◇SH0818◇日本企業のための国際仲裁対策(第6回) 関戸 麦(2016/09/29)

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日本企業のための国際仲裁対策(第6回)

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

 関 戸   麦

第6回 国際仲裁手続に関する初期対応

1. 概要

 国際仲裁手続に関する初期対応は、申立人の側であっても、被申立人の側であっても、訴訟における初期対応と基本的な点は共通する。

 第1に、代理人となる弁護士を確保し、社内体制を整えるなど、国際仲裁手続のための体制整備を行う。技術的な事項が問題となる事案、会計処理が問題となる事案等、専門家の協力が必要な事案であれば、専門家を確保することも体制整備の一環となる。

 第2に、事実調査を行う。国際仲裁手続においても、訴訟同様、最初が肝心であり、その一つの理由が、初期の段階で事実関係を十分に把握することの必要性にある。国際仲裁手続においても、訴訟同様、説得力ある主張を展開するためには主張の一貫性が必要であり、換言すれば、主張が二転三転する事態は避けなければならない。また、説得力ある主張を行うためには、抽象的な議論では足りず、具体的な事実に即した主張を行う必要もある。したがって、説得力ある主張のためには、初期の主張から、具体的な事実を踏まえて、かつ、最後まで維持できる(二転三転しない)内容の主張を提示する必要があり、そのためには、初期の段階で事実関係を十分に把握することが必要である。

 なお、事実調査に際しては、有利な証拠を確保し、また、不利な証拠を相手に渡さないように留意する必要がある。後者についていえば、相手方従業員への何気ないメールが不利な証拠となる可能性があり、また、相手方従業員への口頭での発言も、録音をされて不利な証拠とされる可能性がある。特に係争状態となった後は、相手方関係者との連絡は慎重に行う必要があり、少なくとも、連絡窓口は絞り込むことが望ましい。

 第3に、国際仲裁手続において、広範なディスカバリー手続が行われることが想定される場合には、米国の民事訴訟同様、ディスカバリーを意識した対応も必要となる。例えば、証拠の消滅を防ぐための社内通達(litigation holdと呼ばれる社内通達)を発すること、弁護士依頼者間の秘匿特権によって相手方への情報開示が回避できるよう、弁護士を含めた体制で社内の情報共有を行うことが必要となる。

 なお、広範なディスカバリー手続が行われることが想定される場合としては、仲裁条項においてディスカバリーを行うことが明示されている場合があり、また、明示されていないとしても、相手方が米国企業で米国民事訴訟型の手続を希望する可能性がある場合、仲裁機関がAAA(アメリカ仲裁協会)であるなど、仲裁人が米国人となる可能性がある場合が考えられる。仲裁人は、一般論として、自国の民事訴訟手続に倣った進行を行う傾向があり、米国人が仲裁人となった場合には、米国の民事訴訟手続に倣った進行を行う可能性が高い。

 初期対応のあり方は事案毎に異なりうるが、以上の3点は、初期対応における基本的な点であり、また、国際仲裁手続と訴訟において共通する点である。

 他方において、国際仲裁手続おける特徴的な点として、代理人弁護士の選任における考慮要素と、仲裁人の選任がある。以下、これらの特徴的な点について、検討する。

 

2. 代理人弁護士の選任

 第1回で述べたとおり、訴訟であれば、裁判所が所在する国の弁護士のみが、代理人弁護士となるのが通常であるのに対し、国際仲裁の場合は、様々な国の弁護士が代理人弁護士となる。国際仲裁というのは、インターナショナルな色彩が極めて強い世界である。

 代理人弁護士を選ぶ上での視点としては、以下のものが考えられる。

 第1に、予想される仲裁人の国籍がある。仲裁人と同じ国籍あるいは文化圏の弁護士であれば、仲裁人の意図を探り、効果的に仲裁人とのコミュニケーションをとることが期待できる。

 第2に、味方の証人候補者の国籍がある。味方の証人候補者とは、通常は、会社の役員又は従業員のうち、その案件を担当し、事実関係をよく把握している者である。国際仲裁における代理人弁護士の役割として、事実関係を深く理解することが重要であり、そのためには、事実をよく知る味方の証人候補者と深くコミュニケーションをとることが重要である。そのため、味方の証人候補者と、代理人弁護士が同じ国籍あるいは文化圏の弁護士であることは、メリットである。

 訴訟においても同じことであるが、国際仲裁の代理人弁護士の役割として、依頼者の言い分ないし正当性を、できる限り判断権者である仲裁人に伝えることが重要である。そのためには、両者の間に入る代理人弁護士は、依頼者側の証人候補者(事実をよく知る者)とも、また、仲裁人とも、それぞれとの間で十分なコミュニケーションをとる必要がある。代理人弁護士を選ぶ上では、この点に留意することが肝要である。

 第3に、国際仲裁は基本的に英語で行われることから、英語のネイティブスピーカーであることは、代理人弁護士の資質としてメリットである。但し、国際仲裁は、英語の流ちょうさを競う場ではないため、決定的な要素ではない。

 すなわち、これも訴訟においても同じことであるが、勝負を決めるポイントは限られている。莫大な量の主張書面や書証が交わされた仲裁事件において、数百頁にわたる仲裁判断が下されたとしても、勝負を決めるポイントについて記載されている部分は、仲裁判断のうちせいぜい2から3頁程度である。このポイントを見極め、その点につき効果的な主張と証拠を提示することが決定的に重要な世界であるため、英語の流ちょうさは決定的ではない。実際、国際仲裁の世界では、英語のネイティブスピーカーではない多くの弁護士が活躍している。

