◇SH0987◇ブラジルの贈収賄防止規制の基礎 安部立飛(2017/01/30)

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ブラジルの贈収賄防止規制の基礎

西村あさひ法律事務所

弁護士 安 部 立 飛

 

1 はじめに

 トランスペアレンシー・インターナショナルが公開している腐敗認識指数によると、中南米では、ウルグアイ、チリが腐敗度が低いと判断されてはいるものの、ほとんどの国が腐敗度が高いと判断されており、ブラジルは対象168ヶ国中76位にランクされている[1]

 実は、2014年版[2]では、ブラジルは69位にランクされていた。したがって、2015年版では順位が下がったことになる。これは、ブラジルで2014年に開始されたラヴァ・ジャト作戦(ポルトガル語で「洗車」の意)による一連の事件摘発が影響しているものと思われる。ラヴァ・ジャト作戦は贈収賄等組織犯罪の一斉摘発を目的とする作戦で、その作戦の結果摘発された事件のうち最も世を騒がせたのが、中南米最大の石油会社であるペトロブラス社と国会議員の癒着である。ペトロブラス社の幹部や国会議員らが多数逮捕され、大統領の退陣を求める大規模なデモまで誘発したこの事件は、ブラジルの政財界を揺るがしただけでなく、外国の経済にも大きな影響を与えた。

 このような近時の状況を踏まえた上で、以下では、ブラジルの贈収賄防止規制の概要を説明する。

 

2 適用法令

(1) ブラジル刑法

 ブラジル刑法333条は、贈賄罪として、公務員に対し、その職務に係る行為を行い、若しくは行わず、又は遅延させるようにする目的で、不正な利益を提供又はその提供を約束した者は、2年以上12年以下の懲役及び罰金を科す旨規定している。

 次に、同法317条は、収賄罪として、自己又は第三者のために、その職務に関連して、直接又は間接に、不正な利益を要求、又は収受し、若しくは収受を約束した者は、当該行為が、その職務の遂行時ではなく又はその職務に就任する前に行われたものであったとしても、2年以上12年以下の懲役及び罰金を課す旨規定している。

 これらのほか、同法316条が不正な利益の要求罪(2年以上8年以下の懲役及び罰金)を、同法332条があっせん収賄罪(2年以上5年以下の懲役及び罰金)をそれぞれ規定している。また、外国公務員への贈賄についても、同法337-B条がこれを規制している(1年以上8年以下の懲役及び罰金)。

 なお、同法では、法人を処罰の対象としていない。法人については、次に紹介する腐敗防止法が、その国内外における贈賄行為を規制している。

(2) 腐敗防止法

 クリーン・カンパニー法とも呼ばれる腐敗防止法は、2014年1月29日より施行されており、本拠地を問わず、ブラジルで事業活動を行う全ての会社等に適用される。同法は、公共機関に対する有害行為を広く規制するものであり、国内外の公務員又はその関係者に対する直接間接の不適切な利益の約束、申入れ又は提供を禁止しているほか、そのような不正行為に対して資金を援助することや、不正行為による最終的な利益の保持者を隠ぺいするため第三者を利用すること、入札手続において欺罔を行うこと、当局による調査・監査を妨害することなども禁止している(同法5条)。このような有害行為による法的責任は、当該会社等の経営者や従業員によって行われた場合だけでなく、代理人や親会社・子会社、コンソーシアムを構成する会社によって行われた場合においても、当該会社等がそれを負う可能性がある。さらには、被買収会社において有害行為が行われていた場合についても、買収会社がその法的責任を承継して負う可能性もある。このように、同法は、その実行主体及び対象行為がかなり幅広く補足されているところに特徴がある。

 有害行為によって会社等が負いうる法的責任には、行政上の責任(同法6条)及び司法上の責任(同法19条)がある。

 行政上の責任としては、当局の手続が開始された年の直前事業年度における総売上高の0.1%ないし20%に相当する金額の制裁金が課される。ただし、有害行為によって得られた利益の金額が算定できる場合にはその金額が制裁金の最下限となり、また、総売上高の基準を適用できない場合においては6000レアルないし6000万レアルの制裁金が課されることになる。ちなみに、制裁金については、違反の重大性や、違反者が得た又は企図した利益の内容、違反行為の現実化の有無、発生した又は発生する可能性のあった損害の程度、違反行為により生じた悪影響、違反者の置かれている経済的状況、調査への協力的姿勢の有無、内部のコンプライアンス体制・監査体制・通報体制等の整備状況、損害を被った公共機関・団体との間で締結されていた契約の価値などが総合的に勘案されて、その金額が定まる(同法7条)。このような制裁金のほか、行政上の責任として、違反会社等に対する不利益な決定のメディア媒体による公表等が規定されている。

 司法上の責任としては、有害行為から直接間接に得られた利益又は便益を表象する財産、権利又は価値の没収、事業活動の全部又は一部の停止、当該会社等の強制的な解散、1年間ないし5年間政府機関や政府の管理下にある金融機関等からの助成金、補助金、交付金、寄付金、又は、借入金の受領禁止が挙げられる。

 以上の行政上の責任及び司法上の責任にはリニエンシー制度があり(同法16条)、最初の申告であること、有害行為を中止すること、有害行為に関与したことを認めること、当局の調査に積極的に協力することを条件として、それらの責任の減免が認められている。

 

3 まとめ

 以上のように、ブラジルでは贈収賄に対して極めて厳しい規制が昨今敷かれている。特に会社等の厳格な責任を定める腐敗防止法との関係では、昨今の当局の贈収賄撲滅の動きの活発化も鑑みると、ブラジルで事業活動を行う場合には、自己の行為が違法行為に該当しないことを確認することはもちろんのこと、関係会社の行為についても、適切な贈賄デューデリジェンスを行うことによって、その活動の適法性を担保していく必要がある。また、実際に当局から調査を受けた場合にはリニエンシー制度等を利用して迅速に防御を行う必要がある。

以上

 

(注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。



[1]    2015年版(http://www.transparency.org/cpi2015)。なお、2016年版は、本年1月25日に公開が予定されている。

 

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