◇SH1179◇企業法務への道(14)―拙稿の背景に触れつつ― 丹羽繁夫(2017/05/23)

未分類

企業法務への道(14)

―拙稿の背景に触れつつ―

日本毛織株式会社

取締役 丹 羽 繁 夫

 《コナミでの海外知的財産権訴訟の遂行 1》

 私は、2000年1月に28年10ヵ月在職した長銀を退職し、翌2月に縁有って、ゲームソフト・ディベロッパーであったコナミに奉職することになった。

 コナミグループは、1969年に創業され、私が定年退職した2008年で40年目を迎えていた。当初のマイクロ・コンピュータを利用したビデオゲーム機器やソフトウェアの制作から出発し、現在は、家庭用のゲームソフトやゲームセンター向けの業務用ゲーム機の制作を中心とする、IT機能を活用した「デジタルエンタテインメント事業」、スポーツクラブの運営、フィットネス機器の開発および健康関連商品を提供する「健康サービス事業」、ならびに米国やオーストラリアでの、ゲーミング機器の制作とカジノ・マネージメントシステムを提供する「ゲーミング&システム事業」という、3つの事業領域を展開していた。

 コナミグループでは、2008年に至る10年の間に、知的財産問題への取組みを本格化させてきた。その契機となったのは、「ビートマニア」と呼ばれた音楽シミュレーションゲーム機であった。1997年当時、若い方々の間で、著名な楽曲や最先端の音楽を、組み合わせたり、スクラッチしたり、新しいアレンジで即興を加えるという、自らをディスク・ジョッキーに見立てた遊びが流行していた。このような中で、業務用ゲーム機の制作部門で、より多くの方々に格好よく楽しんでいただける、ディスク・ジョッキーを題材とした音楽シミュレーションゲーム機を開発することが課題となった。

 しかしながら、ディスク・ジョッキーの操作をゲームにし、そのプレイ結果について何らかの客観的な評価を行うという発想そのものが当時は存在しなかったので、この先駆的なアイデアを具体的なゲーム機の開発に結びつけるためには、次のような4つの課題を克服する必要があった:

  1. ⑴ ディスク・ジョッキーの操作についての客観的な評価をどのように実現するのか;
  2. ⑵ ゲーム機を操作するユーザーに、ゲームの内容や操作を簡単に理解してもらうためには、どのようにすればよいのか;
  3. ⑶ 熟練度が一様ではない多くのユーザーに受け入れてもらうためには、どのようにすればよいのか;
  4. ⑷ 実際のディスク・ジョッキーによる操作と同じように、多彩な音楽演出を体感してもらうためには、どのようにすればよいのか。

 これらの課題を解決するために、次のような方法が考案された:

  1. ⑴ ユーザーに視覚的に操作指示を与えることにより、操作をしやすくするとともに、操作指示と異なる操作を行った場合をカウントし、客観的な評価に繋げたこと;
  2. ⑵ キーボードの鍵盤数を制限し、タ-ン・テーブルを導入することにより、簡単な操作性を実現する一方、ユーザーがあたかもディスク・ジョッキーになったような雰囲気を楽しめるようにしたこと;
  3. ⑶ 各鍵盤およびターン・テーブルについて、それぞれ異なる音色を割り当てることにより、同時に数種の音色を発生させるとともに、割り当てた音色を所定のタイミングで変更できるようにしたこと;
  4. ⑷ ターン・テーブルの回転方向や回転スピードでスクラッチ音に変化をつけ、音楽をアレンジできるようにするとともに、ユーザーが、ゲーム画面の指示がなくとも、自己のテクニックや感性によって音楽を表現できるようにしたこと。

 このような課題を克服して開発された「ビートマニア」は、1997年12月に日本で、その後韓国で販売を開始した。当業界では、業務用ゲーム機の販売が1000台を超えれば、大ヒットといわれていたが、「ビートマニア」は、97年の販売開始から2001年5月頃までに、日本および韓国での累計販売台数が5000台に達し、コナミは「音楽シミュレーションゲーム」という、新しいゲーム分野を創出することができた。「ビートマニア」は、ゲーム機から流れてくる音楽とモニター画面に表示される操作指示に従って、これまでになかった立体的な音響を再現し、ディスク・ジョッキーブースを模した5つのボタンとターン・テーブルを操作することにより、あたかもディスク・ジョッキーになったような感覚を楽しむことのできるゲーム機で、ゲームセンターの中ではあるが、「周りに見せるゲーム」の先駆けとなった。

 前述の「ビートマニア」の課題を解決する過程で考案された発明は、「音楽演出ゲーム機および音楽演出用の演出操作指示システム」として、日本では、1997年9月の優先権出願として、98年7月に特許庁に出願し、99年4月に登録を受けた。韓国では、同じく97年9月の優先権出願として、98年9月に韓国特許庁に出願し、2001年4月に登録を受けた。

 しかしながら、日本および韓国で、「ビートマニア」を模した音楽ゲーム機が相次いで発売されたので、日本では、当社より、1999年6月および8月に、同業他社2社に対して、販売差止めの仮処分を東京地裁に申し立てた。当社の仮処分申立てに対抗するために、これら2社より、「ビートマニア」特許は、「音楽演奏の進行に連れて演出効果が変化する」という発明のコアの構成について、進歩性がなく無効である、と無効審判が申し立てられた。日本の同業他社とのこれらの係争については、「ゲーム業界の更なる発展のためには、それぞれが有する知的財産権を相互に尊重するとともに、双方の主張に相違がある場合には、まず交渉によって解決する努力を払い、交渉によっても解決できない場合には、特許庁のご判断を仰ぐ」という合意を確立した上で、2000年6月から12月にかけて、交渉により解決した。当社が「ビートマニア」を日本で市場投入した頃は、日本のゲーム業界でも、他社の知的財産権を尊重する気運は必ずしも高くはなかったが、同業他社とのこのような知的財産係争を通して、当業界の、知的財産問題についての秩序の確立に些かでも貢献することができた。

 韓国に出願された「ビートマニア」特許は99年4月に公開されたが、当時、韓国の業務用ゲーム機メーカーが「ビートマニア」を模した音楽ゲーム機を発売していた。「ビートマニア」特許は出願から2年半が経過した2001年4月に登録となったので、当社は、同年の5月に同社に対して、特許侵害差止めと損害賠償を求める訴訟をソウル地裁に提起した。同社も、当社が提起した訴訟に対抗するために、2001年7月に韓国特許庁に無効審判を申し立てた。同特許庁より2002年9月に「ビートマニア」特許のすべての独立請求項を無効とする審決が下されたので、コナミは、日本の知財高裁に当たる特許法院に無効審決取消訴訟を提起した。特許法院は、2004年2月に、同特許庁の無効審決を維持する判断を下したので、当社は同年3月に、日本の最高裁に当たる大法院に上告した。大法院は、特許法院の判断に誤りがあるとして2006年7月に特許法院に差し戻したので、特許法院は、2007年2月にすべての独立請求項を無効とした同特許庁の無効審決を取り消すとの判断を下した。この判断を受けて、ソウル地裁の侵害差止め訴訟は2007年3月に再開され、同年7月に侵害の差止めと損害賠償を認める判決が下された。

 韓国での、この6年余にわたる知的財産係争は、日本での、前述の係争と同様、韓国のゲーム業界の健全な発展と知的財産権の尊重という流れを推し進めたものとして、韓国でも評価された。

 

タイトルとURLをコピーしました