◇SH0436◇最二小判 平成27年6月5日 特許権侵害差止請求事件(千葉勝美裁判長)

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1 事案の概要

 (1) 本件は、特許が物の発明についてされている場合において、特許請求の範囲にその物の製造方法の記載があるいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム(以下「PBPクレーム」ともいう。)に係る特許権を有する原告が、各事件の被告の販売等に係る医薬品は原告の特許権を侵害しているとして、各事件の被告に対し、当該医薬品の販売等の差止め及びその廃棄を求める事案である。両事件とも、同一の特許権に基づく請求であり、①事件では、「特許発明の技術的範囲の確定」において、②事件では、新規性・進歩性等の「特許要件の審理の前提となる発明の要旨の認定」において、いずれもPBPクレームの解釈の在り方等が問題となった。

 (2) 事実関係の概要は、次のとおりである。原告が有する特許に係る特許請求の範囲の請求項1(以下「本件特許請求の範囲」という。)の記載は、「次の段階:a)(略)そして、e)(略)、を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」というものである(なお、原告は、上記各混入量等について訂正請求をしている。)。
 各事件の被告が販売等する製品(以下「被告製品」という。)は、上記各物質の混入量が上記各重量%未満であるプラバスタチンナトリウムを含有している。また、①事件の被告製品の製造方法は、少なくとも上記a)の段階を含むものではない。

 (3) 原審(①事件は知財高裁大合議、②事件は知財高裁)は、PBPクレームにおける「当該発明の技術的範囲」及び「当該発明の要旨」は、いずれも当該物を「物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情」が存在するときでない限り「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物に限定」して解釈されるべきであるとし、充足論又は無効論を検討して、いずれも原告の請求を棄却すべきものとした。
 原告が上告受理申立てをしたところ、第二小法廷はこれを受理し、各判決要旨のとおり判示して、両事件の原判決をいずれも破棄し、事件を原審に差し戻した。

 

2 説明

 (1) プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(PBPクレーム)

 いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム(PBPクレーム)とは、物の発明についての特許に係る「特許請求の範囲」にその物の製造方法が記載されているものをいう。物の発明についての特許に係る「特許請求の範囲」においては、通常、当該物は、その構造又は特性により直接特定されるが、出願時における解析技術の発達が十分でないなどの理由で、当該物を構造又は特性により直接特定することが不可能・困難な場合などがあり、このような新規で有用な物についても物の発明として保護する必要があることから、当該物をその製造方法により特定するPBPクレームを認める意義があるとされる。また、特許庁の実務においては、上記のような「不可能・困難」な場合だけでなく、何らかの理由により「不適切」な場合、すなわち、発明の構成を理解しやすくするためなどの場合であっても、製造方法による特定を認める緩やかな運用をしてきているとされる(審査基準第Ⅰ部第1章2.2.2.4(2)参照)。
 このように、実務上、緩やかな運用がされてきているが、物の発明についての特許に係る「特許請求の範囲」にその製造方法が記載されている場合、一般的には、当該製造方法の記載が、当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか、又は物の発明であってもその「特許発明の技術的範囲」若しくは「発明の要旨」を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であると考えられる。そして、明確性要件(特許法36条6項2号)が、権利者の発明の保護と、第三者によるその利用を図ることを通じて、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与するという特許法の目的(同法1条)を踏まえたものと解されることからすると、PBPクレームについても、このような「特許請求の範囲」の公示機能及び第三者の信頼の保護の観点から、明確性要件との適合性について検討する必要があるものと考えられる。

 

