◇SH3883◇中国:中国独禁法の改正と日本企業の企業結合審査に与える影響 鹿 はせる(2022/01/20)

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中国独禁法の改正と日本企業の企業結合審査に与える影響

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鹿   はせる

 

 中国全人代常務委員会は2021年の10月23日に独禁法の改正案を公表した。中国独禁法は2020年1月にも改正案が公表されていたが、以降正式に改正が成立・施行されることはなかった。もっとも、その間現行法に基づく処罰事例が多く公表され、立法を急ぐよりも、現行法に基づくエンフォースメントを厳格化する傾向が顕著であった[1]

 今般公表された改正案は、2年弱のエンフォースメントの強化を踏まえて練り直されたものであり、今年の春以降に成立・施行する公算が高いと思われる。本稿では、日本企業の関心が高い企業結合審査に関し、直近の執行の傾向及び中国独禁法の改正が与える影響を概観する。

 

1. 届出義務違反の厳罰化

 中国独禁法は、企業結合の届出の懈怠等の義務違反に対し、現行法では原則として上限50万元(約800万円)の罰金を課しているが、改正案では届出義務違反のあった企業結合に関し、調査の結果①競争の排除、制限効果があると認められる場合には前年度の売上額の10%以下、②競争の排除・制限効果がないと認められる場合には、500万元(約8000万円)以下の罰金を課すこととしている(改正案58条)。

 これまでの処罰事例では、届出の懈怠があっても、ほとんどの場合企業結合自体競争の排除・制限効果がないとして30万から50万元の罰金が課されるケースが多かったが[2]、今回の改正で罰金額は少なくとも10倍増となり、企業にとって未届出のリスクは著しく増大する。とはいえ、2020年1月の改正案では、競争の排除・制限効果の有無にかかわらず、罰金額の上限が前年度の売上額の10%以下とされていたので、当該修正案に比べてやや緩和されたと言える。もっとも、今回の改正案では、「違反状況が特に顕著であり、重大な悪影響を及ぼし、又は重大な結果を及ぼした場合」には、当局の裁量で罰金額を2倍以上5倍以下に増加させることができる規定も追加されている(改正案63条)。同条が適用される場面は明示されていないが[3]、適用を受ければ、競争の排除・制限効果のない届出義務違反についても、最高で2500万元(約4億円)の罰金が課されるおそれがある。

 直近のエンフォースメント事例を踏まえても、企業にとって中国独禁法の未届出リスクは増加傾向にある。まず、2021年の届出義務違反の処罰事案が年末の公表時点で93件と、直近5年(2020年:14件、2019年:18件、2018年:15件、2017・16年:6件)と比較しても大幅に増えている。なお、2022年も、本稿執筆時点(1月7日)で既に13件の処罰が公表されている。

 また、中国独禁法では、原則として事業者が他の事業者の支配権を取得した場合に届出義務を課しており、合弁会社の設立や過半数に至らない株式割合の取得も、他の事業者との「共同支配権」が認められれば届出義務がある。過去にも20%程度の株式取得が共同支配権に当たると認定されたことがあったが、2021年では3.23%の株式を取得したのみで共同支配権が認定されたケースが現れた[4]。株主間契約にマイノリティ株主の役員指名権など特殊な権利が定められていたためと思われるが、事業者にとって、より共同支配権の取得が認定されやすくなり届出の必要性が高まる傾向にあると言える。

 更に、2021年では、10年以上前に行われた企業結合についても、届出義務違反として処罰された事例が現れた[5]。これまで中国では、行政処罰法で行政処罰の時効期間が原則2年(但し案件の性質により5年まで延長されうる)と定められていたことから、2年より前に行われた企業結合に対して、遡って処罰はされないのではないかという観測もあったが、届出義務違反の企業結合については、結合以降も違反行為が継続しているため時効が進行しないとする、いわゆる継続犯的構成が取られ、時効の適用による救済がないことが明確となった。

 

2. 届出基準に満たない企業結合案件の調査

 中国独禁法では、企業結合に参加する事業者について、中国国内売上額及び全世界売上額が届出基準を満たした場合に届出義務を課しているが、改正案では、届出基準を満たさない案件についても、「当該企業結合が競争を制限、排除する効果を有する又は有するおそれがあると認められる証拠がある場合」には、当局は調査を行うとする条項が追加された(改正案26条2項)。

