◇SH0883◇実学・企業法務(第2回) 齋藤憲道(2016/11/17)

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実学・企業法務(第2回)

第1章 企業の一生

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

 齋 藤 憲 道

2. 「企業の資金・財務」の視点

(1) 創立期

 創業者は、開業資金(資本金、運転資金)を調達する。
 開業資金は、自己資金だけでなく、親戚・友人・協力者等からも集め、さらに、金融機関からの融資や行政の助成金等を求めることもある。
 自己資金は自由に使えるので、多ければその分だけ事業の自由度は大きい。

(2) 拡大期

 商品の品種が増加し、仕入先・販売先等の取引先が増える。事業規模が大きくなると、必要な運転資金が増え、固定資産への投入資金も増えて、事業拡大のための資金需要が増大する。
 拡大期は、財務体質を健全に保つことが重要で、そのための経営管理を導入して実践することが必要である。トヨタ自動車のトヨタ生産方式(ジャスト・イン・タイム、カンバン方式等)、松下電器の事業部制・事業計画制度に基づくダム式経営、京セラのアメーバ経営等は、会社に合う管理方法を自ら生み出して実践した管理方法として知られている。
 資金調達の観点からは、会社の信用が、事業の拡大・発展の源泉であることに留意したい。会社の信用は、その会社の経営力を総合的に評価して社会や取引先から付与されるもので、信用が大きければ、資金調達時にも安全度が高いランクに評価されて有利な金利で多額の資金を調達できる。

〔信用評価の要素(例)〕
 会社の履歴、資本構成(出資者)、会社の規模、収益力、資金の状況、経営者、企業活力、市場競争力

(3) 赤字事業対策期

 企業経営で、「2-8(ニッパチ)の法則」がしばしば指摘される。例えば、売上高をみると、2割の商品の売上げが全売上げの8割を占める傾向がある、という経験則である。これは、利益についても見られる現象で、2割の商品で全体の8割の利益を生み出す傾向がある。稼ぎ頭の商品の利益が大きい時期が過ぎると、全社の利益確保が困難になり、8割の商品で2割の利益しか稼ぐことができない状況を改善しようとして、事業構造の改革が進められる。
 中でも、赤字事業対策は優先的な経営課題とされ、商品の改善・コスト低減・事業規模縮小(自社が強い分野に集中する)等の是正措置が講じられる。この時期は、企業全体の収益力が低下して資金調達力が乏しくなる一方で、比較的競争力がある事業の現状維持や競争力拡大を図るための運転資金や設備資金が必要となり、全社の資金が枯渇する。
 特に、赤字事業の損失額の拡大や在庫増加が発生すると、黒字事業にも資金を回す余裕が無くなり、企業全体の市場競争力が失われていくのが誰の目にも明らかになる。こうして、多額の融資を金融機関に求めることになる。
 融資する側は、融資先の財務体質が実際に改善されることを融資の前提条件とし、融資後の改善状況を常に監視して、改善の見込みが無くなれば融資を引き揚げる条件(コベナンツ)を付ける。

〔コベナンツ(COVENANTS=約束事)〕
 金融機関の融資契約で「債権者が債務者の財務状況に応じて貸付金を引き上げることができる」とする財務制限条項のことをコベナンツといい、契約で設定した情報開示義務、財務制限、資産処分・投資上限の制限等の条件に該当する場合に効力を発生する。1度目の違約はイエローカード(警告)で是正を迫るのに止まっても、2度目の違約はレッドカード(退場)となり、融資引き上げに向かうことを覚悟する。
 シンジケート・ローン[1]では、一般的にコベナンツが規定される。

(4) 債務超過・資金繰り逼迫期

 企業の純資産(株主資本)がマイナスになった状態を債務超過という。負債総額が資産総額を上回るので、企業が保有する資産で負債を弁済することができず、特定の資金提供者等が現れて経営再建を図らなければ倒産に至る危機である。
 この時期になると、上記(3)の赤字事業対策では不十分で、危機を乗り切るために、自社の基幹事業ではないが他社に好条件(高額)で売却できる事業があればそれを他社へ売却、赤字事業を廃止(又は売却)、生産・販売拠点を閉鎖、従業員を大幅に削減する等のいわゆるリストラ策を講じ、同時に、金融機関に要請してデット・エクイティ・スワップ(債務の株式化)や債務免除(銀行等が債権放棄)を行い、あるいは、減資[2]を行う等の財務措置を講じる。

  1. (注1)日本取引所グループの上場廃止基準は、「債務超過の状態となった場合において、1年以内に債務超過の状態でなくならなかったとき(原則として連結貸借対照表による)」に上場を廃止する。
  2. (注2)破産法16条1項は、債務超過を「債務者が、その債務につき、その財産をもって完済することができない状態をいう。」と定義し、支払不能とともに破産手続開始原因にしている。

 これらの措置は、企業内では経理・財務部門が主導し、債権者(銀行等)や株主等の協力を得つつ実施することが多いようである。
 多くの場合、他者の痛みを伴う支援を得るのと引き換えに、旧経営陣が退陣して、新たな資金提供者等が推薦する経営陣が就任する。

(5) 倒産期

 企業が支払不能に陥って銀行取引が停止されると、事業を継続できず、裁判所に破産法・会社法(特別清算) ・民事再生法・会社更生法等の適用を申し立てる。債務超過に陥って、これを早期に解消するメドが立たない場合も同様である。
 その後は、法律に基づいて、清算又は再生に向けた手続きが進められる。
 裁判所の法手続きに従う倒産法対応は、裁判所手続きに慣れた法務部門が社内事務局となり、社内関係部門や法律事務所と連携して行うことが考えられる。
 民事再生法や会社更生法を適用して事業の再生を図る場合は、次の(6)に移る。
 なお、企業に「倒産」の可能性があることが報道されると、優れた技能を持つ優秀な人材から順に、他社に転職していく可能性が大きい。再生のためには、社内外の能力と気概のある人材を確保することが必要である。

(6) 事業再構築期

 民事再生法や会社更生法を適用して、存続の見込みがある事業を残し、行き詰まった事業や中核ではない事業を譲渡又は廃止する。債権者には債権カット(債権放棄)を求め、株主には減資(100%減資もある)を要請する。従業員の削減も避けられないので、多くの場合、旧経営陣は経営責任をとって退陣し、新体制に代わる。
 存続する事業も、過去の延長線上ではうまくいかず、ビジネス・モデルの再構築や転換が必要になる。外見上は同じ事業が継続されているように見えても、仕入先や販売先が変わり、実質的に業務内容が変わっていくことが多い。
 事業再生段階の実務に必要なのは、法学・経済学・経営学・商学・社会学等の総合的な知識に裏打ちされた判断力と、迅速な行動力である。大企業で細分化された法務・経理・企画・人事・技術・営業・製造・購買等の個別業務の専門知識だけでは、企業存亡の急場には貢献できない。



[1] 大型の資金調達希望者に対して、特定の金融機関が主幹事(アレンジャー)となり複数の金融機関を取りまとめてシンジケート団を編成し一つの融資契約を作成する。各機関は同一条件で融資を行う。日本の2015年のシンジケートローン組成件数は2,796件、組成金額は約27兆円(全国銀行協会「貸出債権市場取引動向」より)。

[2] 株式会社では原則として株主総会の特別決議で決議し(会社法309条2項9号)、債権者保護手続きをとる(同法449条)。

 

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