 (2) PBPクレームの解釈

 PBPクレームの解釈については、「技術的範囲の確定」の場面及び「発明の要旨の認定」の場面で問題となり、学説及び実務の運用の状況は、次のとおりである。
 学説においては、おおむね、(a)物同一説、すなわち、PBPクレームが「物の発明」についての特許に係るものであることを重視し、「特許請求の範囲」に記載された製造方法にかかわらず、当該製造方法により製造された物と同一の物として解釈すべきであるとする見解(淺見節子「機能的クレーム、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈の主要諸外国との比較」知的財産研究所『特許クレーム解釈に関する調査研究(Ⅱ)報告書』76頁以下、嶋末和秀「プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈について」牧野利秋ほか編『知的財産法の理論と実務 第1巻〔特許法[Ⅰ]〕』138頁以下等参照。なお、例外的に「特許発明の技術的範囲の確定」の場面において、クレームの限定解釈の手法により製法限定的に解釈することを認める見解が多い。)と、(b)製法限定説、すなわち、PBPクレームの「特許請求の範囲」に「製造方法が記載」されていることを重視し、「特許請求の範囲」に記載された製造方法により製造された物に限定して解釈すべきであるとする見解(飯村敏明「機能的クレーム及びプロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈に関する国内下級審判決の動向」知的財産研究所『特許クレーム解釈に関する調査研究(Ⅱ)報告書』(知的財産研究所、2003)47頁以下、北原潤一「プロダクト・バイ・プロセス・クレームの権利範囲の解釈について-プラバスタチンナトリウム事件の大合議審理に際して-」知財研フォーラム87号(2011)57頁以下等参照。なお、例外的に物同一説と同様に解釈することを認める見解も多い。)に分かれている。
 また、実務の運用上も、特許庁の審査・審判手続(特許・実用新案審査基準第Ⅱ部第2章1.5.2(3)、1.5.5(4)、2.7参照)や、裁判所の審決取消訴訟(最三小判平成9・9・9平成9年(行ツ)第120号転写印刷シート事件Ⅰ等〔岡田吉美、道祖土新吾「プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈につき判断した知的財産高等裁判所特別部(大合議)判決」特許研究54号(2012)38頁以下等参照〕、東京高判平成14・6・11判時1805号124頁光ディスク用ポリカーボネイト成形材料事件等)において「発明の要旨の認定」をする場面では、物同一説により解釈し、他方、裁判所の侵害訴訟(最三小判平成10・11・10平成10年(オ)第1579号衿腰に切替えのある衿事件〔釜田佳孝「作図法が記載されている物の発明の技術的範囲」小野昌延先生喜寿記念『知的財産法最高裁判例評釈大系[I] 特許・実用新案法』(青林書院、2009)600頁以下等参照〕、東京高判平成14・9・26判時1806号135頁止め具及び紐止め装置事件控訴審等〔以上、物同一説〕、知財高判平成19・4・25平成18年(ネ)第10081号多層生理用品事件、東京地判平成14・1・28判時1784号133頁止め具及び紐止装置事件等〔以上、製法限定説〕)において「特許発明の技術的範囲の確定」をする場面では、原則的に物同一説を採用しても、個別事案ごとに、出願経過禁反言等の解釈上の工夫等により、殆ど例外なく製法限定的に解釈してきたとされる。そのため、実務上、前者の場面と後者の場面においては、PBPクレームの解釈基準が実質的に乖離する状況にあったといえる。
 そして、平成16年法律120号による特許法改正により特許法104条の3のいわゆる無効の抗弁が導入され、制度上、同一の侵害訴訟手続において、上記の両場面における審理がされることとなったことから、両場面における解釈基準を統一すべきか否かを含めてPBPクレームの解釈の在り方が問題とされてきた(異なる解釈基準によることを認める見解として、大渕哲也「クレーム解釈と明細書等」パテ67巻14号(2014)152頁以下等参照)。
 なお、PBPクレームについては、海外においても同様の問題があり、米国では、製造方法による発明の対象物の特定を緩やかに認め、物同一説による審査を行う一方、侵害訴訟では、連邦巡回区控訴裁判所の全員法廷(en banc)の判決(Abott Labs. v. Sandoz, Inc., 566 F.3d 1282 (Fed. Cir. 2009)により、製法限定説によるものとされている。また、欧州、例えばドイツでは、製造方法による当該物の特定を限定的にのみ認め、審査及び侵害訴訟のいずれにおいても物同一説によるものとされている。

 

 (3) 原審の判断

 ①、②事件の各原審は、上記のような問題状況を踏まえ、緩やかにPBPクレームを認める従前の特許庁の運用を前提とした上で、「特許発明の技術的範囲の確定」の場面及び「発明の要旨の認定」の場面の双方において統一的な解釈基準を採用することとし、原則的には製法限定説により解釈し、例外的に当該物を「物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情」が存在するのであれば、物同一説により解釈すべきものとする判断をした。
 しかし、原審の上記判断に対しては、上記の基準によれば、「不可能又は困難であるとの事情」が存在しない場合(不真正PBPクレーム)は物の生産方法の発明と変わらないことになるが、物の生産方法の発明と等価な物の発明としてのPBPクレームを広く許容することになる点で違和感がある等の指摘がされてきた(高林龍「プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲と発明の要旨」牧野利秋先生傘寿記念『知的財産権 法理と提言』(青林書院、2013)302頁以下等。なお、同310頁~312頁は、不真正PBPクレームについて明確性要件の観点からの検討を提唱する。)。

