◇SH2526◇最三小判 平成30年12月18日 生活保護変更決定取消等請求事件 (山崎敏充裁判長)

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 勤労収入についての適正な届出をせずに不正に保護を受けた者に対する生活保護法(平成25年法律第104号による改正前のもの)78条に基づく費用徴収額決定に係る徴収額の算定に当たり基礎控除の額に相当する額を控除しないことの適否

 勤労収入についての適正な届出をせずに不正に保護を受けた者に対する生活保護法(平成25年法律第104号による改正前のもの)78条に基づく費用徴収額決定に係る徴収額の算定に当たり、当該勤労収入に対応する基礎控除の額に相当する額を控除しないことは、違法であるとはいえない。

 基礎控除:昭和36年4月1日付け厚生事務次官通知「生活保護法による保護の実施要領について」第8-3-(4)に基づき、保護の実施機関が、保護受給世帯の収入を認定する際に、被保護者の収入金額、居住地、同一世帯中で勤労収入等を得る者の数等によって定められた額を、届出がされた収入金額から控除する取扱い

 生活保護法(平成25年法律第104号による改正前のもの)78条、生活保護法61条

 平成29年(行ヒ)第292号 最高裁平成30年12月18日第三小法廷判決 生活保護変更決定取消等請求事件 破棄自判(民集72巻6号掲載予定)

 原 審:平成26年(行コ)第179号 大阪高裁平成29年3月17日判決
 第1審:平成24年(行ウ)第161号 大阪地裁平成26年10月10日判決

1 事案の概要

 本件は、生活保護法(平成25年法律第104号による改正前のもの。以下「法」という。)に基づく保護を受けていたXが、同一世帯の構成員である長男の勤労収入を届け出ずに不正に保護を受けたことを理由として、門真市福祉事務所長から、法78条に基づき、勤労収入に係る額(源泉徴収に係る所得税の額を控除した後のもの。以下同じ。)等を徴収する旨の費用徴収額決定(以下「本件徴収額決定」という。)を受けるなどしたため、上告人(門真市)を相手に、その取消し等を求めた事案である。

 第1審では、Xが長男の勤労収入を届け出ていたか否かという事実認定に関する問題と、本件の事実関係の下で勤労収入に係る額の全額を法78条に基づき徴収する旨の決定をすることが裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものとして違法となるか否かが主として争われたが、原審では、これらに加えて、そもそも勤労収入のうち、これを届け出ていれば厚労省の通達に基づく基礎控除として収入認定から除外されていたであろう額に相当する額(以下「基礎控除相当額」という。) を法78条に基づく徴収の対象とすることが同条に基づく徴収権限を超えて当然に違法となるか否かが争点となり、上告審では主としてこの点に関する判断が問題となった。

2 事実関係等の概要

 (1) 門真市福祉事務所長は、平成17年10月、門真市内に居住していたXを世帯主とし、その長男を世帯員として、生活保護に係る保護開始決定をした。

 (2) Xの長男は、平成21年6月、賃金を翌月払とする条件で就労を開始し、同年7月から同22年8月までの間に、合計233万9835円の勤労収入(源泉徴収に係る所得税の額を控除した後のもの。以下「本件勤労収入」という。)を得た。しかし、Xは、長男の上記就労の事実を知りながら、同年7月頃に保護の実施機関による調査によって発覚するまで、所要の届出をしなかった。そのため、Xの世帯に関しては、本件勤労収入がないものとして、平成21年7月から同22年8月までの間に合計242万1640円の保護費(生活扶助、住宅扶助及び一時扶助)がXに支給された。

 (3) 門真市福祉事務所長は、平成22年10月、長男が同年9月と10月に支払を受けた勤労収入をXの世帯の収入として認定し、これによりXに対して支給した同年9月と10月の保護が過支給になったとして、当該過支給分を同年11月以降の保護費から分割して控除するとともに、長男の収入のうち収入認定の対象となる金額をXの世帯に係る同月以降の保護費から減額する旨の保護変更決定(以下「本件変更決定」という。)をした。

