公取委、「独占的状態の定義規定のうち事業分野に関する考え方について」の一部改定について
岩田合同法律事務所
弁護士 鈴 鹿 祥 吾
公正取引委員会は、独占禁止法第8条の4(独占的状態に対する措置)の規定の適切な運用を図るため、「独占的状態の定義規定のうち事業分野に関する考え方について」(以下「独占的状態ガイドライン」という。)を作成・公表し、その別表(以下「別表」という。)において所定の基準を満たす事業分野を明らかにしている。
これらの事業分野は、国内向け供給価額および供給量に関する調査の結果等に応じ逐次改定されているが、このたび、平成26年の同調査の結果等に基づき一部改訂を行った。
独占禁止法(以下「法」ということがある。)は主として不当な取引制限、私的独占、不公正な取引方法及び企業結合を規制しているが、独占的状態の規制はこれらに加えて規定されている規制の一つである。
法2条7項で定義された「独占的状態」がある場合(高度寡占市場構造がある一定の場合)には、一定の場合を除いて、当該商品役務に関する競争回復措置命令を公正取引委員会が行うことができるとされている(法8条の4第1項)。競争回復措置命令としては、当該事業者の営業の一部譲渡を命じることなどが考えられる[1]。この競争回復措置命令が確定した後にこれに従わない場合、事業者は300万円以下の罰金刑(自然人であれば2年以下の懲役刑又は前記罰金刑)を受けることがあり得るし(法90条3号)、違反行為を知りながら是正に必要な措置を講じなかった法人代表者も300万円以下の罰金刑を受け得る(法95条の2)。共同して相互に事業活動を拘束または遂行することが必要である不当な取引制限(法2条6号)などの他の規制と異なり、弊害要件(独占的状態)を充たすだけで特段の行為がなくても命令を下すことができるという重い規制である。
上記のとおり重い規制であることから、独占的状態のエンフォースメントの手続きは他に比べて慎重なものとなっている。具体的には、事件として調査を開始することとしたときには主務大臣に通知して主務大臣に意見を述べる機会を与えなければならず(法46条)、競争回復措置命令は審判手続を開始したうえでなされることとされていることに加えて(法53条、55条)、この開始をしようとするときには主務大臣と協議しなければならないとされている(法53条2項)。このような慎重な手続きもあってか、独占的状態規制は昭和52年改正で導入されたが、現時点まで公正取引委員会はこれを一度も発動したことがない。
このようななかで、独占的状態にあるとされる「一定の事業分野」につき、公正取引委員会は独占的状態ガイドラインを公表し、用語の定義や事業分野占拠率に係る計算式を明らかにするとともに、調査を行ったうえで「最近の1暦年において独占的状態の市場構造要件に該当すると認められる事業分野及び今後の経済状態の変化によっては当該要件に該当することとなると認められる事業分野」を別表として公表しており、公表の趣旨は当該事業分野を営む企業の予見可能性を確保する点にあるとされている。
すなわち、別表に掲載された事業分野が、直ちに独占的状態に該当するということはではないが、公正取引委員会は、これらの事業分野について、他の事業者が参入することを著しく困難にする事情があるか、当該一定の商品又は役務につき、相当の期間、価格が硬直的であって、著しく高い利益を得ているかどうかなど弊害要件が認められるか、動向の把握に努めていくこととしている。
別表に掲載された事業分野は、平成26年の国内総供給価額が950億円を超え、かつ、上位1社の事業分野占拠率が45%を超え又は上位2社の事業分野占拠率の合計が70%を超えると認められるものである(なお、別表に挙げられる要件は、独占的状態ガイドラインの本文に記載されている独占的状態の要件よりも広い。)。
国内需要の高まりもあってか、今回の改訂によって、コークス製造業、普通鋼冷延広幅帯鋼製造業、タブレット製造業、セキュリティソフト業、コンピュータチケッティング業、通信教育業、機械警備(事務所向け)業が追加された。
(表)別紙記載の商品・役務の「一定の事業分野」
一定の商品の「一定の事業分野」 |
一定の役務の「一定の事業分野」 |
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ビール類製造業 |
ウイスキー類製造業 | 固定電気通信業 | ブロードバンドサービス業 |
たばこ製造業 | インクジェットカートリッジ製造業 | 移動電気通信業 | パソコン用基本ソフト(OS)業 |
アスファルト製造業 |
コークス製造業 | 統合オフィスソフト業 | セキュリティソフト業 |
飲料用プラスチックペットボトル製造業 | 石こうボード製品製造業 | 鉄道貨物運送業 | 国内定期航空旅客運送業 |
普通鋼冷延広幅帯鋼製造業 | 住宅用アルミニウム製サッシ製造業 | 宅配便運送業 | 郵便業 |
電気温水洗浄便座(暖房便座を含む)製造業 | 自動車用照明器具製造業 | 書類・雑誌取次業 | ダストコントロール業 |
中央処理装置製造業 | タブレット製造業 | コンピュータチケッティング業 | 通信教育業 |
二輪自動車製造業 | 輸送用機械用エアコンディショナ製造業 | 医療事務代行業 | 機械警備(事業所向け)業 |
音楽著作権管理業 |
(注)今回の改定で追加されたものに下線を付した。
別表記載の事業分野において直ちに競争回復措置命令が発令されるリスクは高くないが、当該事業分野に係る事業者はもちろんのこと、その隣接事業分野に係る事業者や取引先にとっては、引き続き注意を要しよう。