 

3 本判決の立場

 (1)以上のような問題状況、学説・実務上の運用の状況、海外の実情、原審の判断に対する議論等を踏まえ、第二小法廷多数意見は、①、②事件について、平成16年法改正により特許法104条の3の無効の抗弁が導入され、制度上、同一の侵害訴訟の手続において、「特許発明の技術的範囲の確定」及び「発明の要旨の認定」の審理がされるようになり、両場面における解釈、処理の基本的な枠組みが異なることは不合理であることから、PBPクレームの解釈においても、統一的な解釈基準を採用するのが相当であるとの見解に立ったものと思われる。
 そして、①事件の判決要旨1及び②事件の判決要旨のとおり、PBPクレームの解釈については、特許が物の発明についてされている他の場合と同様に、その「特許発明の技術的範囲」(①事件)又は「発明の要旨」(②事件)は、製造方法にかかわらず、「特許請求の範囲」に記載された製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として解釈されるものと判示し、物同一説を採用することを明らかにした。
 この見解は、出願時において、当該物を構造又は特性により直接特定することが不可能である場合等があるが、そのような新規で有用な物についても物の発明として保護する必要があることから、当該物をその製造方法により特定することを認めるというPBPクレームの本来的な存在意義に鑑み、物の発明についてされている特許として解釈し、保護すべきことを判断したものと考えられる。

 (2)その上で、第二小法廷は、①事件の判決要旨2のとおり、PBPクレームが、特許法36条6項2号にいう明確性要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当であると判断した。
 物の発明についての特許に係る「特許請求の範囲」にその製造方法が記載されているあらゆる場合に、物同一説により、その製造方法にかかわらず、当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物に「特許発明の技術的範囲」又は「発明の要旨」が及ぶものとすると、前記の特許庁における審査の状況が前提である場合には、前記2(1)の問題に鑑み、「特許請求の範囲」等の記載を読む者においては、当該発明の内容を明確に理解することができず、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性が奪われることになり、第三者の利益を不当に害する可能性があるものと考えられる。もっとも、物の発明については、出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能である場合や、特許出願が、その性質上、迅速性等を要することから、特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど、出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合などもあり得ること、また、上記のような限定的な場合であれば、物の発明についての特許に係る「特許請求の範囲」にその製造方法を記載することを認めても、第三者の利益を不当に害することはないであろうものと考えられることからすると、PBPクレームは、このような場合であれば明確性要件に適合すると解することができるものと考えられる。
 本判決において、第二小法廷は、上記のような「特許請求の範囲」の公示機能や第三者の信頼の保護の観点からの検討を踏まえ、PBPクレームが明確性要件に適合するといえるのは、そのような「不可能・非実際的事情」が存在するときに限られると判断したものと考えられる。

 (3)第二小法廷は、PBPクレームについて、上記の新たな判断枠組みを示したことから、①、②事件のいずれの原判決をも破棄し、本件特許請求の範囲の解釈及び明確性要件との適合性等についてさらに審理を尽くさせるため、事件を原審に差し戻した。なお、上記の「不可能・非実際的事情」がどのような場合に認められるのか、特許庁の審査、審判の実務、裁判所の訴訟実務において今後どのように処理されるのか等については、今後の問題であると考えられる。
 また、本判決には、多数意見の内容を敷衍しこれを説明する千葉裁判官の補足意見と、結論に至る理由を異にする山本裁判官の意見(PBPクレームを緩やかに認める特許庁の実務を前提に、侵害訴訟においては、裁判所が個別的に限定解釈するのが相当とする意見と解される。)が付されている。

 (4)本判決は、PBPクレームの解釈基準及び明確性要件との関係について、最高裁として初めて判断したものであり、理論上、また、特許庁における審査・審判の実務、裁判所における特許訴訟の実務、出願人や特許権者、利用する第三者等の特許実務等において重要な意義を有するものと考えられる。

 

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