◇SH2251◇弁護士の就職と転職Q&A Q62「現状に大きな不満がないのになぜ転職するのか?」 西田 章(2018/12/17)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q62「現状に大きな不満がないのになぜ転職するのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 法務系の人材市場は、大別して、修行期(25〜35歳)、活躍期(35〜55歳)、円熟期(55歳〜)に分けて考えることができます(拙稿「ヘッドハンターの経験から語る 年代・組織 法務キャリアの要件」ビジネス法務2018年1月号24頁)。企業法務の世界では、最初の10年間にピークを迎えるようなキャリアモデルは失敗とみなされています。そのため、アソシエイトの転職は、「パートナーとして、どのような依頼者から、どのような規模の事件を受けることを自分の職分として選択するか?」「それを実現するためにどのような環境が適切か?」を軸に考えることになります。

 

1 問題の所在

 予備試験を通過すれば、25歳で企業法務系事務所の弁護士としてキャリアをスタートすることができます。65歳のパートナー定年までの40年間を分割すれば、「アソシエイト10年+パートナー30年」が理想です。そのうち、キャリアの「肝」になるのは、パートナーの前半期(≒活躍期(35〜55歳))です。アソシエイト時代(≒修行期)は、パートナー前半期における仕事のイメージを思い描いて、そこに到達するために必要なスキルを磨き、顧客の信頼を少しずつ積み重ねていきます。また、パートナー後半期(≒円熟期)に何をできるかは、パートナー前半期の実績に委ねられます(自らプロアクティブに活躍するというよりも、「これまでの実績を評価してくれた方からのお声がけを待つ」という立場に置かれます)。

 キャリア・コンサルタントとしては、ジュニア・アソシエイトから「仕事が辛い」「先輩のパワハラがきつい」「仕事が面白くない」という「現状への大きな不満」に端を発する転職相談を受けた場合には、「逃げ出すことが、本人が将来に自己実現を図る機会を奪うことにならないか?」に留意して(とはいえ、心身を大きく害したら、元も子もないので)、別の環境でキャリアを再スタートできるプランに頭を巡らせることになります。

 他方、1〜2年と経験を積んで仕事にも慣れて来て、「現状に大きな不満はない」という状態のアソシエイトに対して転職を勧誘するとすれば、それには、「環境を変えることに伴うリスク」を生じさせることになります(せっかく前職でパートナーと上手くやっていけていたのに、移籍先事務所で実際に仕事をしてみたら、新しい上司たるパートナーと相性が合わなかった、ということもあります)。給与アップや独立しての創業者利益を目指すならばともかく、短期的には給与を落とすリスクを取ってまで行われる移籍は、どのようなシナリオを思い描いてなされるものなのでしょうか。

 

2 対応指針

 「将来、パートナーになった時に自分のやりたい仕事」には、所属事務所の規模に応じて、①事業規模と②売上規模に違いがあり、③生き残るための鍵が「所内のポジション争いに勝ち残ること」にあるか、「所外人脈を広げること」にあるかの違いが生じます(大規模事務所と中小事務所との間には、音楽家で言えば、数千人規模の観客を収容する大ホールでの演奏に拘るオーケストラ楽団と、ライブハウスで数十人以下のお客さんの前でもセッションをするジャズミュージシャンとの関係にも似た違いがあります)。

 まず、①事業規模については、トランザクション・ロイヤーとして、数千億円規模の巨大案件を担当するチームに参加したいのであれば、大規模事務所に所属することが必須となります。他方、規模の大きさにこだわらずに、一弁護士としての自分を信頼してくれる依頼者に尽くしたいならば、中小事務所に身を置くほうが依頼者の利益に適います。

 また、②売上規模については、大規模事務所では、ジュニアパートナーでも年間1億円以上、シニアパートナーでは年間2億円規模が目標にされるため、この点でも「アソシエイトを動員してチームで稼ぐ」という仕事スタイルが必須です。そのため、「自分を頼って来た依頼者のためにコストを抑えて職人的に対応したい」と願うならば、中小事務所を選ばざるを得ません。

 そして、大規模ファームでチームの一員として働くならば、同一分野の先輩を追い落として「所内におけるレギュラーポスト」を確保し、その後は、下から育ってくる若手からの突き上げを跳ね返して自己のポストを維持するための所内競争に勝ち残らなければなりません。これに対して、中小事務所では、所外人脈を広げて、案件の流入経路を複線化することが生存率を高めることにつながります。

 

