◇SH1235◇最三小判 平成29年2月21日 立替金等請求本訴、不当利得返還請求反訴事件(大橋正春裁判長)

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 Yら(34名)は、信販会社Xの加盟店であった販売業者Aとの間で商品の売買契約を締結したとして、Xとの間でその購入代金に係る立替払契約を締結したが、上記各売買契約は架空のものであり、上記各立替払契約は、Aの依頼により、Yらが名義上の購入者となること(いわゆる「名義貸し」)を承諾して締結されたものであった。

 Aは、名義貸しを依頼する際、Yらに対し、ローンを組めない高齢者等の人助けのための契約締結であり、高齢者等との売買契約や商品の引渡しは実在することを告げた上で、「支払については責任をもってうちが支払うから、絶対に迷惑は掛けない。」などと告げた。Aは、Yら名義の引落し口座に入金をしていたが、その後営業を停止し、破産手続開始決定を受けた。

 本件の本訴は、Xが、Yらに対し、上記各立替払契約に基づく未払金の支払等を求めるものであり、反訴は、Yらのうち1名が、Xに対し、立替払契約を取り消したとして、既払金の返還等を求めるものである。

 本件の主な争点は、AがYらに対し名義貸しを依頼する際にした告知の内容が、割賦販売法35条の3の13第1項6号にいう「購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの」、すなわち不実告知の対象に当たるか否かである。

 

 原々審は、名義貸しの事案における販売業者の購入者に対する「支払負担を不要とする旨の説明」は、不実告知の対象に含まれるなどとして、Xの請求を棄却した。

 これに対し、原審は、AがYらに告げた内容は、不実告知の対象に当たらないなどとして、本訴請求を認容し、反訴請求を棄却した。

 Yらが上告受理申立てをしたところ、第三小法廷は、本件を受理し、判決要旨のとおり判断して、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。

 

 個別信用購入あっせん(平成20年法律第74号(以下「平成20年改正法」という。)による改正前は、割賦購入あっせん)における名義貸しは、昭和50年代には存在していたとされるクレジットの不正利用の一種で、その目的や方法、販売業者及び名義貸人の関与の有無や程度等によって、様々な態様のものが考えられるが、その典型例は、資金繰りの苦しくなった販売業者が、あっせん業者からの金融を得る目的で、顧客に対し、「絶対に迷惑はかけないので、名義を貸して欲しい。」等と依頼し、承諾を得るというものである(北川清「個品割賦購入あっせん契約における名義貸人の責任」後藤勇=山口和男編『民事判例実務研究(8)』(判例タイムズ社、1992)99頁参照)。この場合、名義貸人は、名義貸しという不正な取引に加担しているという意味では加害者的な立場にあるといえるが、他方で、販売業者の詐欺的言動によって不正な取引に利用されたという意味では被害者的な立場にあるともいえることから、こうした名義貸人と、加盟店契約を通じて販売業者と継続的な取引関係にあるあっせん業者との利害調整をどのように図るかが問題となる(寺尾洋「名義貸人の責任」塩崎勤編『裁判実務大系(22)』(青林書院、1993)506頁参照)。本件の名義貸しも、このような典型例の一つといえるが、本件においては、Aが、ローンを組めない高齢者等の人助けのための契約締結であり、高齢者等との売買契約や商品の引渡しは実在する旨を告知しているところが特徴的といえる。

 

 個別信用購入あっせんにおける名義貸しの事案について、これまで裁判例で問題となり、学説上も議論されてきたのは、名義貸人が、販売業者との間の売買契約は虚偽表示により無効であることをもって、信販会社からの立替金請求を拒むことができるか、すなわち抗弁権の接続の可否についてである。

 学説としては、①否定説(売買契約の虚偽表示は、購入者の背信行為に基づくものであるから、抗弁事由に一律該当しないとする。佐藤歳二=小池裕「改正割賦販売法の民事実体規定について」判タ549号(1985)11頁等参照)、②原則否定説(基本的には否定説に立ちつつ、抗弁権の接続を認めることが信義に反しないといえる事情がある場合には、抗弁事由に該当するとする。田中秀明「割賦販売法改正と抗弁権の接続」金法1083号(1985)20頁等参照)、③原則肯定説(購入者は、原則として虚偽表示による無効を信販会社に対抗できるが、抗弁権の接続を認めることが信義に反するといえる事情がある場合には、対抗できないとする。清水巌「クレジット契約と消費者の抗弁権」遠藤浩ほか監修『現代契約法大系(4)』(有斐閣、1985)260頁等参照)がある。

 下級審の裁判例を見ると、否定説に立って抗弁権の接続を否定したものが比較的多いものの(福岡高判平成1・12・25NBL489号54頁、東京地判平成6・1・31判タ851号257頁、静岡地判平成11・12・24金法1579号59頁等)、個別事案においては、原則否定説又は原則肯定説に立って抗弁権の接続を肯定するもの(長崎地判平成1・6・30判時1325号128頁、福岡地判平成20・9・19消費者法ニュース79号324頁等)もある。

