◇SH0937◇カジノ法(IR推進法)の成立(2)―民営カジノと賭博罪― 渡邉雅之(2016/12/19)

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カジノ法(IR推進法)の成立(2)

―民営カジノと賭博罪―

弁護士法人三宅法律事務所

弁護士 渡 邉 雅 之

 

 今回は、平成28年12月15日に成立した「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」(以下「IR推進法」といいます。)に関して、国会で争点の一つとなった民営カジノと賭博罪に関して解説いたします。

 

1 刑法の賭博罪

(1) 賭博罪の条文・趣旨

 カジノ合法化において必ず検討しなければならないのが、刑法185条の賭博罪、同法186条1項の常習賭博罪、同条2項の賭博場開帳罪との関係です。

 賭博罪(刑法185条)の保護法益について、判例は、賭博行為は、国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ、健康で文化的な社会の基礎をなす勤労の美風を害するばかりでなく、甚だしきは暴行、脅迫、殺傷、強盗罪その他の副次的犯罪を誘発し又は国民経済の機能に重大な障害を与えるおそれすらあるとしている(最大判昭和25年11月22日刑集4巻11号2380頁)。すなわち、社会的法益の一つとして位置付けられています。

(2) 賭博罪の違法性阻却の要件

 内閣委員会の質疑でも繰り返し質問されたが、賭博行為や富くじ販売行為は刑法で禁じられているところ、公営競技(競馬・競輪等)に関しては、特別な法律により「正当行為」(刑法35条)として違法性が阻却されています。過去の法務大臣・法務大臣政務官の答弁を参考とすれば、違法性を阻却する要件として考慮すべき項目は次の8点です。

 ① 目的の公益性

 ② 運営主体の性格

 ③ 収益の扱い

 ④ 射幸性の程度

 ⑤ 運営主体の廉潔性

 ⑥ 運営主体の公的管理監督

 ⑦ 運営主体の財政的健全性

 ⑧ 副次的弊害の防止

 

2 IR推進法案の規定

(1) 民営カジノ

 IR推進法案には、以下のとおり、「カジノ施設」の「設置」及び「運営」を「カジノ管理委員会から許可を受けた民間事業者」が行うこととされています(IR推進法2条1項)。すなわち、IR推進法案は、「カジノ施設」の「施行」及び「運営」を民間事業者が行う、「民営カジノ」の設立を目指すものです。

(2) 民営カジノを目指す理由

 カジノの運営者は賭博行為の直接の当事者となるとともに、当事者としてリスクを負担することになり、公的主体が運営者となることは適切でないと考えられます。

 ゲーミングのノウハウを有する事業者が運営することで、質の高いサービスが提供され、IR全体の魅力が高まるとともに、収益の公益還元も最大化できるものと考えられます。

 宝くじや公営競技(競馬、競輪)については、総かけ金の一定率をまず主催者が取って、そして残りの部分を顧客に払い戻すという仕組みになっている、つまり、利幅というものが一定程度事前にリザーブをされるという仕組みになっているのに対して、民設民営カジノでは、顧客に向き合って、かけられたチップ・金銭に相当するものを、勝った場合は総取りするという仕組みでるので、主催事業者の負うリスクは非常に大きいです。

 公営競技における公の控除率は、競馬では25%、宝くじに至っては55%、totoは50%となっています。これに対して、世界のカジノでは、国際競争力の観点から、主催者の取り分は例えば3%で顧客への還元率は98%、99%となっています。

 また、シンガポールやラスベガスなどの世界で成功しているカジノでは、民間事業者が様々な創意工夫を凝らした結果として今の成功がもたらされています。その観点からも、今の日本の公営競技の現状と比較対照すれば、民間事業者が主体となるのが望ましいです。

(3) 民営カジノの合法化の検討はIR実施法案による

 IR推進法案が成立したとしても民設民営カジノについて、刑法の賭博罪との関係で違法性阻却が認められるわけではありません。IR推進法案は基本法(プログラム法)に過ぎず、同法5条により、政府が1年を目途として講ずべき法制上の措置(すなわち、IR実施法案)により、はじめて民設民営カジノが刑法の賭博罪との関係で違法性阻却されることになります。

 平成28年12月2日の衆議院の内閣委員会で採択された15項目の附帯決議(平成28年12月8日の参議院の内閣委委員会の附帯決議でも同じ。)の一つとしても、以下のとおり、政府が1年を目途として講ずべき法制上の措置(すなわち、IR実施法案)において、上記1(3)で掲げた8項目の観点から、刑法の賭博に関する法制との整合性について十分に検討することとされました。

  1. 2. 政府は、法第5条に基づき必要となる法制上の措置を講ずるにあたり、特定複合観光施設区域の整備の推進の目的の公益性、運営主体の性格、収益の扱い、射幸性の程度、運営主体の廉潔性、運営主体の公的管理監督、運営主体の財政的健全性、副次的弊害の防止等の観点から、刑法の賭博に関する法制との整合性が図られるよう十分な検討を行うこと。

                