3 解説

(1) 事業規模

 数千億円規模のトランザクションは、大企業にとっても、リスクを取った重要な経営判断の下に進められますので、リーガル面でも、「一弁護士」の健康状態や心理状態に依存するような不安定さを抱えるわけにはいきません。そのため、実績があり、組織的に対応できる一流の巨大事務所に依頼せざるを得ません。すると、巨大ディールに携わるためには、中小事務所で腕を磨いていても、いつまで経ってもチャンスは来ないため、巨大ディールのリーガルアドバイザーを依頼されるような大規模事務所に自分の身を置くべきです。

 逆に、大規模事務所で働く以上は、利益相反の制約やコストの高さも甘受しなければなりません。そのため、「一弁護士としての自分」を信頼してくれる依頼者に尽くすために、自らの手腕を駆使したい、という場合には、中小事務所に身を置くほうが依頼者の利益に適います。

 これは、「大規模事務所が上で、中小事務所が下」という上下の関係ではありません。音楽家が、大ホールでの数千人規模以上の観客の前で演奏することに喜びを感じるか、それとも、気心の知れた観客と、距離が近いステージでの演奏を楽しいと感じるかの違いに似ています。

(2) 売上規模

 巨大ディールにも対応できるチームを維持するためには、経費が嵩みます。大企業の役職員から見ても「さすが一流ファーム」と思わせるオフィスに、一線級のスキルを備えた多数の弁護士を抱えて、経験あるスタッフも雇用し、セキュリティも万全のシステムを構築しなければなりません。「たくさん売り上げて、十分な報酬を支払う」という経営実績が伴わなければ、「稼げる人が出て行き、稼げない人だけが残る」「ウドの大木」に堕する人事リスクを常に背負っています。そのため、パートナーには、「年間で5000万円を売り上げて、1500万円の収入を得る」というようなビジネスモデルは許容されません。ジュニアパートナーであっても、年間1億円規模の売上げを立てることが求められますし、シニアパートナーとなれば、2億円規模の売上げを立てなければ、肩身の狭い思いをしなければなりません。ただ、どれだけ深夜残業・休日出勤をしても、タイムチャージで年間1億円を大きく上回る売上げを立てるのは困難です(単価4万円で年間2500時間(月次約200時間)を請求すれば、年間1億円に到達しますが、パートナーひとりの稼働ではこれが精一杯です)。大規模事務所にいる限りは、パートナーの関心は、「自分の手を動かして良い仕事をすること」から、「複数のアソシエイトを稼働させる案件を引っ張って、アソシエイトの仕事の成果を管理すること」に移さざるを得なくなります。

 他方、中小事務所においては、パートナーとして堂々と楽しく仕事をするための売上げ規模としては、「年間5000万円」は十分な水準です(経費率半分でも、会社員を大きく上回る所得が手元に残りますし、それ以上を稼いでも納税額が増えるだけだと考える人には、売上げを伸ばす動機付けも働きません)。

(3) 所内ポジション争いと所外人脈

 年功序列の会社組織とは異なり、実力主義の弁護士の世界では、常に「依頼者から案件を受注する」という同業者間の競争に晒されています。ただ、これは、大規模事務所と中小事務所では、競争のルールが異なります。

 大規模事務所は(パートナー個人の名前の前に)事務所のブランドを活用した営業が行われますので、「所内において、自己が専門とする分野のパートナー定員枠」に入る必要があります。その定員枠に漏れると、「この分野のパートナー人数は足りている」という理由でパートナー審査に落とされることになります。そのため、パートナー昇進とは、「同一分野の先輩パートナーを追い落とす」ことを目指す作業になります。そして、運良く「レギュラーポスト」を獲得したら、今度は、所内で同一分野を担う後輩が、自分を追い落とそうと追撃してくることを迎え打つ側に回ることになります。リーガルサービスの最高水準を維持するためには、そのような「所内競争による切磋琢磨」が必須と考えられています。

 他方、中小事務所においては、同一分野に優秀な弁護士を多数配置するほどの人的余裕はありません。後輩は、所内の先輩パートナーがまだ開拓できていない分野の強化を志向して専門分野を定めるために(人事政策においても専門分野が被る人材の採用を回避するために)、所内競争はありません。むしろ、(事務所ブランドによる集客効果は大規模事務所よりも劣るために)「いかにして外から案件の紹介を受けるか」「多様な受任ルートを確立できるか」という所外人脈を生かす営業力が自営業者としての成功の鍵となります。

以上

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