書の提出システムは、COVID-19拡大に対応するための一時的なものとされているものの、当該対応の終了タイミングについては現在のところ定められていない。
なお、届出から30日間とされている法定の待機期間を当局が認めた場合に短縮する制度については、COVID-19拡大当初は一時的に停止されていたが、2020年3月30日から再開されている[7]。ただし、待機期間短縮が認められるケースは以前より限定される等、従前の運用と全く同一とはなっていない。
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(ⅴ) その他の消費者保護政策
COVID-19拡大に伴い、マスク等の需給がひっ迫するようになった商品・サービスについての価格つり上げ(Price-gouging)等を規制する法令が、連邦や各州のレベルで次々と導入された。また、DOJは、2020年3月24日、各連邦地方検事局(United States Attorneys’ Office)に対して、COVID-19拡大関連の買い溜めや価格つり上げ等に対処するタスクフォースを速やかに編成することを要請した[8]。
価格つり上げ規制違反については、DOJや各州の司法長官(Attorney General)によって、4月や5月の早い段階から多数の訴追が行われてきており、各当局が引き続き厳しい目線で違反行為を監視していることが窺われる。
⑵ 近時の動向
米国競争当局による主要な施策は、上記のとおり比較的COVID-19拡大初期に集中しており、直近の数か月では大きな制度変更等は行われていないようである。ただし、近時の動向として、以下のような傾向が見受けられる。
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(ⅰ) 企業結合届出数の変動
米国では、COVID-19感染者数は2020年夏ごろにいったん減少に向かっているように見えたものの、秋から再び増加に転じ、2020年11月には1か月間の感染者数が400万人を超える等、未だに感染拡大が収束に向かう様子はない。
一方、企業結合届出の件数は、感染拡大初期の4月から5月にかけては急激に落ち込んだ(4月79件)ものの、下記表のとおり、その後徐々に感染拡大以前のレベルに戻りつつあるようである。とはいえ、2020年の第3四半期の届出件数は2019年の同四半期と比べてなお約6%減少しており、また、近時の感染者数の再増加も今後の件数に影響する可能性があるため、今後の見通しは不透明である。
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(ⅱ) “Failing Firm Defense”(いわゆる「破綻企業の抗弁」)の予想される増加と当局の姿勢
米国では、多くのビジネスがCOVID-19拡大の影響を受けており、2020年上半期だけで3,600超のチャプター11(再建型の倒産手続)の申請が行われた。そのような状況下で、経営難に陥った企業が事業を継続するためのM&Aが増加していくと見込まれており、そういった局面における企業結合の審査においては、日本と同様、当事会社がクリアランスを得るために “Failing firm defense” (当該企業結合がなければ当事会社が市場から退出してしまい、競争者の数が減少するため、当該企業結合が認められるべきという議論)を主張するケースが増えることが予想されている。しかし、米国の企業結合審査においてFailing firm defenseが認められるためには、具体的には、①買収対象会社の資金が枯渇し、回復の可能性が非常に低く、差し迫った破綻の危機に直面していること、 ②対象会社がチャプター11に基づいて再建できないこと、 ③誠実な調査を行った上でも、他に代替する対象会社の買収者候補が存在しないことを証明する必要があるところ、そのような証明を当局が納得するレベルで行うことは困難であるといわれている。
FTCも、2020年5月、ウェブサイトでの公表文において、Failing firm defenseが受け入れられてクリアランスが出されることは稀であると述べ、またCOVID-19拡大下においても、当該主張の肯否の判断に際し、これまでのガイドラインや実務で用いられてきた審査基準を緩めることはない旨を宣言している。
Failing firm defenseを主張したものの認められなかった場合には、当事会社の主張全体の信用性が低下し、その後の審査に悪影響を及ぼす可能性も否定できない。そのため、企業結合審査において当該主張を行うことを検討している場合には、上述した当局の厳格な姿勢と、証明に失敗した場合のリスクとをよく認識した上で、早い段階で、当該主張を立証するためにどのような証拠を収集する必要があるか等について、専門家の助言を受けながら十全な準備をする必要がある。
2. 欧州
⑴ これまでの当局の施策
現在までに欧州競争当局がCOVID-19拡大に関連して行ってきた主な施策としては、以下のようなものがある。
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(ⅰ) 欧州競争ネットワークの共同声明
