冒頭規定の意義
―典型契約論―
冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(18)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
Ⅲ 冒頭規定と諸法
(10) 寄託
ア 「冒頭規定の要件に則る」方向
銀行の普通預金は、金銭消費寄託である。預金保険法第2条2項1号において、預金保険の保護対象の1つとして「預金」が挙げられるが、その「預金」とは、「預金契約に基づき預けられた金銭ないし預金払戻請求権をいい、その法的性格は金銭の消費寄託(民法第666条)である[1]」とされている。すなわち、冒頭規定(657条)の要件は、預金保険の保護対象とされるか否かを画する概念であり、多くの場合、「預金」関連の契約書作成者は、寄託の冒頭規定の要件に則るだろう。消費貸借と同様に、(要物性をはずした)諾成的寄託契約も理論的にはありうるが、そのようにしてまで、預金保険の保護対象となるメリットを失うような危険を契約書作成者が冒す可能性は、高くないだろう。
イ 「冒頭規定の要件に則る選択を否定する」方向
当事者が寄託としていても、その形式が否定される例は見当らない。
(11) 組合
ア 「冒頭規定の要件に則る」方向
不動産特定共同事業法は、あまり一般的な法律といえないが、1つの例であろう。すなわち、冒頭規定(667条)の内容を持つ、一定の不動産流動化に関連した契約が、不動産特定共同事業法2条3項1号に定める契約(「任意組合契約」)であることを、当事者の合意で変更・排除することは難しい。ここで、課されうる制裁は、税法上の「課税の繰延べ」とならないことである。
類似するスキームとして、航空機リース・船舶リースなどがあり、匿名組合契約と並んで、民法上の組合が、そのストラクチャーの一部として、用いられることがある。この場合も、「課税の繰延べ」が否定されるという不利益(=制裁)を課される危険を冒してまで、冒頭規定の要件を変更するメリットがある場合は必ずしも多くないと考えられるため、結果として多くの場合に組合の冒頭規定の要件がそのまま採用されることになるだろう。
イ 「冒頭規定の要件に則る選択を否定する」方向
当事者が「組合」としていても、「利益配当契約」であるとして争われることがある。航空機リースに関する裁判例[2]がその例といえよう。税務当局が、「課税の繰延べ」を否定することを目的として、訴訟を提起した例である。
(12) 終身定期金
終身定期金という契約自体、我が国の取引社会の中で大きな意義を有するとはいえないため、省略する。
(13) 和解
ア 「冒頭規定の要件に則る」方向
和解は、互いに譲歩して争いをやめることを約する契約である。「争いの蒸し返しを許さないという効果(確定効)を生じさせるため(民法696条)、和解契約の成立については厳格な要件が要求され」るといわれる[3]。それらは、冒頭規定(695条)の要件を前提として、更に当事者の合意に一定の制約を加える規律といえる。
例えば、和解契約上、「損害賠償金として」或いは「和解金として」、金員が支払われた形となっていても、課税庁から実態面での権利関係を問われ、結果的に、「譲渡所得」或いは「一時所得」としての課税対象とされることがある[4]。これは、当事者が選択した形とは異なる税務処理がなされうることを意味している。「当事者の合意による変更・修正が難しい規律」という観点から、こうした税法上の規律も和解に関する契約規範と考えられるだろう。
イ 「冒頭規定の要件に則る選択を否定する」方向
当事者が「和解」としている形式を否定する例は、見当らない。
以上のように、「冒頭規定の要件に則る」方向の働きが多くみられる一方で、主として税法等を潜脱する目的で「冒頭規定の要件に則る選択を否定する」方向もみられる。後者については、主に悪性が強い場合において認められることに留意する必要があろう。
[1] 佐々木宗啓編著『逐条解説 預金保険法の運用』(金融財政事情研究会、2003)27頁を参照。
[2] 名古屋地判平成16・10・28を参照。
[3] 三木義一編著『実務家のための税務相談(民法編)〔第2版〕』(有斐閣、2006)223頁を参照。
[4] 東京弁護士会編著『法律家のための税法 [民法編]〔新訂第7版〕』(第一法規、2014)288頁を参照。