◇SH0769◇最三小判 平成27年11月17日 審決取消請求事件(木内道祥裁判長)

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1 事案の概要

 本件は、特許第3398382号(以下「本件特許」といい、本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である被上告人が、本件特許権の存続期間の延長登録出願に係る拒絶査定不服審判の請求を不成立とした特許庁の審決の取消しを求める事案である。特許権の存続期間の延長登録出願(以下「延長登録出願」という。)の理由となった医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(平成25年法律第84号による改正前の題名は、薬事法。以下、同改正の前後を通じて「医薬品医療機器等法」という。)の規定による医薬品の製造販売の承認(以下「出願理由処分」という。)に先行して、同一の特許発明につき医薬品医療機器等法の規定による医薬品の製造販売の承認(以下「先行処分」という。)がされている場合において、先行処分の存在により延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないとして、特許法(以下「法」という。)67条の3第1項1号に該当することになるか否かが争われた。

 

2 審決

 特許庁は、法67条の3第1項1号にいう特許発明の実施は、法67条2項の政令で定める処分(以下「政令処分」という。)の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項(出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項)に該当する全ての事項によって特定される医薬品の製造販売行為と捉えるべきところ、本件特許権の特許発明のうち本件医薬品に係る発明特定事項に該当する全ての事項によって特定される範囲は、既に本件先行処分によって実施できるようになっており、本件特許権の特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないことを理由に上記審判の請求を不成立とする審決をした。

 

3 原判決及び本判決

 原判決は、本件特許権の延長登録出願については、政令処分を受けたことによって禁止が解除されたとはいえないということはできず、法67条の3第1項1号の定める延長登録出願の拒絶要件があるとはいえないとして、審決を取り消した。

 本判決は、「特許権の存続期間の延長登録出願の理由となった医薬品医療機器等法の規定による医薬品の製造販売の承認に先行して、同一の特許発明につき同法の規定による医薬品の製造販売の承認がされている場合において、延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両承認を比較した結果、先行する承認の対象となった医薬品の製造販売が、延長登録出願の理由となった承認の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは、延長登録出願に係る特許発明の実施にその出願の理由となった承認を受けることが必要であったとは認められない。」との法理判断を示した上、これを本件事案にあてはめ、原判決を正当として是認した。

 

4 説明

(1) 特許権の存続期間の延長登録出願の制度

 法67条1項は、「特許権の存続期間は、特許出願の日から20年をもって終了する。」と規定するところ、同条2項は、特許権の存続期間は、その特許発明の実施について「安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるもの」(政令処分)を受けることが必要であるために、特許発明の実施をすることができない期間があったときは、5年を限度として、延長登録の出願により当該特許権の存続期間を延長することができることとしている。

 本判決が説示したように、特許権の存続期間の延長登録出願の制度は、政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである。このことは、最一小判平成23年4月28日民集65巻3号1654頁(以下「平成23年最高裁判決」という。)も説示するところである。

(2) 平成23年最高裁判決

 平成23年最高裁判決を受けて同年12月28日に改訂される前の特許庁の審査基準(以下「旧々審査基準」という。)は、「薬事法等の規制法の本質は、その立法の趣旨からみて、ある特定の物(又は特定の用途に使用する物)を製造・販売等することを規制することにあるから、処分において特定される多数の事項のなかで物(又は、物と用途)が最も重要な事項となる。」ことを理由として、「有効成分(物)及び効能・効果(用途)が同一であって製法、剤型等のみが異なる医薬品に対して承認が与えられている場合には、そのうちの最初の承認に基づいてのみ延長登録が認められる。」とする考え方(新原浩朗『改正特許法解説』(有斐閣、1987)97~98頁)をベースとするものであったとみられ、平成10年代までの裁判例も、こうした考え方を支持していた(東京高判平成10・3・5判時1650号137頁、知財高判平成17・10・11裁判所HP等)。しかし、有効成分、効能効果に新たな特徴のある新薬の創薬が困難となる一方、DDS(Drug Delivery System)と呼ばれる薬物送達システムの技術や、有効成分、効能効果が同一でありつつ用法、用量に特徴のある薬が新たに見出されるなどの動きを背景に、近時の裁判例は、本件の原審の裁判長であった飯村敏明判事(当時)を裁判長とする裁判体等を中心として、旧々審査基準を否定する考え方を採用するに至っていた(知財高判平成21・5・29判タ1305号80頁、知財高判平成23・3・28判時2115号90頁等)。

 このような中、平成23年最高裁判決は、特許権の存続期間の延長登録出願の理由となった医薬品法14条1項による製造販売の承認に先行して、当該処分の対象となった医薬品と有効成分並びに効能及び効果を同じくする医薬品について同項による製造販売の承認がされている場合であっても、先行処分の対象となった医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは、先行処分がされていることを根拠として、当該特許権の特許発明の実施に当該処分を受けることが必要であったとは認められないということはできないと判示した。もっとも、平成23年最高裁判決を受けて改訂された審査基準(以下、これを「旧審査基準」という。)は、医薬品医療機器等法に基づく処分により禁止が解除された範囲を、「『処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項』のうち『発明特定事項に該当する全ての事項』によって特定される医薬品の製造販売等の行為範囲」とみる見解(特定事項説)に基づくものであった。

(3) 本判決の考え方

 本判決は、特許権の存続期間の延長登録の制度目的、法67条の3第1項1号の文言からすると、出願理由処分を受けることが特許発明の実施に必要であったか否かは、飽くまで先行処分と出願理由処分とを比較して判断すべきであるとして、いわゆる処分説を採用し、旧審査基準の考え方(特定事項説)を採用しなかった。

 もっとも、本判決は、先行処分の対象となった医薬品の製造販売が、出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するか否かにつき、先行処分と出願理由処分の上記審査事項の全てを形式的に比較して判断するというような処分説を徹底した立場を採用せず、延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について、両処分を比較して判断すべきであると判示した。

 また、本判決は、法理へのあてはめを説示する部分において、本件特許権の特許発明は、医薬品の成分を対象とする物の発明であるところ、医薬品の成分を対象とする物の発明について、医薬品の実質的同一性に直接関わることとなる審査事項は、成分、分量、用法、用量、効能及び効果であるとし、本判決が、原審の知財高裁と同一の考え方であることを明示している。医薬品の成分を対象とする発明は、多数あり、影響も大きいため、本判決が、このような特許についてどのように法理をあてはめるかを示したことは、同種事案の判断の参考になると考えられる。

 なお、本判決は、両処分の包含関係についての具体的なあてはめも示している。本判決が、本件事案のような用法、用量の違いがあるということを、その各項目の複雑な中身を正確に判示しただけでなく、更に、そうした用法、用量の違いによって初めて可能になった療法があるということを示していることからは、本判決が、用法、用量の数値等が少しでも異なれば両処分の包含関係が否定されるとの考え方には立っていないことがうかがえる。

(4) 本判決の意義

 本判決は、延長登録の要件に関して法理判断及び事例判断を示し、特許庁の旧審査基準も、本判決の法理に沿ったものに改訂されるに至ったものであって、実務の参考になると思われるところから、ここに紹介する次第である(なお、延長後の特許権の効力(法68条の2)の解釈については、延長登録の要件の問題とは別個の問題であることなどから、これに言及しなかったものと思われる。)。

 

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