 (4) 門真市福祉事務所長は、本件勤労収入の届出がなかったため不正受給額が生じたなどとして、平成24年2月7日付けで、Xに対し、法78条に基づき、費用徴収額を235万9765円とする本件徴収額決定をした。この金額は、本件勤労収入の全額に、長男が平成22年11月と12月に得た勤労収入に係る額のうち事前の収入認定額(見込み額)を超えた額の合計1万9930円を加えたものであった。

 (5) 基礎控除とは、昭和36年4月1日付け厚生事務次官通知「生活保護法による保護の実施要領について」第8-3-(4)に基づき、保護の実施機関が、保護受給世帯の収入を認定する際に、被保護者の収入金額、居住地、同一世帯中で勤労収入等を得る者の数等によって定められた額を、届出がされた収入金額から控除する取扱いであり、勤労に伴って増加する生活需要を補塡することにより労働力の再生産を図るとともに勤労意欲の助長と自立助長を図ろうとするものである。

 なお、仮に本件勤労収入が適正に届け出られていたとすれば、本件勤労収入については基礎控除として合計38万4080円(以下、この額を「本件基礎控除額」という。)が長男の収入認定から控除されていたことになる。

3 訴訟の経過

 第1審は、長男の勤労収入はXの世帯の収入に当たるというべきであるとして、本件変更決定の取消請求を棄却するとともに、Xは当該勤労収入を適正に届け出ていなかったとして、本件勤労収入の全額に相当する額を法78条に基づき徴収することに裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるとはいえないと判断し、本件徴収額決定の取消請求を棄却した。

 これに対してXが控訴を提起したところ、原審は、第1審と同様に、本件変更決定の取消請求は棄却すべきものとした上で、①本件変更決定の後に長男が得た勤労収入の一部(上記2(4)の1万9930円)については法78条に基づく本件徴収額決定の対象に含めることはできないとして、本件徴収額決定のうち上記1万9930円に関する部分を取り消し、②本件勤労収入のうち本件基礎控除額に相当する部分(38万4080円)についても、同部分は本件勤労収入の申告を適正にしていれば収入と認定されなかったのであるから、これを不正受給額として法78条に基づき徴収することはできないとして、これを取り消し、③本件徴収額決定のうち、その余の部分(195万5755円)については、本件の事実関係の下において、これを法78条に基づき徴収することに裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるとはいえないとする第1審の判断を是認して、結論として、本件徴収額決定のうち195万5755円を超える部分(上記①と②に関する部分)を取り消した。

 そこで、Xが、敗訴部分(本件変更決定の取消請求に関する部分及び本件徴収額決定のうち上記③の部分)につき上告及び上告受理申立てをし、Yが、本件徴収額決定のうち上記②の部分につき上告受理申立てをした。最高裁判所第二小法廷は、Xの上告等については、上告棄却兼上告不受理決定をしたが、Yの上告受理申立てに基づき、本件を上告審として受理した。

 以上のとおり、本件における上告審の審理対象は本件徴収額決定のうち上記②に関する部分のみであり、具体的には、法78条に基づき本件基礎控除額に相当する金額を徴収することが当然に違法となるか否か、本件の事実関係の下において本件基礎控除額に相当する額を徴収することにつき裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるといえるか否かが問題となるところ、本判決は、いずれも否定する旨の判断をし、上記②の部分につき請求を棄却する旨の変更判決をしたものである。

4 説明

 (1) 法78条は、当時、「不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者があるときは、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の全部又は一部を、その者から徴収することができる。」と定めていたものであり、この点に関する厚労省の見解は、同条に基づく徴収の場合においては、保護の実施要領が定める収入認定の各規定に基づく各種控除(以下、単に「各種控除」という。)は適用されず、必要最小限度の実費を除き、全て徴収の対象とすべきとするものであった(中央法規『生活保護手帳別冊問答集2012年度版』(中央法規、2012)412頁)。

 会計検査院も、上記見解が適法であることを前提として、勤労収入のうち基礎控除相当額が徴収されなかった事例に対して改善処置要求を行うなどしていたところであり(会計検査院ウェブサイト「平成22年度の個別の検査結果」第3章第1節第8(4))、本件徴収額決定も、上記見解に沿ってされたものということができる。