2020年3月23日、欧州競争ネットワーク(EU域内の各国競争当局と欧州委員会により成る組織)(以下「ECN」という。)は、COVID-19拡大危機の間の競争法の適用に関する共同声明を発表した[9]。当該声明においては、事業者や経済全体が危機的状況に陥っている時期であっても、競争法は事業者間の公平な競争条件を保障するものであることを確認した上で、ECNは供給不足を回避するための必要かつ一時的な措置に積極的に介入することはないことや、消費者の健康を保護するために不可欠と考えられる製品(マスクや消毒ジェル等)が競争力のある価格で入手可能である状態を確保することが極めて重要であり、製造業者が自身の製品の最高価格を設定することは許容されること、COVID-19拡大に乗じてカルテルや支配的地位の濫用を行う事業者に対しては躊躇なく法執行を行うこと等が明らかにされている。
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(ⅱ) 競争法適用に関する専用ウェブページの開設
欧州委員会は、2020年3月30日、COVID-19拡大中の競争法の適用に関する事業者向けのガイダンスを掲載した専用のウェブページを開設した[10]。当該ページにおいて、欧州委員会は、COVID-19拡大に対応するために、事業者の相互協力(消費者とって必要不可欠な商品・サービスの供給及び公正な流通を確保するための協力等)が必要になりうることについて言及した上で、COVID-19拡大対応のために行う取り組みの競争法上の問題について事業者が非公式のガイダンスを求めるための専用のメールボックス (COMP-COVID-ANTITRUST@ec.europa.eu) を設置した。
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(ⅲ) Temporary Framework Communicationの公表
欧州委員会は、2020年4月8日、COVID-19拡大対応のために協力している事業者に対して競争法上の指針を提供するために、Temporary Framework Communication(正式名称は「COVID-19流行に起因する緊急事態に対応するための事業協力について競争法上の問題を評価するための暫定的枠組み」)を公表した[11]。これは、COVID-19拡大下における必要不可欠な商品・サービスの供給不足に対処することを目的とした事業者の共同行為を評価する際に欧州委員会が従うべき主な基準を定めたものである。
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(ⅳ) 企業結合審査の届出についてのガイダンス
欧州委員会は、2020年4月7日、企業結合審査に関する同委員会のウェブサイトにおいて、COVID-19拡大の影響により企業結合審査における情報収集が困難な場合があるため、企業結合を計画している事業者は届出のタイミングについて当局の担当官とあらかじめ協議すること、及び届出はハードコピーの提出ではなく電子的手段によることを奨励する旨の発表を行った[12]。
⑵ 近時の動向
欧州委員会による主要な施策は、米国と同様、COVID-19拡大初期に実行されたものが多い。ただし、近時の動向として、以下のような傾向が見受けられる。
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(ⅰ) 当局の違反事件調査・企業結合審査のタイムライン
欧州委員会によると、調査中のいくつかのケースにおいては、COVID-19拡大下における事業者の負担を考慮し、重要な調査の実施(情報提供要請や異議告知書の発出、正式決定の採択等)を遅らせる措置を取っているとのことである。更に、欧州委員会は、2020年7月、COVID-19拡大による経済的影響に鑑みて、エチレン購入価格を引き下げるために共謀した事業者に対する2億6000万ユーロの罰金の支払い期限を、当初定められていた3か月から6か月に延長することを決定した。
また、企業結合審査においても、COVID-19拡大によるロックダウン等の影響で、当事会社が内部文書等の必要な情報や資料を提供できない等、情報収集に障害が生じている結果、調査期限の延期や法定審査期間の進行の停止をするケースがみられるようである。
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(ⅱ) 企業結合届出数の変動及び“Failing Firm Defense”への見解
2020年10月、欧州委員会で競争政策を担当するマルグレーテ・ベステアー副委員長は、カンファレンスにおけるスピーチで、欧州委員会に対する企業結合届出の件数は一時的に減少しているものの、その減少幅は小さいと述べた。
また、同スピーチでは、近い将来、経済危機に対応するための企業結合の増加が予想されること、及び、そのような企業結合の審査において当事会社が“Failing firm defense”を主張するケースが増加する可能性があるが、当該主張が認められるかどうかについてはこれまでの基準を変更しない方針であることについて言及されている。
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(ⅲ) COVID-19拡大の影響
これまでに、欧州の競争当局が、その企業結合審査において、当該企業結合へのCOVID-19の影響について公式に言及した事例として、大手プラットフォーム運営事業者である米国Amazon社によるオンデマンド料理配達アプリ事業を展開する英国Deliveroo社への少数出資についての英国競争当局(CMA)による審査がある。CMAは2020年4月の時点で、DeliverooはCOVID-19拡大による経済的混乱を乗り切るために資金注入を必要としていると述べたが、その2か月後に方針を転換し、もはやDeliverooが市場から退出するおそれはないとした。もっとも、結論として、CMAは、当該企業結合に競争上の懸念はないと判断し、当該出資を承認した。
