日本企業のための国際仲裁対策(第26回)
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第26回 国際仲裁手続の中盤における留意点(1)-主張書面の提出等
1. 概要
今回から、国際仲裁手続の中盤における留意点について解説する。
中盤というのは、各当事者が書面による主張立証を行う段階であり、また、事案によっては、証拠収集(ディスカバリー)が行われる段階である。当事者双方が書面での主張立証を基本的に尽くした上で、終盤であるヒアリングに進み、そこで口頭での議論や、証人尋問を行うというのが、国際仲裁における一般的な手続の流れである。
書面による主張立証としては、①主張書面の提出、②書証(documentary evidence)の提出、③陳述書(witness statement)の提出、④専門家の意見書(expert report)の提出が主なものである。今回は、①主張書面の提出について論じ、他の点については、次回以降に論じる。
2. 主張書面の提出
(1) 仲裁法及び仲裁規則の定め
主張書面の提出については、仲裁法も仲裁規則も、多くのことは定めていない。基本的には、法律及び規則によって予め定めるのではなく、事案毎に、仲裁人の判断又は当事者の合意によって定めるべき事項という扱いである。
実際、日本の仲裁法は、31条及び32条において主張書面に関する定めを設けているが、その内容は、仲裁廷が定めた期限内に提出することと(31条1項及び2項)、主張の変更又は追加が許されうることと(同条3項)、主張書面の提出につき当事者が別途の合意をした場合は、その合意が優先すること(同条4項)、当事者は、主張書面を仲裁廷に提出した場合には、他の当事者がその内容を知ることができるようにしなければならないこと(32条4項)といった程度である。
なお、ICC(国際商業会議所)の規則では、主張書面に関する規定は特に設けられていない。
JCAA(日本商事仲裁協会)の規則では、「主張書面の提出」という表題の規定が設けられているものの、そこで定められていることは、当事者が所定の期間内に法律及び事実に関する主張を記載した書面を仲裁廷に提出しなければならないことと(47条1項)、仲裁廷が主張書面の受領を確認しなければならないこと(同条2項)のみである。
SIAC(シンガポール国際仲裁センター)の規則では、主張書面の記載事項について定めているが、そこで記載事項とされているのは①主張の根拠となる事実の陳述、②主張の根拠となる法的根拠又は法律論、③請求内容及び、金銭化できる請求については請求金額という程度である(20.2項から20.4項)。HKIAC(香港国際仲裁センター)の規則でも記載事項について定めているが、そこで記載事項とされているのは上記①から③に加えて、④当事者の名称、住所、電話番号、ファックス番号及び電子メールアドレスと、⑤争点の内容という程度である(16.2項、17.3項)。
(2) 主張書面の提出回数
主張書面としては、一般に次のものがある。
- ・ Statement of Claim-申立人が提出する、最初の主張書面である。
- ・ Statement of Defence-被申立人が提出する、反論の主張書面である。被申立人が反対請求(counterclaim)を申し立てている場合には、これについても主張を記載することが一般的であり、その場合の表題は、Statement of Defence and Counterclaimとなる。
- ・ Statement of Reply-申立人が提出する、再反論の主張書面である。被申立人が反対請求を申し立てている場合には、これについても反論の主張を記載することが一般であり、その場合の表題は、Statement of Reply and Statement of Defence to Counterclaimとなる。
- ・ Statement of Rejoinder to Counterclaim-反対請求が申し立てられている場合に、被申立人が提出する、再反論の主張書面である。
以上のとおり、主張書面の提出回数は、請求する側が2回、請求を受ける側が1回というのが、国際仲裁における典型的なものである。但し、これは絶対的なものではなく、更に追加して主張書面の提出が認められることもある。
また、ヒアリングの後に、当事者双方が、最終主張書面(Post-Hearing Brief)を提出することも、一般的に行われていることである。
(3) 争点毎の主張書面の分割
主張書面は、争点毎に分割して提出が求められることもある。「bifurcation」といわれる手続の進め方である。例えば、責任論と損害論を分け、先に責任論についてのみ主張書面を交わし、その後損害論について主張書面を交わすという進め方である。また、準拠法がが争われている場合に、この点について主張書面を交わし、準拠法が何れの法律であるかについて決着をつけた上で、請求の実質的な部分に関する主張書面を交わすという進め方もある。
このような「bifurcation」を行うか否かは、いずれがより効率的な審理となるかという観点から、事案毎に判断される。
(4) 申立書及び答弁書との役割分担
第7回の3項で述べたことであるが、申立書における記載の程度には二通りがある。一つは必要最小限の記載に留めるというものであり、他の一つは、実質的な議論を展開するというものである。後者の場合、申立書と、申立人の最初の主張書面(Statement of Claim)が、内容的に重なることになる。申立人としては、申立書において十分な主張が展開できていると判断する場合には、最初の主張書面を提出せず、申立書がStatement of Claimを兼ねると扱うこともできる。
被申立人についても同様で、第10回の2(4)項で述べたとおり、答弁書には、必要最小限の記載に留めるものと、実質的な議論を展開するというものがある。仮に、被申立人として、答弁書において十分な主張が展開できていると判断する場合には、反論の主張書面(Statement of Defence)を提出せず、答弁書がStatement of Defenceを兼ねると扱うこともできる。
(5) 日本及び米国の民事訴訟との比較
国際仲裁において主張書面は、重要な意味を持つ。この点で、日本の民事訴訟と共通する。
国際仲裁では、ヒアリングにおいて口頭の議論も行われるが、これは主張書面に即した形で行われる。仲裁人は、多くの場合弁護士等の法律の専門家であり、ヒアリングに先立ち主張書面を十分に検討している。そのためヒアリングの段階では、仲裁人は争点を明確に意識しており、また、請求を認めるか否かに関する心証も、相当程度形成されていることが多いと思われる。ヒアリングはもちろん重要であるが、これだけで結論が決まる訳ではなく、主張書面は重要な意味を持っている。
この点では、米国の民事訴訟と異なっている。米国の民事訴訟では、訴え却下の申立て(motion to dismiss)の場面等、主張書面が重要な役割を果たす場面もあるものの、トライアルでの陪審員による判断は、基本的に口頭での議論と、書証の提示、証人尋問に基づく判断である。この陪審員による判断に関しては、主張書面が関与するものではない。
国際仲裁における主張書面の記載方法は、言語の違いを捨象するならば、基本的に日本の民事訴訟における主張書面の記載方法と共通で、具体的な事実を記載し、これに法律をあてはめるというものである。説得的な主張書面を作成するために留意するべき事項も、例えば、客観的事実を具体的に、かつ流れの良いストーリーの形で積み上げることが重要という点は、日本の民事訴訟と国際仲裁に共通である。理屈よりも具体的な事実の方が伝わりやすいというのは、万国共通のようにに思われる。
なお、日本の民事訴訟との違いを挙げるならば、国際仲裁においては、主張書面の提出回数が一般に少ないため、一度に網羅的な主張を展開する傾向にあると言える。但し、説得力ある議論のためには、焦点が分散することは望ましくないため、要点を明確に意識して主張書面を作成することに留意する必要がある。
以 上