実学・企業法務(第75回)
第2章 仕事の仕組みと法律業務
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
Ⅲ 間接業務
3. 経理
〔財務〕
企業の資金調達とその運用を行う業務である。事業拡大・新規事業・赤字補填のための資金需要や在庫増加による運転資金増加等が手元資金を上回る場合に、不足分を金融機関からの借入・社債発行・増資等により調達する。資金調達は、売掛金債権・事業用設備・不動産等を流動化して行う場合もある。
当面の手元資金を確保したときは、現預金・有価証券その他の利回りの有利な資産に置き換える。
なお、グローバル企業では、グローバルな拠点(子会社)間で債権・債務を相殺し、差引の差額のみを決済するネッティング(Netting)を行うことにより送金手数料・外国為替手数料・社内事務コストを削減することができる。拠点数が3以上ある場合は、ネッティング・センター(本社等)を設定すると、相殺業務が簡潔になる。
ただし、相殺を規制する国があるので、この仕組みの導入・運用には注意が要る。
〔原価管理、取引価格管理〕
日本の原価計算基準は1962年に制定され、公正妥当な会計基準として棚卸資産評価や製造原価計算の基礎的役割を果たし、原価計算並びに管理会計の水準向上に貢献した。
同基準によれば、原価計算には、(1)財務諸表作成、(2)価格決定、(3)原価管理、(4)予算の編成・統制、(5)経営意思決定の5つの目的がある。
しかし、通商・国際税務への対応を目的とする原価管理及び取引価格管理は、あまり行われていないようである。一度、管理システムができれば、日常業務で継続的に運用することは容易であり、経営戦略の立案と実践に有効である。
メガFTA(TPPを含む)の恩恵を受けて事業活動を行うためには、その域内の原産性が問われるため、これを証明できる管理システムが必要になる。
次に、2つの管理システムを例示する。
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(例1)移転価格対応
外国のグループ企業(子会社等)との取引価格を利用して所得を一方の国に移す移転価格問題が生じた場合は、両国の税務当局がそれぞれ自国に納税するように誘導する。
これに対して企業は、貨物・役務・利息等の個々の取引価格が適正であることをデータで証明して、適切な納税国に納税していることを主張する。二重課税(二重納税)は、絶対に避ける。
この作業は、事業拠点別、商品・材料等別に厳格に費用配分して利益管理を行うので、企業がどの部門に投資すべきかを適切に判断する情報を取得でき、有用である。 - 〔独立企業間価格の算定方法の例〕独立価格比準法、再販売価格基準法、原価基準法
日本では、タックスヘイブン(軽課税国)を利用して行われる租税回避を、外国子会社合算税制[1]を設けることにより規制している。タックスヘイブンは世界経済に歪みを生じるので、OECDをはじめ、各国で対策が検討されている。
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(例2)アンチ・ダンピング対応
特定国の産品が、(1)正常価額より低価で輸入(価格要件)され、(2)輸入国の国内産業に実質的損害を与える(損害要件)等して、(3)上記(1)(2)の間に因果関係がある場合、輸入国はダンピングを相殺等するためにダンピングの限度を超えないダンピング防止税を課すことができる(GATT6条[2])。価格比較は、商品別・販売相手先別に、原産国における生産・販売コスト及び利潤に、顧客に引き渡すまでの適正流通経費を加算する等して行う。 輸入国に販売子会社や支店がある場合は、該当商品に係る適正経費を厳格に計算して流通経費に加算する。
ダンピング問題対応を契機として、企業が商品別・顧客別のグローバル連結収支を管理するようになれば、経営戦略の策定に有用である。
[1] 租税特別措置法66条の61項
[2] WTO協定の一部を構成する「関税及び貿易に関する一般協定(General Agreement on Tariffs and Trade 略称GATT)」の第6条(ダンピング防止税及び相殺関税)に具体的な規定がないため、恣意的に運用されたことから、「GATT第6条の実施に関する協定(Agreement on Implementation of Article Ⅵ of the GATT 1994、通称AD協定)」が定められている。