◇SH1392◇実学・企業法務(第79回) 齋藤憲道(2017/09/14)

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実学・企業法務(第79回)

第2章 仕事の仕組みと法律業務

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

Ⅵ 知的財産

 企業経営において知的財産は重要な資産であり、ビジネス・モデルの中心的役割を果たすケースが多い。一般的に、知財部門には、この資産を創造・保護・活用する役割を担うことが期待されている。

 ところで、知的財産権には、特許権、育成者権、著作権、商標権、技術ノウハウ・顧客情報等の営業秘密、その他の権利が含まれ、それぞれの権利化方法と、経営に貢献する態様はさまざまである。

 例えば、(1)自動車・電機・医薬品等の業界では特許権(発明を特許庁に登録して権利化)の役割が大きく、(2)農業では育成者権(新品種を農林水産省に登録して権利化)、(3)書籍・音楽・映像等の業界では著作権(創作と同時に無方式主義で権利が発生)が、事業の円滑な運営に大きな影響を与え、場合によっては事業継続の可否を決める。(4)商標権(標章を特許庁に登録して権利化。更新が可能)には、自己の商品・役務を他人のものと区別する機能(出所表示機能、品質保証機能、広告機能)があり、営業活動の有力な武器になる。商標と同様の機能を有する商号(法務局に登記して、他者と区別する)と併用して、PR効果を増す取り組みも行われる。また、(5)技術ノウハウ・顧客情報等の営業秘密(秘密管理性・有益性・非公知性の3要件を備えることにより不正競争防止法の保護を受ける)は、外から見えない「現場の力」というべきもので、企業の市場競争力の源泉になる。

 知的財産権は、業種によって、発明・新品種・著作物・標章・技術情報・営業情報等が生まれる部署、権利化の方法、権利行使の方法、権利侵害の態様(誰が、どのような被害を受けるか)、侵害除去の方法等が異なるので、概ね、企業の業種によって知財権を主管する部門が異なるようである。

 なお、他社との知財交渉(契約、侵害の有無の確認、訴訟等)は、事業のグローバル化に伴って国際的に行なわれることが多く、その大半で英語が使用されている。

次に、知財業務の特徴が顕著な事例を挙げる。

 

(例1)自動車、電機

 知財部門は、技術者・生産技術者等に対し、開発成果を整理して特許出願書類[1]を作成するように督励し、その作成を支援して、会社名義で出願する(出願人を会社とする)。

 また、ライバル企業の特許の出願・登録の状況を調査して技術動向を分析し、自社の開発・設計・生産技術等の部門が次の開発テーマを検討するための資料とする。

  1. (注1) デザインが製品差別化の重要な要素になる場合は、意匠権についても特許権と同様に取り組む。
  2. (注2) 大企業の知財部門には、多くの技術者(弁理士資格を有する者[2]も多い)が在籍している。

 企業が第三者との間で、共同開発、開発委託、特許権のライセンスや売買等を行う場合は、事業部門と知財部門が協力して契約を起案する。この契約の作成では、(1)事業の実態を踏まえたリスク・マネジメントと、(2)法律知識に基づく契約条文を作成する力が必要であり、(1)を事業部門の技術・営業等が主に担当し、(2)を契約書作成の経験者(法務経験者、外部の弁護士等)が主に担当すると、作業が円滑に進む。

  1. (注) 多くの中小企業は、これらの作業を特許事務所(契約の場合は法律事務所)に依頼する。

 自社の権利を侵害する者を発見した場合は、侵害等の証拠を収集したうえで、警告・差止め・訴訟提起・刑事告訴等する。逆に、自社が侵害したとして警告等された場合は、知財部門が事業部門と連携して反論(無効審判請求を含む)等する。

 

(例2)書籍、写真、音楽、映像

 この分野では、著作権を中心にしてビジネス・モデルが構成される。著作物の利活用を活発にするさまざまな手段が継続的に開発され、一定の産業が形成されるのに伴って、それに応じた支分権が認識される。日本では、そのつど著作権法を見直し、その著作物に係るビジネスの収入を確保し、それを関係者(権利者、管理事業者、流通事業者等)の間で納得感をもって配分するように、改正してきた。

 現在、著作権制度に大きな影響を与えているのは、大容量情報の処理・伝送・蓄積を可能にするICT(情報通信技術)の進歩と普及で、これに関連する書籍・写真・音楽・映像等のビジネスにおいて、著作権関係者に収入を適切に分配するための方策をめぐる議論が活発に行われている。

 企業としては、権利者の権利の範囲、収入の配分(使用料の支払い)等のあり方について関係省庁・著作権管理団体等と協議しつつ、実際のビジネスの当事者間で、使用許諾、著作権料支払い、二次利用[3]等に関する合意を形成し、契約を締結して新ビジネスを実現することが重要である。

