◇SH2679◇FTC v. Qualcomm独禁法判決がもたらす知財市場へのインパクト――FRAND実施料をめぐる問題の所在と残された課題(4・完) 池谷 誠(2019/07/19)

未分類

FTC v. Qualcomm独禁法判決がもたらす知財市場へのインパクト

FRAND実施料をめぐる問題の所在と残された課題(4・完)

デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社

マネージングディレクター 池 谷   誠

 

3. 解説

 3.2 残された課題――FRAND条件の実施料とは?

 スマートフォン完成品の価格をロイヤルティベースとする実施料がFRAND条件に基づくものでないとすれば、次の論点は、モデムチップがSSPPUとなりうるか、ということである。この点、上記のとおり、クアルコムはかつてモデムチップの価格をロイヤルティベースとする実施料を競合他社から徴収した実績を有している。また、セルラーと同様、無線通信規格であるWifi規格(IEEE 802.11等)の標準必須特許に係わるFRAND条件の実施料が争われたMicrosoft v. Motorola (W.D. Wash. 2013)などによれば、Wifi分野では標準必須特許の権利者は、モデムチップ単位あたり一定金額か、モデムチップ価格をロイヤルティベースとして一定料率を乗じた金額を実施料として徴収することが多いことが明らかであり、特許実施者が販売する完成品価格をロイヤルティベースとすることは一般的とはいいがたい。これは、セルラーと比べると、Wifiのほうが適用するデバイスが多様であり、Wifi通信機能は商品の需要を喚起する中核的要素というよりは、付加的要素にとどまることが多いこと、モデムチップメーカーが複数存在し、一定の競争が働いている中で、モデムチップメーカーがライセンシーとなる場合には、モデムチップメーカーが完成品メーカーにチップを販売した時点で特許権が消尽することが背景としてあると考えられる。

 翻ってセルラー分野について検討すると、従来、セルラー技術の適用は携帯電話やスマートフォンの市場が中心であり、他分野への適用は極めて限られていた。しかし、今後IoT(Internet of Things)が進展するにつれ、スマートフォン以外の多様な製品やデバイスが通信機能を有するようになり、その一部はセルラー技術が用いられることは明らかである。そして、高速・低遅延通信を可能とする5Gへの世代交代が進めば、そのような傾向はさらに加速するものと予想される。そうすると、Wifiと同様の理由でモデムチップがSSPPUとして受け入れられる可能性は高いといえる(コネクテッドカーにEMVを適用する、すなわち車両価格をロイヤルティベースとすることは現実的とはいえない)。

 ただし、問題となるのは、セルラー技術に係るモデムチップの公正な価格が見出しにくいということである。本件裁判における事実認定からは、クアルコムの独占的地位を背景として、モデムチップに係る競争的な市場の形成が遅れている。今後判決が確定し、市場における競争が促進されるとしても、現時点で圧倒的な技術的優位性を有するクアルコムの独占的地位が変化するまでには時間を有するだろう。実際、クアルコムは2019年中に次世代5G規格のモデムチップを発売する計画を発表しているが、潜在的なライバルであるインテルは、同社が5Gモデムチップ市場に参入しないことを明らかにしている[1]

 このように、本件判決により、セルラー分野の標準必須特許の適正な実施料が形成を阻害する要因が取り除かれる可能性が高まったとしても、当面の間、どのような水準がFRAND条件に基づく実施料となるべきか、という問題は残ると考えられる。そして、そのような課題の一部は、新たな訴訟や仲裁の場に持ち込まれる可能性がある(本件判決はクアルコムがそのような法的手続きに応じるよう命じている)。すでに、本年5月、自動車部品メーカーのコンチネンタルは、同様の論点をめぐって、標準必須特許のライセンス団体であるAVANCI, LLCなどを提訴している[2]が、公正な実施料をめぐる類似の係争は今後増加していくと考えられる[3]

以 上



[1] 2019年4月16日付同社プレスリリース

[3] これまでにも、セルラー標準必須特許のFRAND条件に基づく実施料をめぐっては、複数の判例があるが、これらはスマートフォン市場における旧来の取引慣行を前提とし、完成品価格をロイヤルティベースとする例が多い。ただし、わが国知財高裁によるアップル対サムスン(知財高裁判決平成26年5月16日)の判決においては、完成品価格を基礎としながらも、規格に準拠していることの貢献部分を寄与率として考慮する判断が示された。

 

タイトルとURLをコピーしました