 届出基準はあくまで事業者が届出の要否を判断するためのものであり、届出基準を満たさない企業結合であっても、独禁法上当然に行って良いわけではない。当局が競争を実質的に制限するおそれがあると認めるものについて調査し、場合によって阻止できるのは、日本の独禁法も同様である。そのため、日本の独禁法実務では、関連市場の売上規模が小さいといった理由で、届出基準を満たさないものの、市場シェアが高く、競争を実質的に制限するおそれがあると思われる企業結合案件について、事業者が公取委に事前相談を行い、「準ずる届出」と呼ばれる届出類似の手続を行うことがしばしばある。中国独禁法においても、改正案成立後は、従来の届出基準を満たす・満たさないの判断に加え、「準ずる届出」を行う必要があるか、独禁当局である国家市場監督管理総局(SAMR)に対する事前相談を含め新たに検討する必要があると思われる。

 

3. 企業結合審査期間の中断

 中国独禁法において、企業結合の審査期間は一次審査(30日)、二次審査(90日)及び三次審査(60日)に分けられ、現行法の下では一度審査がスタートすれば中断することはなく、「最大180日」とされている。これに対して、改正案では①事業者が書類、資料を提出しないために審査を行うことができない場合、②企業結合審査に重大な影響を与える新しい状況、事実が現れ、確認を行う必要がある場合、③企業結合の条件となる問題解消措置に関し更に検討が必要な場合で、事業者の同意が得られる場合のいずれかの場合に、独禁当局は事業者に書面通知により企業結合審査期間を中断することができる条項が追加された(改正案32条)。

 本改正により、これまで時計が止まらなかった審査期間がストップできるようになり、中国独禁法の企業結合審査が長期化するおそれがないか懸念される。しかし、現在でも一次審査前には届出の受理に関する事実上の審査(立案前審査と呼ばれる)が行われ、数カ月に及ぶこともある。また実務では複雑な案件で審査が長期化した場合には、一旦事業者に届出を撤回させて再提出させるいわゆるpull and refileも行われているため、現行法の下でも「最大180日」は絶対的なものではない。実務上、審査期間がどの程度長期化するかは、当該企業結合案件自身の複雑さの他に、独禁当局であるSAMRのその時々の処理件数及び人員の多寡[6]や、企業結合のかかわる事業分野のセンシティビティ[7]によって異なり、法令上企業審査期間の中断が認められるか否かだけでは決まらない。本改正が審査期間の長期化をもたらすものかどうかは、改正後の実務運用を見守る必要がある。

 

4. 企業結合の重点審査分野

 改正案では、現行法にはない企業結合の重点審査分野が法定されることとなり、「生活関連、金融、科学技術、メディア等の分野」の企業結合に関して審査を強化すると定められている(改正案37条)。これらの分野と全く関係のない企業結合は想定しづらく、本規定は確認的なものと思われるが、列挙された分野については、過去の届出義務違反についても摘発されるリスクがより高いと思われ、留意を要する。

 

 


[1] 筆者執筆の「SH3453 アリババ、テンセント等が企業結合届出義務違反で処罰を受けた事例」参照。また、中国独禁法の厳罰化傾向については近日中に別稿を執筆・公開する予定である。

[2] 但し、2021年では、届出義務を履行しなかった過去の企業結合に対して、競争の排除・制限効果があるとして、改めて問題解消措置を求められた案件が公表されている(テンセントによる中国音楽集団持分買収)。

[3] 例えば、当局からの届出の勧告を無視して企業結合を行った場合等が考えられる。

[4] 滴滴(DIDI)傘下企業の北京車勝及び時空電動による合弁企業設立。

[5] テンセントによる猎豹移動の持分取得。同案件は2011年7月7日に実行されている。なお昨年は、2013年9月16日に実行されたテンセントによる搜狗の持分取得も処罰されている。

[6] 2020年以降いわゆるコロナ禍が発生し、企業結合の届出件数が少なかった時期は、一般的に審査が迅速化される傾向にあった。

[7] いわゆる米中貿易戦に影響を受ける分野、例えば半導体分野に関する企業結合審査は、事実上長期化するおそれがあると思われる。

 


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(ろく・はせる)

長島・大野・常松法律事務所東京オフィスパートナー。2006年東京大学法学部卒業。2008年東京大学法科大学院修了。2017年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年から2019年まで中国大手法律事務所の中倫法律事務所(北京)に駐在。M&A等のコーポレート業務、競争法業務の他、在中日系企業の企業法務全般及び中国企業の対日投資に関する法務サポートを行なっている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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