 (2) 法78条に基づく徴収額決定において、徴収の対象となった勤労収入相当額から基礎控除相当額を控除しないことが違法か否かについて、明示的に争われた裁判例は、本件以外には見当たらない。

 もっとも、東京高判平成28・6・29(平成28年(行コ)第76号、公刊物未掲載。上告棄却兼上告不受理決定により確定)は、法78条に基づく徴収に当たっては、特段の事情がない限り、当該収入に係る税額、社会保険料等の必要最小限の実費のみを控除して徴収額を決定すべきであるとして、勤労収入から所得税、雇用保険料、社会保険料、交通費のみを控除した額の徴収を適法と判断しており、厚労省の前記見解と同旨の解釈に基づく裁判例といえる。

 他方で、このような解釈に反対する文献として、基礎控除が有する経費としての性格から、基礎控除相当額は法78条による徴収額から控除すべきであるとするもの(尾藤廣喜ほか編著『誰も書かなかった生活保護法』(法律文化社、1991)206頁)や、「就労に伴う必要経費的な部分(すなわち基礎控除のうち70%)は、実費に準じて78条による返還に当たっては控除されるべきであろう。」とするもの(尾藤廣喜ほか編『これが生活保護だ〔改訂新版〕―福祉最前線からの検証』(高菅出版、2006)219頁)等があった。

 (3) 原判決は、法78条に基づいて徴収することができるのは、届出がなかったために現に支給された保護費の額と、仮に適正な届出がされていれば支給されたであろう保護費の額との差額に限られるとの限定的な解釈(以下、便宜上、「差額説」という。)をした上で、仮に勤労収入についての適正な届出がされていれば当該勤労収入に対する基礎控除相当額については保護費が支給されていたはずであるから、当該基礎控除相当額は上記差額に含まれないとし、これを徴収することが個別事情の下における裁量権の範囲の逸脱又は濫用として違法となるか否かを判断するまでもなく、本件徴収額決定のうち基礎控除相当額を徴収すべきものとした部分(前記②に関する部分)を違法として取り消したものである。

 しかし、法78条は生活保護制度をその悪用から守ることを目的とするものであって(小山進次郎『改訂増補 生活保護法の解釈と運用〔復刻版〕』(全国社会福祉協議会、2004)822~823頁)、その文言上も、広範な徴収権限が行政庁に与えられていると解されるから、同条から差額説のような限定的な解釈が当然に導かれるわけではなく、収入を申告せずに不正に保護が受給された場合には、当該収入のうち資力として認定できるものは広く徴収の対象となると解して差し支えないように思われる。

 そして、基礎控除は、稼働に伴う生活需要の増加分を補塡するための必要経費と位置付けられてはいるものの、同時に勤労意欲の助長、自立助長という性格を併せ有していると説明されているところであり(前掲『別冊問答集』309~310頁)、必要最小限度の実費として取り扱われているわけではない。確かに、厚労省は、生活保護を開始するか否かを決定する際に、就労収入から実費のほか基礎控除相当額の7割を除いて収入を試算すべきものとしているが(『生活保護手帳2010』(中央法規、2010)286頁、前掲『別冊問答集』341~342頁)、これは保護の開始決定をするか否かという場面において、将来の収入の推定につき一定の基準を設けているものにすぎないものとも解される。社会保障審議会生活保護基準部会の資料においても、「可処分所得=最低生活費+基礎控除」として、基礎控除が可処分所得に位置付けられている(第4回社会保障審議会生活保護基準部会資料2「生活保護制度における勤労控除等について」7頁)。

 本判決は、概ね上記のような理解に基づき、基礎控除は、勤労収入の適正な届出がされた場合において、その額の全部又は一部を収入認定から除外するという保護の実施機関としての運用上の取扱いにすぎないことを確認した上で、法78条の上記目的に照らせば、適正な届出がされなかった場合にまで基礎控除相当額を被保護者に保持させておくべきものとはいえないと判断し、同条による徴収の際に基礎控除相当額を控除しなかったことが同条に照らし許されないわけではない旨を明らかにしたものと思われる。

