EUデジタル市場法案
Norton Rose Fulbright LLP
弁護士 武 藤 ま い
1 はじめに
2020年12月15日、欧州委員会は、デジタル市場法(以下、「DMA」という。)案[1]を規則の形で提案した。主に、競争法の事後的な執行では効果的に対処できていないデジタルセクターの急速な変化を事前に規制する手段を導入する目的である。が、その規制対象である不公正な行為は競争法上懸念されてきたものにとどまらない。DMAが採択された場合、ゲートキーパーとされる巨大オンラインプラットフォームに対してのみならず、EUにおいてオンラインプラットフォームを利用して事業を行っているあらゆる規模の事業者に対し、大きな影響が出る。そこで、本稿では、まだ草案の形ではあるが、DMAについて検討したい。
2 DMAの適用範囲
DMAは、EU域内所在のビジネスユーザーとエンドユーザーに対して「ゲートキーパー」が提供する「コア・プラットフォームサービス」に対し適用される(1条2項)。
「コア・プラットフォームサービス」は、①オンライン仲介サービス、②オンライン検索サービス、③オンラインソーシャルネットワーキングサービス、④ビデオ共有プラットフォームサービス、⑤番号不要の対人コミュニケーションサービス、⑥オペレーティングシステム、⑦クラウド・コンピューティングサービス、⑧①~⑦のサービス提供者が提供する広告サービス、に限定される(2条(2))。
「ゲートキーパー」は、①域内市場に重要な影響を与え(第一要件)、②ビジネスユーザーがエンドユーザーに到達するための重要なゲートウェイとしての役割を果たすコア・プラットフォームを運営しており(第二要件)、③その運営につき確立された永続的な地位を有する、または近い将来にそのような地位を得ることが予測できる(第三要件)、コア・プラットフォームサービスの提供者と定義される(3条1項)。
そして、過去3事業年度における年間グループEEA売上高が65億ユーロ以上、または前事業年度のグループの時価総額もしくは同等の適正な時価が650億ユーロ以上で、かつ3以上の加盟国においてコア・プラットフォームサービスを提供している場合、第一要件を満たすと推定される。また、前事業年度に、月間4500万以上のEU域内所在のアクティブ・エンドユーザーと年間1万以上のアクティブ・ビジネスユーザーを有したコア・プラットフォームサービスを提供していた場合に、第二要件を満たすと推定される。このユーザー数の基準が過去3事業年度のいずれにおいても満たされていた場合、第三要件を満たすと推定される(3条2項)。コア・プラットフォームサービス提供者は、これら推定要件が全て満たされた場合、その時点から3か月以内に欧州委員会に対しその旨を通知しなければならず(3条3項)、欧州委員会は、推定が覆されない限り、同者をゲートキーパーと指定する(3条4項)。
3 ゲートキーパーの義務
⑴ 5条と6条の義務
ゲートキーパーは、その指定後6か月以内に、5条と6条に規定されている広範な義務を遵守しなければならない(3条8項)。
5条には、下記を含めた7つの義務が規定されている。
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• ゲートキーパーが指定コアプラットフォームサービスから得られた個人データと自身が提供するその他のサービスまたは第三者のサービスから得られた個人データを結合しない義務
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• ビジネスユーザーが第三者のオンライン仲介サービスにおいてゲートキーパーの仲介サービスにおけるのとは異なる価格などの条件を提供することを認める義務
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• ビジネスユーザーに対しゲートキーパーの本人確認システムの利用を義務付けない義務
- • 指定コアプラットフォームサービスの利用にあたり、ビジネスユーザーまたはエンドユーザーに対し、他の指定または重要なゲートウェイの役割を務めるプラットフォームサービスに登録することを義務付けない義務
6条には、下記を含めた11の義務が規定されており、欧州委員会は、ゲートキーパーがこれらの義務遂行のためにとる措置が不十分だと判断した場合、決定により、取るべき措置を決めることができる(7条)。
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• ビジネスユーザーの機密情報を当該ユーザーと競合する目的で使用しない義務
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• ハードウェアやオペレーティングシステムのインテグリティが損なわれない限り、第三者のアプリやアプリストアのインストールと使用を許可する義務
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• ランキングにおいて自身の製品・サービスを第三者の類似製品・サービスより優位に扱わない義務
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• エンドユーザーに対しデータポータビリティを可能にするツールを提供する義務
- • アプリストアへのビジネスユーザーによるアクセスにつき公正かつ非差別的な条件を適用する義務
⑵ 企業結合の届出義務
また、ゲートキーパーは、EU合併規則[2]と加盟国合併規則の下で届出対象であるか否かに関わらず、他のコアプラットフォームサービス提供者またはデジタルセクターのその他のサービスが関与する「結合(concentration)」[3]を行う場合には、事前に欧州委員会に対し、一定の情報を提供しなければならない(12条)。提供された情報は、デジタルセクターにおけるコンテスタビリティのモニタリング等のために使われるとされる。
⑶ プロファイリング技術申告義務
さらに、ゲートキーパーは、その指定後6か月以内に、プロファイリングに使用する全技術について、第三者による監査を受けた上で欧州委員会に対し報告しなければならない上、その内容を少なくとも毎年更新しなければならない(13条)。
4 調査と制裁
欧州委員会は、ゲートキーパーの指定(15条)、体系的な違反の認定(16条)、コア・プラットフォームサービスの範囲の調整と新たなタイプのコンテスタビリティを制限する恐れのある行為や不公正な恐れのある行為の検知(17条)、を目的として市場調査を行うことができる(14条)。
また、欧州委員会は、情報提供要請とデータベースやアルゴリズムへのアクセス要請(19条)、インタビュー(20条)、立入調査(21条)ができるほか、違反被疑事案においては仮処分命令(22条)とコミットメント決定(23条)を出せる上、5条または6条の義務などの違反をしたゲートキーパーまたは情報提出義務などに違反した事業者に対しては、それぞれ前事業年度の売上高の10%または1%を上限とする制裁金を課せる(25条、26条)。さらに、ゲートキーパーが体系的な違反によりその地位を強化した場合、行動的または構造的な問題解消措置を課すことができる(16条)。過去5年の間に3回以上違反決定または制裁金決定が出された場合、体系的な違反があったとみなされる(16条3項)。
5 おわりに
今後、DMA規則案の法制化を目指し、欧州議会と欧州理事会が審議を行っていくが、テク企業の規制方法につきコンセンサスがない中、相当なロビイングと困難な審議が見込まれ、DMAが施行されるのは2023年以降となるであろう。そのため、プラットフォームサービスの提供者とビジネスユーザーにあられては、当面、DMAと内容が類似する改正競争法[4]を2021年1月19日に施行したばかりのドイツによる同法の執行に注目しつつ、審議の行方を追われるといいだろう。
[1] デジタルセクターにおけるコンテスタブルかつ公平な市場に関する欧州議会と欧州理事会規則案(デジタル市場法)(Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council on contestable and fair markets in the digital sector (Digital Markets Act))COM/2020/842 final。
[2] 2004年1月20日付け「事業者間の結合審査についての理事会規則(EU合併規則)(Council Regulation (EC) No 139/2004 of 20 January 2004 on the control of concentrations between undertakings) 」OJ L 24, 29.1.2004, p. 1–22。
[3] EU合併規則、3条。
[4] ドイツ競争制限法(the Act against Restraints of Competition)第10次改正法。
(むとう・まい)
ノートンローズフルブライト (Norton Rose Fulbright)法律事務所ブリュッセルオフィスのシニアア
ノートンローズフルブライト法律事務所(Norton Rose Fulbright LLP)
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