冒頭規定の意義
―典型契約論―
冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(22)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
Ⅳ 小括
(2) 契約行動と契約規範
既に述べたように、合意による変更や排除が可能かという点に関しては、これまで「強行規定か任意規定か」との枠組みが中心的な役割を果たしてきた。しかし、この枠組みでは、上の3つの疑問点に答えることを含め、われわれの契約に関する行動を的確に記述することが困難であることは、上に示した通りである。
人々は契約書作成に際し、特定の行為を選択したり、あるいは、特定の行為を回避したりする。こうした選択・回避の集積を、本稿では、「契約行動」と呼ぶ。上の3つの疑問点から観察される行動を「契約行動」と考えれば、次のようにいうことができよう。
「契約行動」に影響を与えるものは、多くが民法の諸規定、特に契約総則、契約各則或いは民法総則等の規定であろうが、もちろん民法の外の規律からの影響もある。それら民法の外の規律は、「リスク=何らかの制裁が課される可能性」として、冒頭規定を通じて、契約書の中に持ち込まれる(例えば、出資法の懲役・罰金、貸金業法の行政罰、利息制限法の無効、そして印紙税法の過怠税等の制裁である)。
こうしたリスクは、通常、合意によって排除することが困難であり、契約書作成者は、これら多様なリスクを考慮するとき、複数の「当事者の合意による変更・排除が難しい規律」に遭遇する。そして、この契約書を作成する際の「合意による変更・排除が難しい規律」を、本稿では「契約規範[1]」と呼んでいる。こうした意味での「契約規範」の検討は、これまで十分に行われてこなかった。(その背景には、「実際に契約書を作成する立場に身を置く」ことの重要性(「ポイント(1)」)が十分に認識されてこなかったことがあるだろう。)しかしながら、こうした「契約規範」を明確化・言語化することは、契約法学の重要な責務であると本稿では考えている。
やや表現を変えていえば、本稿では、われわれの「契約行動」の背後には、多様な「リスク=何らかの制裁が課される可能性」があると考えている。すなわち、「契約行動」の記述は、われわれの契約に関する個別の行為を観察することによって得られるが、観察の前提となる理論的枠組みとしては、「リスクの高低」が最も適していると考えられる。ここまで検討した「契約規範」についてまとめると、次のようになるだろう[2]。
[1] 「契約規範」という語の意味としては、これまで、契約履行過程での各種義務という意味での「契約規範」、契約準備段階の一定の義務という意味での「契約規範」、或いは、「不法行為規範」に対比しての「契約規範」という意味で使われることが多かったように思われる。本稿での「契約規範」は、そうした意味とは若干異なるが、契約規範という語を、契約書を作成する際の「当事者の合意による変更・排除が難しい規律」と考えることは、「契約規範」という語の中心的語義から離れるものではないと考えられよう。
[2] 「ポイント(14)契約行動」の①②③及び「ポイント(15)契約規範」の①②③は、「はじめに」の3つの疑問点それぞれに概ね対応している。