3. 中国
中国では、他国よりも早い段階でCOVID-19の拡大がみられたが、競争当局は感染拡大初期から比較的迅速に対応を行ってきたようであり、これまでに主に以下のような施策や対応がとられている。
⑴ COVID-19関連分野における積極的な法執行
中国競争当局(SAMR)は、感染拡大の初期段階である2020年1月25日に、防疫製品に関する価格調整等の価格に関する違法行為に対しては、全国的に厳格な執行を行うとの声明を発表した。
その後の2月14日、SAMRは、医薬品原薬販売事業者3社に対し、不当に高い価格を設定し、また不当な取引条件を付したことにより、市場支配力を濫用したとして、3億2550元の罰金を科すことを決定した。本件は、SAMRが、法令上の上限額である違反事業者の売上の10%にあたる罰金を科した初めての事例となる。
また、4月4日には、防疫関連の重要分野(医療機器、衛生用品、医薬品等のほか、公益事業等国民の生活・福祉のために不可欠な分野も含まれる)において、事業者が競争法を遵守しているかに関する監視を強化すると発表した。
⑵ 企業結合審査の電子化・迅速化
SAMRは、2月初旬から、企業結合審査の届出をハードコピーの提出ではなく電子的方法により受け付けることとした。また、医療機器製造・食料生産・輸送等、防疫や人々の日常生活に密接に関連する産業や、ケータリング・宿泊・観光等のCOVID-19拡大による影響が大きい産業における企業結合、感染拡大により休止していた事業活動を再開するための企業結合については、通常より迅速な審査が行われることにされている。
⑶ 事業者の共同行為に関する競争法適用免除
SAMRは、防疫等を目的とする一定の事業者による共同行為について、競争法の適用を免除することを発表した。免除の対象となる具体的な共同行為としては、①医薬品・ワクチン分野における新製品開発、②製品の品質向上のための製品規格の統一、③公共の福祉向上につながる災害軽減のための協力、④中小企業の効率性・競争力向上のための協力等がある。
Ⅳ おわりに
上記のとおり、海外の各国当局においても、COVID-19の拡大による経済状況や社会情勢の変化を受けて、様々な施策が実施されたり、違反事件調査や企業結合審査の実務に変更が生じたりしている。特に欧米においては、2020年秋ごろから再び感染が拡大しており、その規模も日本よりも大きいことから、通常の執行体制に戻るにはなお時間がかかることが予想される。このため、事業者としては、以上で紹介した点を含め、COVID-19の拡大を踏まえた当局による競争法の執行にかかる考え方や各種手続のタイムラインについて、引続き十分な理解を有した上で事業活動を行っていく必要がある。
他方で、海外の競争当局との関係でも、事業者による共同行為についての規制や、競争当局の企業結合審査における考え方といった、競争法執行の原則的な枠組みは従前のまま維持されている。COVID-19の拡大という特殊な状況のもとでも、違反要件や審査基準が以前と比べて緩和されているという状況にはないことについては改めて留意しなければならない。
本稿では、2回にわたり、COVID-19の拡大の中で、日本と世界の主要国における競争法実務にどのような影響が生じているかについて概説してきた。COVID-19の拡大による経済や社会への影響が当初の予測よりも長期化している現在の状況に鑑みると、日本を含む各国の競争当局は、今後も、必要に応じて通常とは異なる実務運用を採用する可能性があるほか、COVID-19拡大を契機とした又はCOVID-19拡大による経済的な苦境に端を発する競争法違反行為に関し、厳格な執行を辞さない姿勢を維持し続けるものと考えられる。各事業者としては、COVID-19拡大の中で競争法実務が受けている影響について、最新の情報を踏まえつつ細心の注意を払って事業活動を行うことが望まれる。
[2] https://www.justice.gov/opa/pr/department-justice-issues-business-review-letter-medical-supplies-distributors-supporting
[3] https://www.justice.gov/opa/pr/department-justice-supports-national-pork-producers-council-s-ability-combat-meat-shortage
[4] https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2020/12/statement_on_coronavirus_and_labor_competition_04132020_final.pdf
[5] https://www.ftc.gov/news-events/blogs/competition-matters/2020/04/antitrust-review-ftc-staying-course-during-uncertain
[7] https://www.ftc.gov/news-events/blogs/competition-matters/2020/03/resuming-early-termination-hsr-reviews?utm_source=govdelivery