◇SH1054◇実学・企業法務(第31回) 齋藤憲道(2017/03/09)

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実学・企業法務(第31回)

第1章 企業の一生

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

(4) 情報(知的財産、経営情報)

1) 知的財産権

(4) 知的財産権の価値とその評価
 M&A・知的財産権の売買・銀行融資・知的財産の証券化・上場審査等を行う際には、取引対象の価値を評価するために知的財産のDD(due diligenceの略。デュー・デリジェンス)を行う。
 知的財産権の価値評価にはさまざまな方法がある[1]が、決定的なものはなく、その財産を事業に用いてどれだけの付加価値を生み出すかが重要である。
 DDには客観性が求められるため、社内の関係部門だけでなく、弁護士・弁理士・公認会計士他の外部の専門家を起用して行うことが多い。

  1. 〔知財DDの対象になる主な項目〕
  2.   権利内容の確認(権利の帰属、有効性、事業との関連性)、資産価値の評価(定量的、定性的)、契約条件の確認(出資者・経営者の変更〈Change of Control〉が発生した場合の解除条件等)、M&A等の実施に必要な契約更新・公正取引委員会等行政への届出、知財管理体制の把握(権利取得、クレーム・警告への対応等)、リスクの洗い出し(無効審判、第三者の権利の侵害・警告書受領、独禁法違反、職務発明訴訟、第三者から侵害されている自社の権利等)、DD作業終了後に「秘密保持義務」の対象にする事項の確認。

 知的財産権の有効性及び侵害の懸念等の潜在リスクは重要な評価項目である。特に米国の知財訴訟[2]で被告になると、地元に有利な判断をする傾向がある陪審制度、故意や不誠実と見なされた場合の懲罰的3倍賠償、巨額な弁護士費用等の理由により、リスクが大きいと評価される。
 DDの結果は、契約条件(取引価額、表明・保証条項、補償条項、義務履行の前提条件、免責条項等)等に反映される。

(5) 企業における発明・著作の帰属
 発明者・著作者と所属組織の間の権利の帰属については、しばしば紛争が生じ、法律等が整備されてきた。
 例えば、大学等の研究成果についてみると、現在では、知財立国を旗印として大学等に技術移転機関(TLO)が設置され、TLO法(大学等技術移転促進法)[3]を推進して、産業技術の向上・新規産業の創出・大学等の研究活動の活性化が図られている。
 TLO事業(特定大学技術移転事業)では、(a)企業化候補の発掘、(b) 研究成果情報の提供、(c)特許権等の民間への実施許諾、(d)実施料等収入の環流、(e)研究成果の効率的な移転に必要な経営助言等の事業が行われている。

  1. (注) 以前は、「応用研究を目的とする特定の研究課題のもとに、当該発明に係る研究を行うためのものとして特別に国が措置した研究経費を受けて行った研究の結果生じた発明」や「特別の研究目的のため設置された特殊な大型研究設備を使用して行った研究の結果生じた発明」[4]は、権利が国に帰属する代表的な事例とされていた。

 ( i ) 職務発明
 2015年に特許法35条が改正されて、次の①~③が定められた。

  1. ① 権利帰属の不安定性を解消するために、契約・勤務規則・その他の規程等で予め会社等が特許を受ける権利を取得することを定めたときは、特許を受ける権利は、その発生時から会社等に帰属する。
  2. ② 社員等は、特許を受ける権利等を会社等に取得等させた場合には、相当の金銭その他の経済上の利益を受ける権利を有す。
  3. ③ 経済産業大臣は、前記②の「相当の金銭その他の経済上の利益」の内容を決定するための手続に関する指針を定める[5]
     
  4. (参考)
      職務発明制度は国により異なる。例えば、イギリス・フランス[6]は権利を会社側に原始的に帰属させるのに対して、ドイツは会社側に権利移転請求権を与え、米国は契約[7]により定める。

 (ⅱ) 職務著作
 著作権法は、法人等の発意に基づいて従業者が職務上作成する著作物で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者、および、法人等の発意に基づいて従業者が職務上作成するプログラムの著作物の著作者は、いずれも(作成時に契約・勤務規則他に別段の定めがない限り)法人等としている。(15条1項、2項)

(6) 法律上の保護の強化
 知的財産権の保護に関しては、各国で民事・行政・刑事の各分野において整備・強化が行われている。
 日本では1990年代末から特許法・実用新案法・意匠法・商標法・著作権法・不正競争防止法(営業秘密)が繰り返し改正され、知的財産権の保護が民事・行政・刑事の面で強化された。

  1. 民事的保護の強化(例)
  2. ・ 被害金額の算出、ライセンス料相当額の推定、具体的態様の明示義務、書類提出命令とインカメラ手続き、計算鑑定人制度、裁判所による立証が極めて困難な場合の損害額の認定等の制度を導入。
     
  3. 行政的保護の強化(例)
  4. ・ 関税法に基づいて、特許権・商標権・営業秘密等の侵害物品の輸出・輸入を税関で差し止める「水際措置」の制度を導入。
     
  5. 刑事的保護の強化(例)
  6. ・ 特許法・商標法等で違反行為に対する最高刑を、初期の「3年以下の懲役又は300万円以下の罰金」から段階的に「10年以下の懲役又は1,000万円以下の罰金」に加重。
  7. ・ さらに、営業秘密侵害については「10年以下の懲役又は2,000万円以下の罰金。海外重課3,000万円以下」と加重し、かつ、「不当な報酬の裁量的没収」を追加する[8]と共に、刑事裁判における営業秘密の秘匿手続きを導入。


[1] コスト・アプローチ、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ等

[2] アメリカの民事訴訟ではトライアル(trial正式事実審理)に先ってディスカバリー(discovery開示手続き)が行われ、質問書・証言録取・文書開示要求等の手続きによって事案に関係する広範囲で膨大な証拠の提出が義務付けられる。連邦民事訴訟規則(Federal Rules of Civil Procedure)26条(a)、(b)参照。

[3] 「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」の略称。1998年5月制定

[4] 1978年3月25日、各国立学校長・各国立大学共同利用機関長宛の、文部省学術国際局長・文部省大臣官房会計課長通知「国立大学等の教官等の発明に係る特許等の取扱いについて」

[5] 2016年4月22日に経済産業省告示「特許法第35条第6項に基づく発明を奨励するための相当の金銭その他の経済上の利益について定める場合に考慮すべき使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況等に関する指針」として公表された。

[6] フランスは、雇用契約に明示された職務・研究については会社側の原始取得を認めるが、業務に関連するそれ以外の発明等については、原始取得ではなく権利移転請求権を認める。

[7] 業務対象を特定して雇用された場合は自動移転、一般的に技術開発を行うための雇用では無償通常実施権が与えられる。

[8] 2015年の不正競争防止法改正において加重された。

 

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