東芝、「第178期有価証券報告書」「四半期報告書(第179期 第1四半期)」を提出
岩田合同法律事務所
弁護士 武 藤 雄 木
東芝は、本年8月10日、限定付適正意見付きの第178期有価証券報告書及び四半期報告書(第179期 第1四半期)を関東財務局に提出した。限定付適正意見を中心に監査法人による監査証明制度について概説する。
株式会社東芝(以下「東芝」という。)は、本年8月10日、第178期有価証券報告書及び四半期報告書(第179期 第1四半期)を関東財務局に提出した。同社は、同社の監査法人であるPwCあらた有限責任監査法人(以下「PwCあらた監査法人」という。)との間で、米国の原子力事業の損失を計上する時期を巡る見解に食い違いがあり、第178期有価証券報告書の提出が遅れていた。この度、PwCあらた監査法人から限定付適正意見を得ることで同日に提出するに至ったものである。
近年、監査法人が限定付適正意見を表明することは稀であることもあってか、限定付適正意見について正確ではない理解に基づく報道も散見される。そこで本稿では、その制度の概要を踏まえた上で、上記PwCあらた監査法人から限定付適正意見について解説してみたい。なお、今回のような四半期報告書に対する監査法人の見解の表明は、簡便なレビュー手続に基づくものであるから、監査意見とは異なるレビューの結果を表明することになっている。しかし、制度の枠組みに大きな違いはないことから、本稿では監査手続に基づく監査意見の制度に即して説明することとする。
金融商品取引所に上場されている有価証券の発行会社は、有価証券報告書に含まれる(連結)貸借対照表や(連結)損益計算書などの財務計算に関する書類(以下「財務諸表等」という。)について、利害関係のない公認会計士又は監査法人(以下併せて「監査法人等」という。)の監査証明を受けなければならない(金融商品取引法193条の2)。
監査法人等は、財務諸表等の監査を実施し、監査報告書の作成をもって監査証明を行うこととされている(財務諸表等の監査証明に関する内閣府令3条1項)。十分かつ適切な監査証拠を入手し、財務諸表等が適正であるか否かの意見を述べることができる場合には、無限定適正意見、限定付適正意見又は不適正意見のいずれかを表明するのに対し、十分かつ適切な監査証拠を入手できず意見を表明できない場合には、監査報告書に意見を表明しない旨(意見不表明)を記載することとなっている(同4条1項1号二、6項、18項)。より具体的には、監査法人等の監査の結果、財務諸表等に虚偽記載があると認められたとしても、当該虚偽記載の財務諸表等に及ぼす影響が重要ではないと判断される場合には無限定適正意見が、その影響は重要であるが財務諸表等の特定の構成要素、勘定又は項目に限定されているなど財務諸表全体に広範な影響を及ぼすものではないと判断される場合には限定付適正意見が、その影響が重要でかつ広範なものであると判断される場合には不適正意見が表明されることになる(監査基準委員会報告書705・4項、6項~8項)。
東芝は、平成28年12月に明らかにされた米国の原子力事業の損失を平成29年3月期の財務諸表等に反映させるべきであると主張した。これに対し、PwCあらた監査法人は、その前年度の平成28年3月期においてすべての利用可能な情報に基づいて合理的に判断すれば同年度において損失を計上すべきであったとして追加的な監査手続を行っていた。同監査法人は、本年8月10日、必要な監査手続が完了したとして、米国の原子力事業の損失に関する影響を除外事項とする限定付適正意見を表明した。
PwCあらた監査法人は、監査報告書の中で、十分かつ適切な監査証拠に基づき、米国の原子力事業の損失を計上する時期について、「限定付適正意見の根拠」として、すべての利用可能な情報に基づいて合理的に判断すれば平成28年3月期の財務諸表等に同事業の損失として工事損失引当金を計上すべきであったと見解を明らかにしつつも、当該工事損失引当金に関する事項の影響を除き、東芝の財務諸表等は適正であると限定付適正意見を表明したものである。この点に関して、報道等の中には、PwCあらた監査法人は、平成28年3月期に損失を計上すべき十分な証拠を収集することまではできず、東芝が平成29年3月期に損失を計上したことは誤りであったとまでは判断できなかったことから限定付適正意見を表明したと解説する向きもある。しかし、上記のとおり、PwCあらた監査法人は、十分かつ適切な監査証拠に基づき、米国の原子力事業の損失を計上する時期について誤った会計処理がなされており、またその虚偽記載の財務諸表等に与える影響は重要であると判断しつつも、財務諸表全体に広範な影響を及ぼすものとまではいえないという立場を表明したものである。したがって、「十分な証拠を収集できなかった」とする説明は、PwCあらた監査法人の表明した限定付適正意見の理解として正確ではない。
金融庁は、東芝の不正会計などを受けて、監査報告書の情報価値を高め、会計監査についての投資家の理解を深めることを目的に、有識者会議などにおいて監査報告書の長文化(透明化)の検討を進めている。金融庁の検討において、PwCあらた監査法人による今回の監査報告書が問題となっているものではないが、報道が錯綜するように、投資家の目線からみて、必ずしも理解しやすいものとなっているとは言い難いのも事実である。今後、この問題が金融庁の推進する監査報告書の長文化(透明化)の議論に及ぼす影響も注視される。
財務諸表に存在する虚偽記載の程度又は十分な監査証拠を入手できず、虚偽記載の可能性がある場合のその虚偽記載の程度 | ||
重要だが広範ではない |
重要かつ広範である |
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財務諸表に重要な虚偽記載がある |
限定付適正意見 |
不適正意見 |
十分な監査証拠を入手できず、重要な虚偽記載の可能性がある |
限定付適正意見 |
意見不表明 |