 このような課題は、放送、通信、教育、医療等の現場にも現れている。

 知財担当者には、法令や業界慣行が整備されていない新しいビジネス分野において、事業のルールを作ることが期待される。

 

(例3)商標

 企業のブランド戦略は、商標権を中心にして構築される。ブランドを「企業グループ」「事業グループ」「個別の商品シリーズ」の3層構造で形成して消費者に訴求する企業もある。商標を中心に形成された企業ブランドは、販売チャンネルや商品企画との関係が強いので、多くの企業で、営業部門が主管している。

 広告宣伝のために作成した商標と類似の商標を、他者が先行登録していることがある。標章の使用を企画するときは、登録商標の事前調査を十分に行い、自社が企画した標章を登録して自己の権利にすることが重要である。2020年東京オリンピックのエンブレム選考では、最初に採用された作品に盗作疑惑が生じて、世界的に問題になり、再募集後に別の作品が選ばれた。自社にこれと同様の問題が発生すると、企業価値が大きく毀損されるので何としても避けたい。商標担当者には、「素人が見て、どう感じるか」という感性と、事前調査力が求められる。

 また、模倣品が出回ると、模倣された企業の商品イメージが低下する。権利の侵害者を調査して特定し、警告し、行政機関(知財保護官庁、警察、税関他)に証拠を示して摘発等を要請し、民事訴訟(差止め、損害賠償等)や告訴することは、商標担当部門の重要な役割である。

 

(例4)営業秘密

 2015年に不正競争防止法が改正されて、営業秘密の保護が大幅に強化された。これまで、秘密管理していた技術情報が漏洩し、それが法律の保護の範囲外であるとして泣き寝入りする事件が起きるたびに、その範囲だけの保護強化が繰り返されてきたが、2015年の改正でやっと米国、韓国、ドイツ、フランス等の保護水準に追い付いた。

 日本では、刑事の摘発件数が極めて少ない[4]が、韓国では年間約150件が警察に摘発されている。日韓の間には、被害者が加害者を告訴する姿勢等に大きな違いがありそうだ。日本企業が技術情報の価値を十分に認識していないことが懸念される。技術情報の価値は、それを使って作る製品の特性(耐用年数、用途等)によって異なり、一般的に、金属・化学等の素材や電子・機械等の部品の商品寿命は長く、季節商品は短いので、情報の経済寿命もそれに対応する。また、素材・部品や製造方法・検査方法に関する技術は適用される領域が広いので、価値が大きくなる傾向がある。これらの要素を勘案して、技術情報の価値を適切に認識し、相応の管理を行う必要がある。経済産業省から公表されている「営業秘密管理指針[5]」及び「秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~[6]」が、管理の仕組みづくりの参考になる。

 また、顧客の個人情報データが大量に流出した事件も多い。個人情報は、いわゆる名簿屋の間を転々と流通する間に、最初の出所が隠れ、元々の情報の姿も若干変わるので、マネーロンダリング(資金洗浄)のように流通経路を特定し難い面がある。これも、2015年の不正競争防止法改正で規制された。

 さらに、個人情報については、2015年に個人情報保護法が改正されて、図利目的を処罰する個人情報データベース提供罪が同法ではじめて直罰規定として導入された。

 このように、多くの営業秘密が、不正競争防止法と個人情報保護法によって手厚く保護されるようになった。

 企業では、これを機に、営業秘密保護の強化に向けて内部統制システムを整備するとともに、電子データ流出防止措置を強化したい。情報流出事件を経験した複数の企業が、システムのセキュリティ水準を高度化し、情報の取り扱いレベルを引き上げ、組織体制を強化し、顧客(個人)情報の取り扱い方針・対応を改善する等の再発防止策を講じている。他社事例を参考にして、自社の管理のあり方を見直したい。

 営業秘密については、企業内の各部門で保護対象を明確にして管理を徹底する必要がある。

 知財部門は、情報システム部門等の他部門と連携して、情報の価値を試算し、各部門の啓発に努めたい。技術情報が競争相手に流出した場合の負のリスクの大きさは、日頃、多くの知財交渉を経験している知財部門の者が一番よく理解している。また、社員の特定の発明を特許出願せず、営業秘密として管理する方針を出した経験者もいるだろう。

 知財部門には、特に、技術ノウハウの流出防止に向けた取り組みにおいて、旗手になることが期待される。



[1] 願書、特許請求の範囲、明細書、図面(必要な場合)、要約書

[2] 日本の弁理士数は11,245人(日本弁理士会会員2017年7月31日現在)

[3] 二次利用の問題削減を目的として、一般社団法人 映像コンテンツ権利処理機構(aRma)が設立された。

[4] 不正競争防止法に刑事罰が導入された2003年から2013年まで累積15件、2014年15件。

[5] 平成27年(2015年)1月

[6] 平成28年(2016年)2月

 

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