◇SH1321◇『民法の内と外』(4a) 複数者が主体となる債権・債務の諸形態(上) 椿寿夫(2017/08/01)

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連続法学エッセー『民法の内と外』(4a)

複数者が主体となる債権・債務の諸形態(上)

京都大学法学博士・民法学者

椿   寿 夫

 

〔Ⅰ〕 プロローグ

 (ア) ある法律関係の一方または双方に複数の個人ないし法人や集団が当事者・関与者となっている場合には、問題の法律関係それ自体(例えば種々の契約)に複数者プロパーの課題が付加されて、解明作業が複雑かつ困難となる。時折、こういう視点を欠くか、それが十分ではない論考もあり、読んでいて満足できないが、その点は措いて民法の条文を見ると、物権法の共有(249条~)や相続法の共同相続(898条・899条など)、法定債権法の共同不法行為(719条)もあるほか、債権総則には第3節として「多数当事者の債権及び債務」が新法では427条から465条の10まで規定されている。この第3節は今回の改正で内容的にかなりの手が加えられた。さらに、この多数当事者の債権・債務には、法典にはないが解釈・運用の形で以前より認められてきた制度もある。

 (イ) 本稿では、改正の経緯や内容を立ち入って解説・論評する作業が目標ではなく、幾つかの“複数者関係”をめぐる態様につき“類型”論とでも呼ぶべき事項の若干を採り上げてみようと思う。その過程で新立法に対する当否の評価へも論及することがあり得るのは、もちろんである。なお、このテーマについては、今や大昔になるが、私も1965年の注釈民法(11)旧版を皮切りに幾つかの論考を発表している。それらについてはおおむね一々引用しないので、詳細を必要とされる向きは、拙稿を探索の上でご参照いただければありがたい。

 

〔Ⅱ〕 連帯債務

 (ア) 多数当事者の債権・債務に関するわが民法の組み立て方は、分割債権と分割債務を“総則”規定とし、いわば“各則”として不可分・連帯・保証を置く。ここではまず連帯を採り上げるが、427条の総則規定を原則型・基本型と理解するならば、連帯の発生は例外となる。しかし、利益考量ないし法的評価として分割主義・分割原則は債権の力を弱め過ぎ、当事者意思にも適合しないとされてきた。説得力を持つ有力学説が「連帯の推定」に近づくような評価をかなり以前より下していたから、われわれ後進も、あまり迷うことなく“連帯への傾斜認定”を支持してきた。しかも、その際、債権者が複数か債務者が複数かにより結論も違ってくるはずなのに、その点をはっきり分けることもせず、分割主義=一般という形で論ずる見解が結構多かった。一つの大きい論点の穴場である。

 (イ) つぎに、これまでの432条は単に「数人が連帯債務を負担するときは」としていた。新436条(不可分の債権・債務と連帯債務の間に連帯債権の規定が新たに入って来て、旧432条の内容がここへ移った)は「債権の目的がその性質上可分である場合において、法令の規定又は当事者の意思表示によって」という文言を挿入した。これは解釈上すでに行われてきた具体化・明確化のための記述であって、私見を含む若干の学説は、法規に基づくものを“法定連帯”、意思表示によるものを“契約(あるいは約定)連帯”とグループ分けしている。①法定連帯の“法”とは制定法か、②契約連帯の“意思表示”とは黙示を含むか、③両種連帯の内容・範囲は同じか、④両種連帯の間に中間的なグループが考えられないか、など幾つも論点があり、他の態様ないし類型策定にも参考となる基礎的な問題視座と言えよう。これらをめぐる議論の一部分は本稿で後述する個所にも出てくる。

 (ウ) さらに、連帯債務という観念を理解するには、その定義および機能についての場面と程度のほかに、債務者側から見た“対外関係”と“内部(対内)関係”というこの領域に独特の法的構成も明確に知らなければならない。西欧法での史的な展開過程を見ると、連帯債務は元々それの対外関係だけが守備範囲であり、内部関係は組合契約や委任契約などに属する別問題とされていた。しかし、やがて債務者お互いの間の求償が連帯債務の“属性として”認められ、大綱は片付いた。これと異なり、対外関係は、債務者各自の“単独全額責任”を肯定する以外では、学理および立法例の双方において、いわゆる“絶対効・相対効”の判断分裂を生じ、いろいろ議論されるにいたった。

 わが民法について言えば、債権者の満足をもたらさない事由(免除や時効完成)の絶対効は、債権の強化を目的とする連帯債務において適切ではないと評価され、請求の絶対効は、債権者に有利な内容であるのに各債務の独立性にそぐわないと評価されていた。新法は、これらの規定を削除したので、既存立法論と近似する方向の改正となった。「万事めでたし」で幕が引かれたと称しても差し支えないわけだが、今度は、連帯債務は債権者の地位を強化しさえすれば足りるのか、という声が出てくるかもしれない。学説という存在は、いろいろ煩いものである。

 また、強行法・任意法の議論も、連帯債務はまだ経験ないし経由していないではないか。旧規定の時代に、絶対効の規定がもしも「任意法だ」とさしたる異論もなく解されておれば、特約によって相対効処理をすることも可能であっただろうが、私が読んだ範囲では記憶にない。私見なぞも、絶対効から相対効への転換工夫に腐心していた。

 (エ) なお、新法が法令または当事者の意思表示という字句を付加したのも、「一件すべて落着」となるかは問題の余地がある。立法参加者の一人は、不真正連帯債務を連帯債務へ吸収しようとして、いわゆる“法令の規定”に従来行われていた解釈・運用を押し込もうとするが、少し無理押しではないか。私見も昔、私法学会の個別報告か他の解説かにおいて、不真正連帯債務の限時的・過渡期的な性格を一言したことがあり、条件整備を行った上での統合吸収に対し反対しない。次述の“不真正”連帯債務という用語を、そのまま条文化するのは立法美学的にも好適な表現ではない。と言って、既存の解釈・運用によって存立している観念を「法令の規定」と見るのも、落差がありすぎて躊躇する。私見では、イギリス法におけるconstructiveを「解釈に基づく」の意味(小山貞夫『英米法律語辞典』(研究社、2011)225頁参照)で用いて分類基準とすることを前々から話したり書いたりしてきたが、ここで採り上げる観念においても“解釈連帯”を法定連帯と契約連帯の間に置きたい。どういう内容がこの解釈連帯の中に包含されるかに関しては、在来の通説・判例とりわけ前者で使用者・被用者の並列責任など数多くの例が示されており、かつ、全額責任を認めることに反対もないと考えられるので、場面と根拠づけにエネルギーを多く割く作業も必要ではあるまい。他の場面も含めて、いずれ書くであろう。

(2017-07-29稿・未完)

 

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