学校法人から学科事務への配転を命じられた視覚障害のある准教授が
配転命令の無効確認等を求めて提訴
奧野総合法律事務所・外国法共同事業
弁護士 野 村 茂 樹
1 事案の概要
訴状によると事案の概要は下記のとおりである(詳細は訴状参照)。
https://www.shojihomu-portal.jp/documents/10444/130206/20160322_sojyou.pdf
原告は、平成11年、短大を設置運営する学校法人である被告との間で大学教員契約を締結し、講師を経て、平成19年、短大幼児教育学科の専任准教授に任じられ、研究室を使用して、授業・研究を行ってきた。原告は、網膜色素変性症が進行し、近年、文字の判読が困難となっていた。
被告は、本年2月5日、原告に対し、授業や卒業研究から外しキャリア支援室での学科事務への配転を命じた。被告は、その理由の中で、原告がゼミの授業中に飲食をしていた学生がいることに気がつかずこれを注意できなかったことや、授業中に無断で教室外に出る学生を発見できなかったことも挙げていた。更に、被告は、同年2月22日、原告に対し、同年3月14日までに、短大4階にある研究室を明け渡して短大3階にあるキャリア支援室を使用するよう命じた。
原告は、被告に対し、本年3月22日、上記配転命令の無効、授業をすることや研究室を使用することのできる地位にあることの確認等を求めて、訴訟を提起した。
2 本件訴訟の今日的意義
本年4月1日から、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(以下「差別解消法」という)及び改正「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下「改正雇用促進法」という)が施行された。
雇用・労働分野については改正雇用促進法が、それ以外の分野については差別解消法が、それぞれ適用される。民間事業者(事業主)は、障害を理由とする不当な差別的取扱いが禁止され、障害の特性に応じた合理的配慮の提供が義務づけられる(差別解消法においては努力義務)に至った。
本件の学校法人の行為は、これらの法律が施行される直前のものである(もっとも改正雇用促進法に違反の効果を定めた規定はないので同法の適用は直接の問題にはならず、結局のところ、労働契約法3条4項・5項の信義則・権利濫用が問題となる)が、これらの法律がどのような内容を有するものかを認識する上で参考となることから、紹介するものである。以下では、本件に即して改正雇用促進法を中心に、その内容を概説する。
3 改正雇用促進法
改正雇用促進法においては、募集及び採用の場面と雇用後の待遇の場面に分けて下表に示すとおり、不当な差別的取扱いの禁止規定及び合理的配慮の提供義務規定を置いている。また、その具体的な内容については、厚生労働大臣が定める指針(URL参照)で示されている。
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不当な差別的取扱いの禁止 |
合理的配慮提供義務 |
募集及び採用 |
34条 |
36条の2 「障害者からの申出により当該障害者の障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。」 |
賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇 |
35条 |
36条の3 |
厚生労働大臣が定める指針 |
36条 |
36条の5 |
本件のような職種の変更について、障害者差別禁止指針8項(2)イは障害者であることを理由として、「その対象から障害者を排除すること」を挙げている。同指針14項ロでは、「合理的配慮を提供し、労働能力等を適正に評価した結果として障害者でない者と異なる取扱いをすること」は、不当な差別的取扱いに当たらないとしている。
つまり、事業主が障害の特性に配慮した合理的配慮を提供しないで、視覚障害者であることを理由として、授業や研究を行う職種から視覚障害者を排除することは、不当な差別的取扱いにあたることになる。このことは、障害者基本法4条1項が「何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」と定めた上、2項で「社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによって前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならない」と定めていることからも裏付けられる。
なお、合理的配慮の提供は、雇用後の待遇の場面では募集及び採用の場面と異なり、「障害者からの申出」が要件とされていないことに留意が必要である。他方で具体的な配慮の内容について、当該障害者の意向を十分尊重すべきことが求められる(法36条の4)。
4 企業法務における留意点
雇用・労働分野以外(例えば商品・サービスの提供等)について適用される差別解消法においては、民間事業者の合理的配慮の提供義務は努力義務に留められているが、合理的配慮の努力を怠れば義務違反になる。また、前述の障害者基本法4条の考え方からすると、合理的配慮をしなかったことで異なる取扱いをする状態となったような場合、民間事業者が禁止される不当な差別的取扱いと解されることも考えられうる。
多様性の尊重を背景とする障害を理由とする差別の禁止は、企業のCSRにとどまらず、法的義務になっていることについて留意が必要である。
以上