 なお、代理人弁護士のチームの構成として、英語のネイティブスピーカーと、ノンネイティブスピーカーが混在することもよくあることである。

 第4に、争いの対象となる権利関係の準拠法がある。例えば、ドイツ法が準拠法であれば、ドイツの弁護士を代理人弁護士とすることにメリットがある。但し、法律の考え方は各国共通の面があり、特に、第3回で述べたとおり国際仲裁においては基本的に契約に基づく請求が行われるところ、契約解釈のアプローチは、筆者の知る限り大きな差はない。いずれも、契約文言と、契約当事者の合理的意思を重視するというものであり、準拠法によって結論が異なるという場面は、あまり多くはない。

 そのため、準拠法の点も決定的ではなく、実際、準拠法となっている国以外の弁護士が、仲裁人や、代理人弁護士を務めることは何ら珍しくない。

 第5に、仲裁地がある。仲裁地については前回(第5回)に述べたが、仲裁手続に関与する裁判所は、仲裁地の裁判所である。仲裁地の裁判所で代理人弁護士となれるのは、その国の弁護士であるから、この裁判所を利用する場面を考えるのであれば、仲裁地の国の弁護士を代理人弁護士とすることにメリットがある。

 但し、国際仲裁に関して仲裁地の裁判所を利用するのは、仲裁判断の取消しを求める場合等、例外的である。したがってこの点も、通常は決定的ではない。

 第6に、仲裁手続を行う場所がある。例えば、ヒアリングをフランスで行う場合には、フランスの弁護士に地の利があり、これを代理人弁護士とすることには、準備を行う上で、メリットとなる。

 但し、国際仲裁手続において、このような地の利が生きるのは、基本的に、1度だけ集中的に行われるヒアリングの場面だけである。大半の場面は、電子メール、郵送、電話等を用いて手続が進められるため、遠隔地にあることが支障とはならない。したがって、この点も決定的ではない。

 第7に、弁護士報酬がある。国際仲裁のコストは多額となり、その最大の要素が代理人弁護士の報酬である。また、弁護士報酬には相場があるところ、その額は、国によって大きく異なる。

 時間報酬制の場合、例えば、米国、英国といった時間単価の高い国と、日本とを比較すると、時間単価は為替レートにもよるが、2.5倍から3倍程度の差がある。

 また、日本では、着手金・成功報酬制が可能であるが、多くの国においてはこれが禁止され、時間報酬制のみとなっている。着手金・成功報酬制は、弁護士報酬額の予測可能性が高く、また、成果が得られないにも拘わらず高額の弁護士報酬を負担するという事態を回避できるという依頼者にとってのメリットがあるが、多くの国の弁護士との関係では、これを用いることはできない。

 いずれの国の弁護士を代理人弁護士とするかは、国際仲裁に関する予算管理上、かなり重要な要素である。

 以上のうち、一般的に重要なのは、第1、第2及び第7である。これらの点を中心に、事案毎に、最適な代理人弁護士のチームを検討することになる。

 

3. 仲裁人の選任

 国際仲裁手続の初期対応について、もう一つ特徴的なこととしては、仲裁人の選任がある。訴訟であれば裁判官を当事者が選ぶことはないが、国際仲裁においては、当事者が仲裁人を選ぶことができる。また、その選任の期限は、後述のとおり比較的短期間である一方、仲裁人に誰がなるかは、当事者にとって決定的である。仲裁人の選任は、初期対応における重要な課題である。

 仲裁人が1名の場合には、当事者が仲裁人を選任しないこともあるが、仲裁人が3名の場合には、各当事者が1名ずつ仲裁人を選任することが基本となる。すなわち、仲裁人が1名の場合は、当事者双方の意見が一致しない限り、当事者が仲裁人を選任することはできず、仲裁機関が代わって選任をすることとなる。これに対し、仲裁人が3名の場合には、各当事者が1名ずつ仲裁人を選任し、選ばれた2名が協議の上、3人目の仲裁人を選任する。そして、この3人目の仲裁人が、仲裁廷の長(chair)となるというのが基本である。

 仲裁人選任の期限は、仲裁人が1名の場合、例えば、ICC(国際商業会議所)であれば被申立人の申立書受領日から30日以内(12.3項)、JCAA(日本商事仲裁協会)であれば被申立人の申立書日等から2週間以内である(27条1項及び2項)。

 仲裁人が3名の場合、例えば、ICCであれば申立人は申立書において選任し、被申立人は答弁書において選任するところ(12.4項)、答弁書の提出期限は、被申立人の申立書受領日から30日以内である(5.1項)。JCAAであれば、申立人及び被申立人とも、被申立人による申立書受領日等から3週間以内である(28条1項及び2項)。

 仲裁人候補者は、代理人弁護士が有するネットワークを通じて見つけることが一般である。

 また、仲裁人候補者に対して、その中立性を損なわない範囲でインタビューをすることは許容されている[1]。このインタビューは、仲裁人を選任する上で、有益な判断材料を得る機会である。

以 上

 


[1] インタビューが許容されるのは、仲裁人として選任されるまでの時期である。選任された後は、一方当事者が仲裁人に個別に接触をすることは、基本的に許されなくなる。

 

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