 この点について、本判決は直接判断を示していないが、本件の原々審及び原審とも、平成20年改正法の施行前に締結された立替払契約につき、抗弁権の接続の可否を判断するに当たって、信義則違反の有無を問題としており、本判決もこのような判断枠組みを否定するものではないと考えられる。

 

 個別割賦購入あっせんにおいても、売買契約と立替払契約は法的に別個の契約であり、売買契約に関する瑕疵が立替払契約の効力に影響することはないのが原則である。したがって、販売業者により不実告知等の悪質な勧誘行為が行われ、売買契約が特定商取引に関する法律等により取り消されたとしても、立替払契約は引き続き有効であって、購入者はあっせん業者に対して抗弁権の接続により未払金の支払を拒否し得るにとどまり、既払金の返還を求めることはできないとされていた。

 他方、消費者契約法5条は、消費者契約の締結につき事業者から媒介の委託を受けた者による不実告知があった場合、消費者は契約を取り消すことができる旨のいわゆる媒介者の法理を規定しており、個別信用購入あっせんにおけるあっせん業者と販売業者との間にもこれと同様の密接な関係があるといえるが、この不実告知の対象となる「重要事項」には、動機に関わる事項は含まれないとされていた。

 そこで、このような場合であっても、既払金の返還を可能とすることで、購入者を保護するため、平成20年改正法による改正によって割賦販売法35条の3の13第1項の規定が新設され、契約締結の動機に関わる事項について販売業者による不実告知があった場合にも、あっせん業者の主観的態様を問わず、立替払契約を取り消すことができることとされた(経済産業省商務情報政策局取引信用課編『割賦販売法の解説 平成20年版』(日本クレジット協会、2009)220頁以下参照)。

 

 本判決は、以上のような割賦販売法35条の3の13第1項の趣旨等を確認した上で、立替払契約が購入者の承諾の下で名義貸しという不正な方法によって締結されたものであったとしても、当然に同項による保護に値しないとはいえない旨判示している。これは、名義貸しには様々な態様のものがあり得るところ、これが販売業者の依頼に基づくものであって、同項の要件を満たすものであるときは、名義貸人であっても販売業者に利用されたにすぎないと評価し得る場合があるため、購入者として全く保護の必要性がないとまではいえないとの価値判断を示したものと考えられる。

 その上で、本判決は、Aが、単に「絶対に迷惑はかけない。」と告げたというだけではなく、ローンを組めない高齢者等の人助けのための契約締結であり、高齢者等との売買契約や商品の引渡しは実在することをも告げて、名義貸しを依頼したなどの本件の具体的な事情の下では、AがYらに対してした告知の内容が、契約締結の動機に関する重要な事項に当たるとの事例判断を示したものであり、原々審のように、Aが「絶対に迷惑はかけない。」と告げたというだけで、その内容が不実告知の対象に当たると判断したものではない。

 AがYら相当数の顧客に対して、同じように高齢者等の人助けのための契約締結である旨を告げたのは、単に「絶対に迷惑はかけない。」と告げただけでは、Yらに名義貸しを承諾させることが困難であったためではないかと考えられる。また、Aの資金繰りのためというのではなく、高齢者等の人助けのための契約締結であり、高齢者等との売買契約や商品の引渡しはあると告げられたからこそ、Yらは、名義貸しが不正なものであることを認識しながらも、これに関与することへの心理的な抵抗感が弱められ、これを承諾したのではないかとも考えられる。本判決は、このような事情も考慮して、Aによる告知の内容が、「購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの」に当たると判断したものと考えられる。

 なお、本判決は、Aによる告知の内容が、割賦販売法35条の3の13第1項6号の不実告知の対象に当たる旨判断しただけであり、同項による取消しの要件である、誤認の有無や意思表示との因果関係の有無等については、個別の購入者ごとに、販売業者との関係、名義貸しを承諾するに至った経緯等を考慮して、別途検討する必要がある。例えば、購入者があっせん業者に損害を与える目的で名義貸しを承諾した場合や、自らの利益を得る目的で名義貸しを承諾した場合のように、あっせん業者と販売業者との関係よりも、販売業者と購入者との関係の方が密接であるといえる場合には、これらの要件を欠くとして、あるいは、同項による取消しを主張することが信義則に違反するとして、結局、不実告知による取消しは認められないこととなろう。

 

 本判決には、山﨑裁判官の反対意見が付されている。これは、名義貸しの場合には、不実告知による取消しの規定を適用する前提を欠くなどとして、原審の結論自体は是認できるというものであり、名義貸しは不正な行為であること、そのことを名義貸人は認識できたことを重視して、このような名義貸人を同規定により購入者として保護する必要はないとの価値判断を背景とするものと考えられる。個別信用購入あっせんの名義貸しの事案における価値判断がいかに微妙なものであるかを示すものといえよう。

 

 本判決は、個別信用購入あっせんにおいて、販売業者が名義貸しを依頼する際にした告知の内容が、本件の具体的な事情の下では、割賦販売法35条の3の13第1項6号の不実告知の対象に当たる旨の事例判断を示したものである。平成20年改正法による改正で新たに設けられた上記規定の趣旨や名義貸しの事案に対する適用の可否について、最高裁として初めて判断を示したものであり、実務上参考となるものと思われる。

 

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