日本企業のための国際仲裁対策(第12回)
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第12回 国際仲裁手続の序盤における留意点(6)-被申立人の最初の対応その3
4. 管轄の有無に関する典型的な論点
(1) 仲裁合意の成否
仲裁手続における管轄の根拠は仲裁合意であるため、管轄の有無について典型的に問題となるのは、まず仲裁合意の成否である。
仲裁合意の成否は、法的合意の成否ないし契約の成否の問題であり、基本的には当事者の意思の合致があったか否かの問題である。但し、仲裁合意の成立のためには、追加の要件として「書面性」の要件を満たす必要がある。
ニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)は、仲裁合意につき「書面による合意を承認するものとする」と定めている(2条1項)。また、日本の仲裁法も、「仲裁合意は、当事者の全部が署名した文書、当事者が交換した書簡又は電報(ファクシミリ装置その他の隔地者間の通信手段で文字による通信内容の記録が受信者に提供されるものを用いて送信されたものを含む。)その他の書面によってしなければならない」と定めている(13条2項)。
但し、この書面性の要件は、必ずしも厳格に求められている訳ではない。当事者の全部が署名をすることは必須ではなく、日本の仲裁法においても、上記のとおり、ファックス送信によって書面性の要件は満たしうる。さらに、日本の仲裁法は、電磁的記録によっても書面性の要件を満たしうるとしている(13条4項)。
加えて、日本の仲裁法は、仲裁合意を直接定めずに、書面で引用する場合にも書面性の要件を満たしうると定めている(13条3項)。例えば、仲裁合意を含む約款を、契約内容として書面で引用する場合である。さらに、一方の当事者が提出した主張書面に仲裁合意の内容の記載があり、これに対して他方の当事者が提出した主張書面にこれを争う旨の記載がないときも、書面性の要件を満たすと定められている(13条5項)。すなわち、書面性の要件は、争いが生じた後になってから、事後的に満たすことも可能である。
その上、書面性の要件は、一方当事者がその書面作成に一切関与していなくても満たしうる。英国法の判例ではあるが、Parker v. South Eastern Railway Co. [1877] LR2 CPD 416の判示の下では、例えば、商品の売買において、買主が仲裁合意が記載された注文書を売主に送付し、売主がこの仲裁合意に特段異論を唱えず、注文に応じて商品を引き渡した場合には、書面性の要件を満たす仲裁合意が成立し、書面(注文書)の作成に関与していない売主もこれに拘束される。
以上のとおり、書面性の要件は、様々な形で満たしうる。
(2) 仲裁合意の有効性
日本の仲裁法は、「仲裁合意は、法令に別の定めがある場合を除き、当事者が和解をすることができる民事上の紛争(離婚又は離縁の紛争を除く。)を対象とする場合に限り、その効力を有する」と定めている(13条1項)。通常、民事紛争については和解をすることが可能であるため、上記要件が問題となることは多くはないが、例えば、特許無効確認請求事件は、一般に和解可能性がないため、仲裁の対象とはならない(近藤昌昭ほか「仲裁法コメンタール」(商事法務、2003年)46頁)。
また、国際仲裁との関係では問題となり難いが、日本の仲裁法は、「将来において生ずる個別労働関係紛争を対象とするものは、無効とする」と定めている(附則4条)。消費者と事業者との間に成立した仲裁合意については、消費者保護の観点から、消費者に解除権が認められている(附則3条2項)。
その他にも、仲裁合意は法的合意ないし契約であるから、意思表示の瑕疵等の、法的合意ないし契約の一般的な無効又は取消原因等によっても、効力が否定されうる。
但し、一般に仲裁合意には「独立性」があると言われており、契約の一条項として仲裁合意が定められている場合に、当該契約の無効、取消又は解除によって、直ちに仲裁合意が効力を失う訳ではない。日本の仲裁法も、この点を明記している(13条6項)。
(3) 仲裁合意の範囲
仲裁合意が有効に成立しているとしても、仲裁手続における請求内容が、仲裁合意の対象外であれば、管轄は認められない。この点が問題になる典型例が、不法行為に基づく損害賠償請求が、仲裁合意の対象であるか否かである。
上記のような仲裁合意の範囲に関する問題は、仲裁合意の解釈の問題であり、仲裁合意の文言等を踏まえ、その準拠法に従い、案件毎に個別に判断される。
(4) 仲裁合意の準拠法
仲裁合意の準拠法は、意外と難しい問題となりうる。すなわち、典型的な仲裁合意は、契約書における一条項として定められているところ、契約書上、(i)契約全体の準拠法は定められているが、仲裁合意について独自の準拠法は、通常は定められていない。一方仲裁条項では、(ii)仲裁地が定められており、これが契約全体の準拠法の国ないし地域と異なることは珍しくない。例えば、(i)契約全体の準拠法が日本法とされる一方、(ii)仲裁地が香港と定められている場合である。この場合に、仲裁合意の準拠法が、日本法となるかあるいは香港法となるかは、必ずしも明確ではない。判断が行われる場所等によって、結論は異なりうる。
この論点について直接判断した訳ではないが、関連する日本の最高裁判例がある(「リング・リング・サーカス事件」に関する平成9年9月4日最高裁判決(民集51巻8号3657頁))。この判決の事案においては、日本法人が、日本の裁判所において、アメリカ法人の代表者個人に対して損害賠償請求訴訟を提起したところ、当該代表者個人が、仲裁合意の存在を主張し、日本の裁判所における訴えが却下されるべきと主張した(この主張は、「妨訴抗弁」と呼ばれるものである)。仲裁合意の準拠法について、最高裁は、①第一義的には当事者の意思に従って準拠法が定められるべき、②明示の合意がされていない場合であっても、仲裁地に関する合意の有無やその内容、主たる契約の内容その他諸般の事情に照らし、当事者による黙示の準拠法の合意が認められるときには、これによるべきと判示した。そして、最高裁は、(i)契約全体の準拠法が明示的に定められていなかったこともあり、(ii)仲裁地がニューヨーク市であることに着目して、ニューヨーク州法が準拠法であるとした。また、結論としては、ニューヨーク市での仲裁手続によるべきとして、日本の裁判所における訴えは認められないとした。
なお、上記最高裁判決の後、「法の適用に関する通則法」が平成19年1月1日から施行されているが、同法も、法的合意の準拠法は当事者の意思に従って定めるべきとの立場であるから(7条)、上記最高裁判決の考え方は、現在でも基本的に妥当すると考えられる。
但し、上記最高裁判決は、(i)契約全体の準拠法と、(ii)仲裁地のいずれを優先するかについては判断していない。
もっとも、実務的なアプローチとしては、(i)契約全体の準拠法に従ったとしても、また、(ii)仲裁地の準拠法に従ったとしても、結論が異ならないと考えられる場合には、この準拠法の論点に深入りせずに手続を進めることが考えられる。いずれの準拠法によっても結論が同じことは多々あり、このようなアプローチも、効率的な仲裁手続の進行という観点から、一つの選択肢である。
以 上