◇SH0782◇最一小決 平成28年6月27日 損害賠償請求事件(大谷直人裁判長)

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 本件は、債務者らが、認定司法書士(司法書士法3条2項各号のいずれにも該当する司法書士)に依頼した債務整理につき、当該司法書士が違法に裁判外の和解を行って報酬を受領したなどとして、不法行為による損害賠償を求めたものである(本件については、原告の請求を一部認容した原審に対し、当事者双方から上告受理申立てがされた。以下、司法書士側からの上告受理申立てを、「第1事件」と呼称し、債務者側からの上告受理申立てを、「第2事件」と呼称する。また、司法書士法を単に「法」という。)。

 すなわち、本件は、認定司法書士である第1事件上告人・第2事件被上告人(以下「Y」という。)に依頼した債務整理につき、第1事件被上告人・第2事件上告人(以下「X」という。)らが、Yは認定司法書士が代理することができる範囲を超えて、違法に裁判外の和解を行い、これに対する報酬を受領したなどとして、Yに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき上記報酬相当額の支払等を求める事案である。

 X1は父(元夫)、亡Aは母(元妻)、X2、X3はX1と亡Aとの間の子である。原々審段階では、X1及び亡Aが原告であったが、原審段階で、死亡した亡Aにつき訴訟承継の手続が執られたことにより、X1に加えて、亡Aの相続人(子)である2、X3が原告となった。

 

 事実関係の概要は、次のとおりである。

 Xら(X1~X3)及び亡A(以下、両者を併せて「本件債務者ら」という。)は、それぞれ複数の貸金業者との間で、継続的な金銭消費貸借取引(以下「本件各取引」という。)を行っていたところ、平成19年10月19日、Yとの間で、その債務整理を目的とする委任契約(以下「本件委任契約」という。)を締結した。

 Yは、本件委任契約に基づき、各貸金業者に対し、本件各取引について取引履歴の開示を求め、裁判外の和解やその交渉をするなどの債務整理に関する業務を行って、本件債務者らからこれに対する報酬の支払を受けた。

 本件各取引を利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すると、平成19年10月1919日当時、貸付金元本の総額は1210万円余りであり、過払金の総額は1900万円余りであった。また、本件各取引の中には、貸付金元本の額が517万円余りの債権や、過払金の額が615万円余りの債権など、貸付金元本の額又は過払金の額が法3条1項7号に規定する額である140万円を超える個別の取引が複数存在していた(以下、これらの個別の取引に係る各債権を「本件各債権」という。)。

 本件各債権の一つであるB社の亡Aに対する貸付金元本の額が517万円余りの債権については、Yが代理して、亡Aがそのうち493万円余りに年6パーセントの将来利息を付して月額5万5000円ずつ120回に分割して支払う内容の裁判外の和解が成立した。なお、亡Aがこの弁済計画の変更により受ける経済的利益の額は、140万円を超えないものであった。

 

 原審は、多重債務者の債務整理について、裁判外の和解が不成立となった場合に通常想定される訴訟は、貸金返還訴訟と過払金返還訴訟であると考えられ、これに照らすと、貸金残債務があるときの貸金返還訴訟、又は過払金が発生しているときの過払金返還訴訟における「訴訟の目的の価額」であるところの「訴えで主張する利益」(民訴法8条)、すなわち、貸金債務の元本額又は過払金債権の元本額が140万円(裁判所法33条1項1号)を超えない範囲が、多重債務者から債務整理を委任された認定司法書士の裁判外の和解における代理権の範囲であると解されるなどとして、Xらの請求を一部認容した。

 これに対し、当事者双方が上告受理申立てをしたところ、最高裁第一小法廷は、各申立てを受理し、判決要旨記載のとおり判断して、Y及びXらの各上告をいずれも棄却した。

 

 (1) 本件の問題は、債務整理を依頼された認定司法書士が、当該債務整理の対象となる債権に係る裁判外の和解について、法3条1項7号に規定する額を超えるものとして代理することができないとされるのはどのような場合であるか、というものである。この論点については、平成14年の法改正により上記が規定された当初は、それほど議論があったわけではないようであるが、貸金をめぐる紛争の増加や、司法書士の職域の拡大等を背景に、議論が活発になっていったようである。

