◇SH1087◇日本企業のための国際仲裁対策(第31回) 関戸 麦(2017/03/30)

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日本企業のための国際仲裁対策(第31回)

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

第31回 国際仲裁手続の中盤における留意点(6)-ディスカバリーその1

1. 英米法と大陸法の違い

 今回から国際仲裁におけるディスカバリー(証拠収集手続)について解説するが、その前提として、まずディスカバリーに関する英米法と大陸法の違いについて確認する。

 英米法のディスカバリーは、一般に、大陸法よりも広い範囲でディスカバリーを認めている。特に米国の民事訴訟におけるディスカバリーの対象は広範であり、ディスカバリーのために多大な労力と費用が費やされる。例えば、関係者のパソコンに保存されている電子データが基本的に全てディスカバリーの対象となることも一般的である。また、デポジション(証言録取)という、相手方関係者に対して、直接口頭で質問を行い、その証言を得る機会が与えられるところ、この点に関する連邦民事訴訟規則の定めは、原則として、各当事者が、それぞれ相手方関係者のうち10名までデポジションを行うことができ、その所要時間は1名あたり7時間まで許容されるというものである。しかも、裁判所の許可又は当事者の合意があれば、更に多くの人数についてデポジションを行う余地も、また、所要時間を7時間以上とする余地もある。

 これに対し、ドイツ、フランス、日本といった大陸法の国においては、米国のような広範なディスカバリーは存在しない。基本的には、相手方当事者からの証拠収集が認められるとしても、必要性が高い特定の文書等に限って証拠収集を認めるというものである。大陸法における証拠収集手続は、英米法のディスカバリーと比べると(特に米国のディスカバリーと比べると)謙抑的である。

 

2. 国際仲裁におけるディスカバリーの基本的枠組み

 国際仲裁におけるディスカバリーは、画一的に決められている訳ではなく、英米法型、大陸法型のいずれともなり得る。というのも国際仲裁においては、第3回の2項で述べたとおり、手続の進め方について当事者の合意が尊重されるからである。当事者が英米法型で合意すれば英米法型となり、当事者が大陸法型で合意すれば大陸法型となる。さらには、当事者の合意で、ディスカバリーを排除することもできる[1]

 また、当事者の合意がない場合も、ディスカバリーのあり方は基本的に仲裁廷の裁量に委ねられるため[2]、仲裁廷の判断次第で英米法型、大陸法型のいずれともなり得る。なお、一般論としては、仲裁廷の手続の進め方は、仲裁人の母国の裁判手続の影響を受けやすいと言われており、英米法の国出身の仲裁人は英米法型の手続となる傾向があり、大陸法の国出身の仲裁人は大陸法型の手続となる傾向があると言われているが、もちろん絶対的なことではない[3]

 但し、一つ言えることとしては、米国の民事訴訟法程の広範なディスカバリーは、国際仲裁では一般的ではない。筆者が認識する限り、国際仲裁においてデポジションが行われることは、それほど多くはない。第27回で述べたとおり、国際仲裁の実務では、IBA(国際法曹協会)が作成したIBA証拠規則(IBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitration)[4]が広く受け容れられているところ、IBA証拠規則にもデポジションに関する規定はない。

 また、IBA証拠規則は、文書提出要求に関しても、対象文書の特定を求め、かつ、当該仲裁事件との関連性のみならず、当該仲裁事件の結果にとって重要であることの記載を求めている。これは、米国の民事訴訟において、対象文書の具体的な特定が必要とされず、また、判決等の結果にとって重要であることは要件として求められていないことと比べると、IBA証拠規則は、文書提出の範囲を限定する方向と解される。

 なお、国際仲裁におけるディスカバリーには、仲裁手続の中で仲裁廷の指揮の下で行われるディスカバリーに加えて、仲裁地の裁判所の手続によるディスカバリーもある。さらに、米国の裁判所は、米国が仲裁地ではない仲裁手続のためにも、ディスカバリーを行うことがある。

 次回以降においては、仲裁手続内でのディスカバリーについてより具体的に解説し、また、仲裁地の裁判所の手続によるディスカバリーと、米国の裁判所の手続によるディスカバリーについても解説する。

以 上



[1] 但し、筆者が担当した案件では、仲裁条項においてディスカバリーが排除されていたものの、仲裁廷より、この点の見直しについて協議することを希望するかという問いかけが、当事者双方に対してあった。すなわち、一旦仲裁条項において、ディスカバリーの排除について合意したとしても、仲裁手続開始後の当事者の協議によって、この点が修正される可能性が皆無ということではない。

[2] ディスカバリーのあり方について、仲裁機関の仲裁規則は具体的に定めてはいない。その結果、仲裁廷の裁量に委ねられることになる。

[3] 仲裁人は、一般に円滑な手続進行を志向し、当事者双方の意向を支障のない範囲で尊重しようとする。そのため、ディスカバリーについても、自国の手続を強硬に進めるというよりは、当事者双方の意向を踏まえて落ち着きの良いところで、柔軟に対応することが多いと考えられる。

[4] IBAのホームページで入手可能である。ここでは、英文のみならず、日本仲裁人協会が作成した和訳も入手可能である。
  http://www.ibanet.org/Publications/publications_IBA_guides_and_free_materials.aspx

 
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