実学・企業法務(第49回)
第2章 仕事の仕組みと法律業務
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
3. 製造・調達
(6) 環境保護
工場は、所在地域の環境の汚染・破壊の発生源になってはならない。日本では、1970年代までの高度経済成長期に四大公害病[1]をはじめとする多くの公害問題が発生した反省から、公害防止のための多くの法令[2]が制定されている。
法定基準を上回る大気汚染・水質汚濁・土壌汚染・騒音・振動・地盤沈下・悪臭等が生じないように、工場の製造ラインや環境維持装置などを整備[3]するのは、事業を継続するための必須条件である。
a. 廃棄物処理
工場で発生した不良品や廃材・廃液等の産業廃棄物の処理は、処理業の許可・処理施設設置の許可・廃棄物処理基準等を定める法令[4]に従って行う。
廃棄物は、排出した事業者が自己責任で処理するのが原則だが、自ら処理できない場合は、廃棄物の収集・運搬・処分[5]を業とする許可(一般廃棄物は市町村長、産業廃棄物は都道府県知事・政令市長)を得ている者に委託する。
廃棄物の処理を外部委託する排出事業者は、①文書で廃棄物処理業の許可を有する処理業者に委託し、②産業廃棄物管理表(マニフェスト)制度に従って最終処分まで把握し、③多量排出事業者[6]に該当する場合は処理計画を作成しなければならない。
なお、廃棄物の焼却は、政令等で定めるものを除き、原則として禁止されている。
産業廃棄物を人目につかない山中等に不法投棄する産廃業者が後を絶たず、しばしば社会問題になる。廃棄を委託する側も、廃棄業者選定の是非が問われることを肝に銘じたい。
b. 国際認証ISO
工場では、大量の資源とエネルギーを使用することが多く、地球温暖化ガス排出量削減等の環境保護対策の取り組みも盛んである。
多くの日本企業が取得している国際認証ISO14000[7](環境マネジメントシステム)シリーズは、環境マネジメントシステムを中心として、環境監査・環境パフォーマンス評価・環境ラベル(タイプⅠ、タイプⅡ、タイプⅢ)・ライフサイクルアセスメント[8]等の規格で構成される経営管理システムである。
(7) 海外生産
日本のメーカーが海外で生産を開始するのには、①現地市場を獲得し(地産地消指向、輸入規制対応等)、②グローバル競争力(開発力、設計力、製造コスト力等)を確保する、という2つの大きな目的がある。
外国で新工場を建設する場合は、その国の法令や社会インフラ等、日本と異なる操業の条件や規制を事前に十分確認する必要がある。
国内生産を海外にシフトする場合は、材料・部品等のメーカー(下請けを含む)の同時進出も検討しなければならない。
発展途上国では、現地政府の企業誘致に応じて、輸出加工区[9]や工業団地等に進出する例も多い。しかし、工業団地の整備や現地材料の調達等は当初の計画通りに進まないことが多く、新工場の責任者は、社内外の関係者との連携を密にして臨機応変の対応をしながら生産・出荷の開始を目指すことになる。
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(注) 発展途上国で必要なリスク感覚
多くの発展途上国では、先進諸国のように企業活動に関する法令が整備されていない。これらの国々では、法令を解釈するだけの法務では仕事ができず、現地の不透明な商慣行の中で正道を踏み外さないリスク感覚と実行力を持つ者が求められる。
海外工場が強い国際競争力を有するためには、上質な部品・材料の安定調達が不可欠であり、これらは現地調達するのが望ましい。品質・性能・納期等が重要な部品については、自社の現地工場で内製化することもある。この内製化には、本社工場から移転する生産技術や製造ノウハウ等を受け取る現地の人材と仕入先の育成・確保が必須である。
海外工場の運営では、現地の文化・慣習・法令に適応する必要性から、地元の行政機関・法律事務所・会計事務所等の助言が欠かせず、本社からの出向者にとってはそのためのネットワーク作りが大きな関心事になる。
- (注) 日本企業にとっては、例えば、JETRO(日本貿易振興機構)、JMC(日本機械輸出組合)、各種業会(自動車JAMA、電機・情報JEITA、製薬FPMAJ・JPMA等)等から公表される各国の法令・規制等の情報が参考になる。また、各国の投資・税制・会社運営等に関する情報が、グローバル展開している会計事務所や法律事務所から提供されている。
まれに、外国の文化・法令等になじみが薄い日本人出向者が、社会常識の違いに起因して、現地社員と無用のトラブルを起こすことがある。赴任地での勤務に必要な最低限の常識は赴任前に伝授したい。
[1] 〔水俣病〕1956年に熊本県水俣市で発生が確認された。原因がチッソ工場から排出されたメチル水銀化合物であると断定されるまでには時間を要した。新潟県阿賀野川流域でも昭和電工から排出された同物質が原因で同様の患者が発生した。〔イタイイタイ病〕岐阜県の三井金属鉱業神岡鉱山から排出されたカドミウムが富山県神通川流域の米・野菜・飲料水などに含まれて体内に摂取・蓄積され、発病したとされる。1950年代半ばから症状が社会的に認識されるようになったが、原因がカドミウムであると厚生省が認定したのは1968年である。〔カネミ油症〕福岡県北九州市のカネミ倉庫が生産した食用油に混入したダイオキシン類等が原因とされ、1968年に油を摂取した人々が発病した。〔四日市喘息〕1960年代から70年代初頭にかけて三重県四日市市で発生した集団喘息で、石油コンビナートによる大気汚染が原因とされる。
[2] 大気汚染防止法、水質汚濁防止法、土壌汚染対策法、騒音規制法、振動規制法、工業用水法、建築物用地下水の採取の規制に関する法律、悪臭防止法等。
[3] 公害の発生源になる可能性がある機器・工程の例として、ボイラー・焼却機・排煙装置・塗装・印刷・排水・洗浄・メッキ・接着・プレス・成型・コンプレッサー・クーリングタワーが挙げられる。これらは常時監視され、公害を発生しないように管理することが求められる。
[4] 廃棄物処理法2条は「ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他の汚物または不要物であって固形状又は液状のもの」を廃棄物と定義する。この内、事業活動に伴って生じた廃棄物(燃え殻、汚泥、廃油、廃酸、廃アルカリ、廃プラスチック類その他政令で定める廃棄物)等を産業廃棄物といい、その他を一般廃棄物という。
[5] 家電リサイクル法・容器包装リサイクル法のリサイクルも、廃棄物処理法の廃棄物処理施設の許可を必要とする。
[6] 前年度の産業廃棄物の発生量が1,000t以上、又は、前年度の特別管理産業廃棄物の発生量が50t以上。
[7] ISOでは、①方針・計画(Plan)、②実施(Do)、③点検(Check)、④是正・見直し(Act)のPDCAサイクルを何度も繰り返すことによって管理の水準を向上し続ける管理手法を採用している。
[8] 製品の製造・使用・廃棄の全工程における資源の消費量・排出量を測定し、環境への影響を評価する。
[9] 輸入関税・法人税等を優遇して企業を誘致し、雇用増・技術移転・外貨獲得等を図るために特定された地区をいう。自由貿易区(Free Trade Zone)又は保税加工区(Bonded Processing Zone)などとも呼ばれる。シンガポールのジュロン工業団地・インドネシアのバタム島など多数。中国の経済特区もFTZの機能を持つ。