 (2) 債務者に貸金残債務が存在する場面において、次のとおり、「債権額説」か「受益額説」かが争われていた。

 すなわち、「債権額説」は、「紛争の目的の価額」とは「債権者が主張する残元金額」であって、これと「140万円」とを比較するという説であり、下級審の裁判例や弁護士の論稿などに見られる見解である。これに対し、「受益額説」は、「紛争の目的の価額」とは「債務者が弁済計画の変更によって受ける経済的利益の額」であって、これと「140万円」とを比較するという説であり、小林昭彦=河合芳光 『注釈 司法書士法〔第3版〕』(テイハン、2007)116頁(なお、同書は立案担当者が執筆したものであるが、立案当局の公式見解ではなく、類書と同様に、立案担当者の個人的見解とみてよいように思われる。)や司法書士の論稿などに見られる見解である。

 また、「債権額説」か「受益額説」かの争いとはまた別個の論点として、「個別説」か「総額説」かが争われていた。「個別説」は、「紛争の目的の価額」とは個別の債権ごとに算定した額であるとする見解であり、「総額説」は、「紛争の目的の価額」とはある特定の債務者に対する全ての債権について合算した額であるとする見解である。

 (3) 本判決は、このような論点について、「債権額説・個別説」を採用し、「受益額説」及び「総額説」を採用しないとの判断を示した。本判決が、「最終的には個別の債権の給付を求める訴訟手続が想定されるといえる」ことなどから裁判外の和解について代理できる範囲を根拠付けているところからすると、本判決のいう「個別の債権の価額」とは、民事訴訟手続の場合と同様に、当該債権に係る債権者が主張する額をいうものであると思われる。

 

 法3条1項7号の代理権の範囲を超えた認定司法書士の債務整理行為は、弁護士法72条違反(非弁行為)に該当し公序良俗違反(民法90条違反)として無効となるから、債務者は、上記認定司法書士に対し、その支払った報酬等の返還請求ができることになる(最一小判昭和38・6・13日民集17巻5号744頁参照)。これに関連して、本判決が「債権額説・個別説」を判示したことにより、債務者から、認定司法書士に支払った報酬等の返還請求訴訟が多数提起されるのではないかという疑問については、次のような点を指摘することができる。

 まず、第1に、上記が問題となる場面は、貸金業者において貸金残債務が存在すると主張していた取引の場合に限られており、「受益額説」は、過払金が発生している取引の場合において主張されていなかった。また、第2に、上記が問題となるような貸金残債務が存在する取引の場合の報酬額は、過払金が発生している取引の場合と比べると通常僅少であり(本件でも1件当たり3万円余りである。)、費用対効果の点に鑑みれば訴訟提起は必ずしも引き合わないとも思われる。また、第3に、本判決は、「債権額説」を採る旨の法理判断のみならず、「個別説」を採る旨の法理判断も示しているから、認定司法書士が違法に裁判外の和解を行ったとされる場面は相当程度限定されるものと見られる。

 次に、一般論として、債務者からの報酬等の返還請求に対する対抗主張について検討すると、まず、当該返還請求が、不法行為による損害賠償請求である場合、認定司法書士は、自らに過失がないことや、過失相殺の適用があること(民法722条)を主張して争うことができるものと思われる。また、当該返還請求が、不当利得による返還請求である場合(認定司法書士がその代理権の範囲を超えて行う債務整理行為が、弁護士法72条違反(非弁行為)に該当し公序良俗違反(民法90条違反)として無効とされる場合)には、個別事案によっては、民法708条ただし書を柔軟に解釈することにより、債務者は上記の返還請求ができないとされることもあり得るように思われる。

 

 本判決は、債務整理を依頼された認定司法書士が、当該債務整理の対象となる債権に係る裁判外の和解について、法3条1項7号に規定する額を超えるものとして代理することができないとされる場合について判断した初めての最高裁判決であり、「個別の債権の価額」が基準となることを明示し「債権額説・個別説」を採用して「受益額説」「総額説」を否定するなど、実務的に重要な意義を有するものである。

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