◇SH0835◇日本企業のための国際仲裁対策(第8回) 関戸 麦(2016/10/13)

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日本企業のための国際仲裁対策(第8回)

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第8回 国際仲裁手続の序盤における留意点(2)―多数請求・多数当事者その1

1. はじめに

 複数の関連する紛争があるときは、多くの場合、これらを一挙に解決することに合理性がある。そのため、訴訟においても、また、国際仲裁においても、複数の関連する請求をまとめて審理する手続が用意されている。

 特に国際仲裁においては、対象となるのが国際的な取引であるため、多数の当事者と、多数の権利が関わることが多い。例えば、インフラの建設であれば多数の下請け取引や、資材購入取引等が関わることになる。

 昨今、各仲裁機関も、その規則改正において、多数請求・多数当事者の規定を整備し、複数の関連する紛争を一挙に解決する余地を広くすることを意識している。

 筆者はかつて、同一商品を多数、継続的に購入したという取引に関して、約100通の発注書の裏面約款[1]に基づき仲裁を申し立てたところ、仲裁機関から、約100通の申立書を個別に提出し、申立料金も約100件分支払う必要があるのではないかとの指摘を受けたことがある。同一商品であり、争点も全て同一であったため、約100件の仲裁手続を別々に進めることに全く合理性はなかったため、筆者は、実質的にみて一つの契約であり、その要素である仲裁合意も一つであると主張した。この主張が何とか認めてもらえ事なきを得たが、現在であれば、仲裁機関において上記のとおり規定の整備が進められたため、このような問題が生じることなく、当然のこととして、一つの仲裁手続で処理されることになると思われる。

 

2. 国際仲裁の特徴に関連する留意事項

 但し、国際仲裁においては、その訴訟にはない特徴のために、多数請求・多数当事者に関して留意するべき事項が3点ほどある。

 第1に、第3回で述べたとおり、「仲裁合意なくして仲裁手続なし」という特徴がある。そのため、多数請求・多数当事者の仲裁手続が認められるためには、全ての請求、全ての当事者につき、同一の仲裁機関を選択した仲裁合意が必要となる。仲裁手続の根拠は常に仲裁合意に求められるため、上記のような仲裁合意がなければ、多数請求・多数当事者の仲裁手続を進める根拠が認められない。

 第2に、国際仲裁においては、判断権者である仲裁人の選任手続に、各当事者が関与できる。訴訟であれば、裁判官の選任に当事者が関与できることは考え難いが、国際仲裁においてはこの関与が、各当事者にとって重要な手続的な権利として意識されている。多数当事者の国際仲裁においては、この権利に関する全当事者の平等に留意する必要がある。

 第3に、これも第3回で述べたことであるが、国際仲裁においては、当事者自治が広く認められており、当事者間で合意したことは仲裁人、仲裁機関等も拘束する。その一つの表れとして、仲裁機関の規則上は併合が認められないような場合でも、全当事者が合意すれば、併合して多数請求・多数当事者の仲裁手続として進めることが可能となる。

 以上3点を踏まえつつ、以下、多数請求・多数当事者に関する手続、要件等を概観する。

 

3. 仲裁申立て段階から多数請求・多数当事者とする場合

 1通の仲裁申立書において、複数の請求を求めることは可能であり、また、1通の仲裁申立書において、申立人を複数とすることも、被申立人を複数とすることも可能である(例えば、ICC(国際商業会議所)規則4.3項f、SIAC(シンガポール国際仲裁センター)規則6.1項b、HKIAC(香港国際仲裁センター)規則4.3項c、JCAA(日本商事仲裁協会)規則15条1項参照)。

 このように多数請求・多数当事者の仲裁手続を1通の仲裁申立書にて進めるための要件は、例えば、2016年8月1日付で改定されたSIAC規則によれば、以下のいずれか一つを満たすことである(8.1項)。

  1. ① 全ての当事者が併合(一つの仲裁手続として進めること)に合意していること。
  2. ② 全ての請求が同一の仲裁合意に基づくこと。
  3. ③ 該当する仲裁合意が整合しており、かつ、(i)該当する紛争が同一の法律関係から生じたものであること、(ii)該当する紛争が主契約とその付属契約の関係にある複数の契約から生じたものであること、又は(iii)該当する紛争が同一若しくは一連の取引から生じたものであること。

 上記①から③のいずれかを満たせば、一つの手続で進めることができるところ、上記①から③のいずれも前記2の第1の点、すなわち、全ての請求、全ての当事者につき、同一の仲裁機関を選択した仲裁合意があることが前提となっている。

 他の仲裁機関においても、基本的に同様の要件を定めているが、上記③については、ICC及びJCAAの規則では同様の要件につき、同一当事者間であることを求めている(ICC規則10項、JCAA規則15条1項3号)。すなわち、これらの規則においては、上記③が定める程度の関連性は、同一当事者間の複数請求の併合を正当化することはあっても、多数当事者の仲裁手続を正当化はしないということである。

 もっとも、前記2の第3の点として述べたとおり、国際仲裁においては当事者自治が広く認められており、仲裁機関の規則上は併合(一つの手続で進めること)が認められないような場合でも、全当事者が合意すれば、併合して多数請求・多数当事者の仲裁手続として進めることが可能となる。したがって、ICC規則及びJCAA規則の下でも、全当事者が合意すれば、上記③のような場合においても、多数当事者の一つの仲裁手続として進めることができる。

 上記要件(多数請求・多数当事者の仲裁手続を1通の仲裁申立書にて進めるための要件)を満たすか否かにつき争いが生じた場合、これを判断するのは、ICC、SIAC及びHKIACの場合は仲裁機関であり、JCAAの場合は仲裁廷である。すなわち、JCAAの場合は、仲裁人が選任され仲裁廷が構成されるまで、併合(一つの仲裁手続として進めること)の可否に関する上記判断は行われない。



[1] 裏面約款に様々な条項があり、その一つが仲裁条項であった。

 

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