シンガポール:シンガポールにおけるICO(Initial Coin Offering)規制
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 松 本 岳 人
FinTechの一つとして、最近世界的に大きな注目を集めているものの一つとしてICO(Initial Coin Offering)がある。株式会社が証券取引所に株式を新規に上場するにあたり株式を発行し、募集することをIPO(Initial Public Offering)と呼ぶが、ICOでは、株式の代わりにトークンなどと呼ばれるデジタル上の記録を発行し、それを販売することで資金を調達するという仕組みをとっている。米国のスタートアップ企業などを中心として、近時、IPOに匹敵する規模の資金調達が多数報道されている。また、日本企業についてもICOにより数十億円規模の資金を調達した事例が報道されている。アジア地域における金融拠点の一つであるシンガポールにおいても同様にICOによる資金調達の動きは活発化しつつある。
このICOについて、米国証券取引委員会(SEC)から2017年7月25日付けで、自立分散型の投資ファンドプロジェクトであるThe DAOが2016年5月頃に発行したトークンで約1億5千万米ドル相当を仮想通貨Ethereumによって調達した件に関し、米国証券規制が適用される旨のレポートが公表されるなど、法規制のあり方についても関心が高まっている。SECのレポートを受けて、シンガポール金融管理局(Money Authority of Singapore:MAS)も2017年8月1日付けでICOについての見解を公表し、法規制の適用関係の明確化を試みている。MASの見解においては、SECにおける議論と同様、ICOの際に発行するトークンがシンガポールの証券先物法(Securities and Futures Act)の規制対象に該当する可能性がある旨が指摘されている。具体的には、トークンが発行体の資産に対する権利を表章するものである場合には、集団投資スキーム(collective investment scheme)の持分として証券先物法の規制対象になりうるとされている。また、トークンが発行体に対する金銭債権を表章するものである場合には、社債(debenture)として証券先物法の規制対象になりうるとされている。もっとも、トークンの形態については様々なものがありうることから、その全てが証券先物法の規制対象になるものとはされていない。また、シンガポールにおいては仮想通貨そのものについての規制は特段設けられていないため、トークンが仮想通貨であることを理由とした規制には服さない。ただし、MASは、ICOがマネーロンダリング及びテロ資金供給に悪用される危険性についても言及しており、この点については今後何らかの規制方針が示されることが見込まれる。
日本でも、トークンについての金融商品取引法上の「有価証券」該当性や資金決済に関する法律上の「仮想通貨」該当性などは、同様に議論になりうるところである。既に国会においてICOの法的性質が議論として取り上げられたことはあるものの、これまでのところ財務省や金融庁から具体的な規制方針などは示されていない。トークンの形態については様々なものがありうることから、今後日本でもトークンが類型化されてICOの法的整理について議論が深まっていくことが期待される。
ICOについては、ハッキングによる資金流出や詐欺的な事件も発生しており、また、通貨規制やIPO規制との不均衡などの問題も抱えていることから、中国や韓国など全面的な禁止に動く国もある。一方で、シンガポールのMASの意図としては必ずしもICOを禁止しようとするものではなく、証券先物法など既存の法規制との関係を明確化することで、ICOの適正化や市場の健全な発展を図る意図も有していると思われる。国によって規制方針は異なることから、世界各国におけるICO規制状況については今後も引き続き注視していく必要があろう。