3 民営カジノと公営競技の合法化との比較

 IR実施法案における民営カジノの合法化について、公営競技の合法化と比較して検討してみます。

 刑法の賭博罪の違法性阻却の8つの項目(上記1(3))は、総合的判断により、個別具体的に判断されるものです(平成28年12月2日の盛山正仁法務副大臣の答弁)。

 したがって、違法性阻却の8つの項目を完璧に満たさなければならないものではないと考えられます。たとえば、「射幸性の程度」に関しては、公序良俗に反するものでない限り、公営競技でも制限されるものではないし、IR実施法案において設けられる民間カジノにおいても同様です。この項目は、むしろ、パチンコ・パチスロのような風適法上の「遊技」の射幸性を意識した要件であると考えられます。

 以下の比較表のとおり、公営競技の合法化はかなり「公的主体」であること(「目的の公益性」、「運営主体の性格」、「収益の扱い」、「運営主体の廉潔性」)によるものであると考えられます。「運営主体の公的管理監督」、「運営主体の財政的健全性」、「副次的弊害の防止」が十分であると言えるか疑問があります(とりわけ「副次的弊害の防止」)。ギャンブル依存症対策や広告規制などについてしっかりとした対策を講じていくことが求められます。

 これに対して、IR実施法案による民営カジノは、カジノ管理委員会の厳格な監督を通じて、「運営主体の廉潔性」、「運営主体の公的管理監督」、「運営主体の財政的健全性」は公営競技よりも優れたものとなることが想定される。また、「副次的弊害の防止」に関しては、ギャンブル依存症や入場料規制等の公営競技で全く取り組まれていないことを新たに取り組もうとするものです。

 以上を総合的に考えると、IR実施法案による民営カジノは、刑法の賭博罪の違法性阻却の要件を十分に満たすものではないかと考えられます。

 

 ○ 民営カジノと公営競技の合法化(違法性阻却)の比較

 

民営カジノ

公営競技

根拠法 IR実施法案 競馬は競馬法及び日本中央競馬会法、競艇はモーターボート競走法、競輪は自転車競技法、オートレースが小型自動車競走法、宝くじは当せん金付証票法、totoはスポーツ振興投票の実施等に関する法律

目的の公益性

  1. ・ カジノ単体ではなく、会議場施設、レクリエーション施設、展示施設、宿泊施設その他の観光の振興に寄与すると認められる施設を加えることによりIR全体として公益性が認められる。
  2. ・ 観光及び地域経済の振興に寄与するとともに、財政の改善に資する。
  3. ・ 依存症対策にも納付金が充てられる。

(例えば競馬法においては)馬の改良増殖その他畜産の振興という健全な社会的な目的

運営主体の性格 民間事業者(カジノを含むIR施設の運営者)であるが、カジノ管理委員会を設置して、公営競技以上の厳格な規制に服する。 日本中央競馬会、都道府県等の公的主体

収益の扱い

  1. ・ 納付金・入場料を通じてカジノ施設の収益を社会に還元
  2. ・ 売上からの控除率は国際競争力も考慮して決める。
  1.  収益の一部を主催者が控除
  2. ・ 売上からの控除率:競馬は25%は宝くじは55%、totoは50%
射幸性の程度 原則制限なし 原則制限なし
運営主体の廉潔性 カジノ管理委員会がIR事業者の廉潔性を背面調査等を通じて厳格に審査する。 公的主体であるため廉潔性が認められるとされる。
運営主体の公的管理監督 カジノ管理委員会によるIR事業者や関係者の厳格な監督 競艇は国土交通省、競輪とオートレースは経済産業省、競馬が農林水産省、宝くじは総務省、totoは文部科学省
運営主体の財政的健全性 カジノ管理委員会のIR事業者への免許付与において厳格な審査 公的主体であるため運営主体の財政的健全性はあまり問題視されない(実際には財政難の公営競技もある)

副次的弊害の防止

  1. ・ ギャンブル依存症対策、治安維持、反社対策、マネロン対策など万全な対策 ・厳格な入場規制
  2. ・ 厳格な広告規制
  3. ・ IR区域の数を限定する。
  4. ・ カジノ施設の面積をIR全体の3%程度に留める。
  1. ・ 一定の反社対策は取られているものの、ギャンブル依存症対策は皆無
  2. ・ 入場規制なし
  3. ・ 宝くじ等広告規制なし

 

4 「収益の使途の公益性」と「官又はこれに準ずる団体」について

 公営競技に関する賭博罪の違法性阻却についての従前の法務省のペーパーでは、「目的の公益性」及び「運営主体の性格」について、「目的の公益性(収益の使途を公益性のあるものに限ることも含む)」、「運営主体の性格(官又はこれに準ずる団体に限るなど)」と記載されていました。

 これは、「目的の公益性」としては「収益の使途が公益性のあるものに限られる」こと、「運営主体の性格」については「官又はこれに準ずる団体に限られる」ことを要求しているようにも読め、これが民営カジノ(正確にはカジノ施設を含む統合型リゾート)では8つの観点から賭博罪の違法性阻却が認められないとする主要な論拠となっていました。

 しかしながら、平成28年12月8日の参議院内閣委員会における大門実紀史議員の質問に対する加藤 俊治 政府参考人 (法務省大臣官房審議官)の答弁において、刑法の所管官庁である法務省としては、①「目的の公益性」に関して「収益の使途の公益性」は一例でこれに限定されないこと、②「運営主体の性格」に関して「官又はこれに準ずる団体」であることは一例にすぎないことが明らかになりました。

 これにより、民営カジノ(カジノ施設を含む統合型リゾート)に関して、賭博罪の違法性阻却が認められないとする支障は全くなくなったと考えてよいでしょう。

 

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