◇SH1377◇弁護士の就職と転職Q&A Q14「顧客がいなければ、転職もできなくなるのか?」 西田 章(2017/09/04)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q14「顧客がいなければ、転職もできなくなるのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 渉外事務所では、一般民事よりも、「一人前になるまでに長い期間を要する」と言われます。「一般民事では3年で独立できても、渉外法務ではパートナーになるのに7年以上はかかる」というのは、20年前から言われていたことです。そのため、渉外系事務所の留学帰りのアソシエイトが、国内系事務所の中途採用に応募すると、そのギャップに気付かされます。つまり、渉外系事務所では「まだ未熟」であり、顧客がいない年次であるにも関わらず、中小の事務所では「既に修習同期がパートナーとして経費を負担しているのに君はまだ顧客が一社もないのか?」と言われることになります。

 

1 問題の所在

 修習生時代には同じ立場にあった同期でも、その後の「時間の使い方」によって、5年後、10年後における弁護士として取扱う業務の範囲は大きく異なります。渉外系事務所においては、アソシエイトは(営業の煩わしさから解放されて)パートナーからアサインされる案件に没頭することができ、経験値を積むほどに、当人の対外的な請求レートの時間単価も上がり、当人が事務所から受け取る年棒にも昇給が予定されています。そのため、法分野の専門性を極めるには恵まれた環境と言えます。

 他方、国内系事務所においては、アソシエイトは、パートナーから振られる事務所の仕事をこなしながらも、空いた時間を見付けて、自らに相談が来た依頼(先輩弁護士からの紹介を含めて)を個人受任することにより、「自己の顧客」を徐々に開拓していくことになります。収入面では、事務所からの給与は上がらなくとも、「個人受任の事件からの報酬が事務所給与を上回る時期がパートナー昇進又は独立のタイミング」と言われます(個人受任事件の依頼者は、事務所を信頼しているわけではないので、担当弁護士が独立・移籍すれば、リピートの相談は担当弁護士個人に届きます)。

 そこで、パートナーの下請け業務ばかりを続けてきたシニア・アソシエイトが、いざ、事務所の移籍を考えて、国内系事務所の採用面接を受けると、「どの程度の売上げを立てられるのか?」という質問を受けて戸惑うことになります。

 

2 対応指針

 事務所移籍後のシミュレーションにおける「想定売上げ」は、(前年度実績を示せる)ポータブルなクライアントだけでなく、潜在的なクライアントも含めることができます。売上げに連動する成果報酬型の給与を設定すれば、「想定売上げ」の未達リスクは(採用事務所だけでなく)当人にも負担させることができます(そもそも「ポータブル」かどうかも依頼者次第なので、確実なものではありません)。売上げ予測を立てられずに、パートナー候補として受け入れてもらうことを諦めて、再び「下請け専従」のポストを探す方法もありますが、移籍先事務所が合わなかった場合の「次の転職」では、年次がさらに上がった状態で「クライアントなし」での厳しい転職活動を強いられることも覚悟しなければなりません。

 

3 解説

(1) ポータブル・クライアント

 ジュニア・アソシエイト時代の移籍は、受入れ側にとってみれば、「事務所案件の下請け要員の採用」であるために、「どんな法分野の案件を担当してきたのか?」が問われます。しかし、転職者の年次が上がり、カウンセル又はパートナー候補での受入れとなってくると、「昨年はどれだけの売上げを立てたのか?」「どんな依頼者の仕事をしてきたのか?」「そのうち、うちの事務所に持ってきてくれる依頼者はどれか?」という質問を受けるようになります。

 渉外事務所のシニア・アソシエイトは、転職活動の序盤では「自分が全てを担当している案件でも、事務所クライアントなので、自分が辞めて着いてきてくれるかといえば・・・」と控え目に発言しています。しかし、何度かの面接落ちを繰り返すと、そのうちに「事務所クライアントではありますが、担当者とは信頼関係を築いていますので、移籍のほとぼりが冷めた頃には持って来ることができると思います」という前向き表現を言えるようになります。

 実際、依頼者企業でも「法律事務所の使い分け」が進んでいますので、「もとの顧問事務所と移籍先の事務所の両方を使えるオプションがあったほうが便宜」という声も聞かれます。

(2) 潜在的クライアント

 「移籍した先でも仕事が来るかどうか?」は、実際のところ、蓋を開けてみるまでわかりません。移籍の挨拶状を出して返事をしてくれた企業の担当者と飲みに行ったにも関わらず、一件も仕事の依頼をしてくれないこともあれば、前事務所で特に親しくもなかったパートナーが仕事を紹介してくれることもあります。もっとも幸運なのは、税理士やM&Aアドバイザリーのように、彼ら自身が、がっちりとクライアントを掴んでいて、彼らの役割とは被らない弁護士を探している場面で、「事務所を移籍してくれたから頼みやすくなった」として継続的に案件を紹介してくれるようになるケースです。

 そのため、転職の面接では、「少なくとも、こういう企業の、こういうポジションの人たちとはつながりがある」「飲みに行く仲であり、非公式には相談を受けている」みたいなことを述べられるだけでも、「まだ売上げには結び付いていなくとも、案件の種はあるのだな」と伝えることはできます。

 受け入れる事務所にとっては、候補者が現所属事務所を円満退職してくれるかどうかも大きな関心事です。現在、案件を紹介し合っているような関係のパートナーがいれば、「引き抜いた形になれば、これまで流入していた紹介案件を失うリスクがある」と感じます。他方、「友好的な移籍であれば、サテライトオフィス的に、コンフリクト案件を回してもらえる」という期待も生じるので、円満退職か否かには天地の開きがあります。

(3) 「下請け業務」継続のリスク

 「国内系事務所にパートナー候補的なポストで移籍する」というのは、「給料をもらう立場から卒業する」ことを意味します。受入れ側としては、「1年目から経費負担までは求めなくとも、せめて自分の食い扶持は自分で稼いでね」と言いたくなります。

 そのため、これまで高額の「固定給」又は「最低保障」を受けることに馴染んでいた転職者からすれば、(自分で開拓できる案件の見通しも付かない中で)外資系事務所のシニア・アソシエイトや社内弁護士のように、「毎月、確実に給料を振り込んでもらえるポスト」は魅力的で、リスクが低いように見えます。

 しかし、「固定給」又は「最低保障」が高額である、ということは、すなわち、「自分の労働時間をすべて雇用主にまとめ売りしてしまう」という状況を継続することを意味しています。もちろん、それで定年まで働けるだけの居場所を確保することができれば構わないのですが、数年後に「もう一度職場を変えたい」というニーズが生じた時に、再び「クライアントなし」の「手ぶら状態」での転職活動を強いられることになります。そこでは、年次が上がってしまっている分だけ、前回の転職活動以上の苦労が待っていることになります。

 外資系企業や社内弁護士のように、収入を複線化しづらい立場であっても、「所属組織に依存しない人脈」を築いていくことが万が一(景気悪化によるリストラ等)のときの生存率を高める秘訣と言われています。

以上

 

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