 (4) 法78条に基づく徴収と似た制度として、法63条に基づく返還命令がある。これは、被保護者が、急迫等の場合において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県等に対して、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関が定める額を返還しなければならない旨を定めたものである。

 法63条は、被保護者の権利義務について定めた法の第10章に置かれた規定であって、保護の実施機関が受給者に資力があることを認識しながら扶助費を支給した場合の事後調整についての規定と解すべきものとされ(前掲『生活保護手帳2010』387頁)、返還すべき金額も保護の実施機関が定める額と規定されているから、そのような意味で、法7条から10条までの保護の原則の趣旨が及ぶものと解される。厚労省の見解も、法63条が適用される場合には、保護受給中に生じた勤労収入については基礎控除を含む各種控除を適用すべきとしている(前掲『別冊問答集』412頁)。また、法63条に基づく徴収処分については審査請求前置が適用され(法69条)、保護の実施機関としての専門技術的な裁量的判断に対する当否を含めた審査が前置される。

 これに対して、法78条に基づく徴収権限は、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長に対して付与されたものであり、本件のように福祉事務所の長にこの権限が委任されている場合であっても、当該福祉事務所の長は、保護費支弁者としての立場からの権限行使を委任されているものであって、保護の実施機関としての特性に基づく配慮をすることを当然に求められるというわけではない。

 この点につき、札幌地判平成20・2・4判例秘書は、「生活保護法63条の費用返還(中略)は、その規定等に照らせば、保護の目的達成という見地からの配慮が強く求められるものというべきであり、その返還額及び徴収額の決定に際しては、一定程度、相手方の資力が考慮されるべきものといえる。」、「他方、生活保護法78条の費用徴収は、主として保護の費用を支弁した都道府県又は市町村の財政支出の適正という見地から、保護の費用を支弁した都道府県又は市町村の長が、損害追徴としての性格を有する徴収額を決定して実施するものであると解される。このような上記費用徴収の性格からするならば、保護の目的達成という見地からの配慮の要請は必ずしも強くはなく、徴収額の決定に当たっても、被保護者の資力を考慮することを要しない」などと判示しているところであり、参考となる。

 (5) 本判決は、法78条に基づく徴収権限に関する以上の点に加えて、本件の事実関係の下においては、他に本件徴収額決定のうち本件基礎控除額に相当する額を徴収する部分を違法とすべき事情は見当たらず、同部分は適法であると判示しているが、これは、本件徴収額決定のうち同部分について、裁量権の範囲の逸脱又は濫用として違法があるとはいえない旨を判断したものと解される。

 法78条が制度の悪用から生活保護制度を守ることを目的として広い裁量権を行政庁に付与したものと解されることからすると、基礎控除相当額を徴収することが個別の事実関係の下で裁量権の範囲の逸脱又は濫用として違法となるという事態は、あまり多くは想定されないように思われる。

 本件では、長男が勤労収入を得るようになってからも、その住居費、水道光熱費、食費等はXが受給した生活扶助から支出していたという事情があったことがうかがわれるが、そのような事情は世帯内部のものといわざるを得ず、これをもって基礎控除相当額の徴収が違法となるということはできないであろう。本判決もそのような理解に基づいて上記の判断をしたものと解される。

 本判決は、法78条に基づく徴収額決定に係る徴収額の算定に当たり、届出のなかった勤労収入相当額から基礎控除相当額を控除することが違法であるか否かについて、最高裁が初めて判断を示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有すると考えられる。

 なお、法78条は平成25年法律第104号により改正されて生活保護法78条1項とされ、徴収金に40%の上乗せができるようになるなどの改正がされているため(平成26年7月1日施行。同施行日以後に支弁された保護費の費用については上記改正後である生活保護法78条1項が適用され、同施行日の前に支弁された保護費の費用については上記改正前である法78条が適用される。改正附則11条1項)、その点につき留意が必要である。

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