◇SH1170◇ブラジルの社会負担金の計算に関する近時の連邦最高裁判決について 古梶順也(2017/05/18)

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ブラジルの社会負担金の計算に関する近時の連邦最高裁判決について

西村あさひ法律事務所

弁護士 古 梶 順 也

 

1. はじめに

 2017年3月15日、ブラジル連邦最高裁判所において、納税者が負担する社会保険融資負担金(Contribuição para o Financiamento da Seguridade Social, “COFINS”)及び社会統合計画分担金(Programa de Integração Social, “PIS”)の額を計算する際の基礎となる総収入額に商品流通サービス税(Imposto sobre Circulação de Mercadorias e Prestação de Serviços, “ICMS”)[1]に相当する部分を含めるのは憲法違反である旨の判決(以下「本連邦最高裁判決」という。)が出された。

 本連邦最高裁判決は、納税者にとって有利に働くものであり、ブラジルに進出している日本企業の納税に大きな影響を与えることから、本稿において、その概要につき説明する。

 

2. 従前の議論

 COFINS及びPISは、国民の医療や年金及び弱者救済の財源とすることを目的として連邦国税庁によって徴収される社会負担金の一種である。COFINSは、社会保障や医療・福祉の財源として使用する目的で徴収される社会負担金で、基本的には、法人税の納付形式が累積方式の場合には総収入額の3%が、累積排除方式(付加価値税方式)の場合には総収入額の7.6%が徴収される。他方、PISは、民間企業の労働者の失業保険や金銭的援助の財源として使用する目的で徴収される社会負担金で、基本的には、法人税の納付形式が累積方式の場合には総収入額の0.65%が、累積排除方式(付加価値税方式)の場合には総収入額の1.65%が徴収される[2]

 かかるCOFINS及びPISの額を計算する際の基礎となる総収入額を算定するにあたって、ICMSの金額を控除できるかどうか(以下「本論点」という。)について、納税者と税務当局との間で長い間争われていた。税務当局サイドは、ICMSとして徴収される部分であってもあくまで商品等を販売する際に受領する収入に該当するのであるから社会負担金の額の計算の基礎となる総収入額に含めるべきと考えている一方で、納税者サイドからは、ICMSの金額に相当する部分は、管轄を持つ州にそのまま支払いがなされるものであるのだから、COFINS及びPISの額の計算の基礎となる総収入額に含めるべきではない、と主張されていた。

 

3. 本連邦最高裁判決の留意点

(1) 本論点に関する結論

 2017年3月15日、連邦最高裁は、本論点が争われている他の係属中の訴訟に影響を与える事件について判決を下す際に、ICMSの金額に相当する部分をCOFINS及びPISの額の計算の基礎となる総収入額に含めるのは憲法違反である旨の判断を下した[3]

 この結果、本論点に関する論争は、終結したと考えられる。

(2) 過去に徴収されたCOFINS及びPISの還付について

 しかしながら、過去に納付したCOFINS及びPISの額のうち、ICMSの金額を基礎とする部分の還付請求が認められるかどうかについては未だ明確ではない。

 まず、ブラジルにおける租税の還付請求権の時効期間は原則として5年間である。

 しかしながら、ブラジル法上、連邦最高裁は、適切と認める場合に、その判決の影響力を限定したり、その判決の適用対象について時的制限を設定することができるとされている。そして、本連邦最高裁判決が出された後、連邦政府は、過去に納付済みのCOFINS及びPISの金額と当該判決に基づき再計算したCOFINS及びPISの金額の差額を全額還付した場合の金額は2400億ブラジルレアル(これは、ここ数年の連邦政府の財政赤字を超える金額である。)に相当する旨を明らかにし、還付金額が多額に上ることを理由として、税務当局サイドは、当該判決を2018年1月1日以降将来に向かってのみ適用するように連邦最高裁に主張している。連邦最高裁がこれを認める場合、過去に納付済みのCOFINS及びPISの金額と本連邦最高裁判決に従い再計算したCOFINS及びPISの金額の差額の還付請求ができなくなることになる。

 かかる判決の効力に関する連邦最高裁の態度は未だ明確ではない[4]

 なお、直近の類似のケースにおいては、連邦最高裁において、上記のような判決の効力に制限を設けることは否定されている。また、過去の還付額が多額に上るケースにおいて、(判決の効力に制限を設けることにより判決に反して徴収された税金の還付を否定するのではなく)分割払いによって税金の還付を行ったケースもある。

 また、過去の裁判例に照らすと、税務当局サイドの主張が認められて本連邦最高裁判決の効力に制限が設けられることになっても、当該判決が出されるまでに訴訟を提起し、本論点について争っていた納税者に関しては、COFINS及びPISの還付請求権が保護されるのが通常であるというのが現地ブラジル法弁護士の見解である。

 いずれにせよ、還付請求には5年間の時効期間があるため、より早く還付請求に係る訴えを提起した方がより多くの期間に係るCOFINS及びPISの還付を受けられるようになる等の理由から、当該判決の効力に関する連邦最高裁の判断を待たずに、速やかに必要な訴えを提起することが検討に値する。

(3) 将来的な税率引上げの可能性

 また、本連邦最高裁判決による将来に渡る税収の減少を防ぎ、また、過去5年間の社会負担金の還付によるインパクトを縮小するために、政府が、将来的に、COFINS及びPISの税率を引き上げる可能性がある。過去に、連邦最高裁が、商品の輸入に関する課税標準にICMS並びにCOFINS及びPISの金額を含めるのは憲法違反である旨の判決を出した際には、連邦政府は、その直後に、商品の輸入に課せられるCOFINS及びPISの税率の引上げを決定した。

(4) 類似の論点について

 最後に、(i) COFINS及びPISの額の計算の基礎となる総収入額から市税であるサービス税(Imposto sobre Serviços, “ISS”)を除外することの可否及び(ii)総収入額に基づき算定される社会保険院(Instituto Nacional de Seguridade Social, “INSS”)に対する負担金の額の計算の基礎からISS並びにICMSを除外することの可否、といった類似の税務上の論点に関しても、本連邦最高裁判決と同様の理解に基づき、納税者にとって有利な判決が下される可能性があるので、関連する訴訟の動向にも留意する必要がある。

以 上

 

  1. (注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。


[1] ICMSは、商品の流通や州間•都市間の運輸、通信サービスに対して各州により課せられる一種の付加価値税であり、税率は州により異なる。

[2] COFINS及びPISの詳細な税率及び税額の計算方法については本稿においては割愛する。

[3] 本連邦最高裁判決は、特別上告第574706号(Recurso Extraordinário 574706)に対する判断という形で出された。

[4] 判決の効力に制限を設けることについて当事者からの明確な申立てがなかったために、連邦最高裁は、本連邦最高裁判決においてこの点に関する判断を下さなかったとされている。今後、税務当局サイドから、連邦最高裁に対して、判決の効力に制限を設けるかどうかについての確認を求める正式な申立てが出されることが予想されるが、現時点において当該申立ては確認できていない。

 

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