弁護士の就職と転職Q&A
Q17「訴訟をやらない(できない)というキャリアもありか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
企業法務系の法律事務所においては、「裁判所に行かない」というパートナーはまったく珍しくありません。また、社内弁護士の多くは、自社が当事者となる訴訟においても、訴訟代理人を自ら引き受けることはなく、外部の法律事務所に任せるのが通例となっています。
しかし、今でも、多くの修習生は「訴訟がまったくできない弁護士になるのには不安がある」と考えています。そこで、今回は、「訴訟をやらない(できない)ままにシニアになる」という選択に不都合がないかどうかを考えてみたいと思います。
1 問題の所在
企業法務系弁護士の世界では、事務所の大規模化と共に、「専門化」も進んで来ました。かつては、「弁護士たるもの、まずは、一通りの業務を自分で対応できるようになってから、その幅広い基礎の上に、各自の専門性を磨くべきである」という、いわゆる、逆「T」字型のキャリア観が支配的でした。しかし、リーマンショック以降の「クライアントからのリーガルフィーに対する厳しい目」は、「アソシエイトの効率的利用」を促して、「早期の専門化」が求められるようになりました。その結果として、「訴訟技能」も、「弁護士ならば誰もが身に付けておくべき基礎的技能」ではなく、「訴訟を専門とする弁護士の特殊技能」として位置付けられるようになってきました。
そして、法律事務所の収益構造の観点からすれば、巨大ファームにおいては(米国のようにディスカバリー制度がない日本の訴訟制度の下では)国内訴訟業務は、収益性が高いとは認識されておらず、訴訟部門は、むしろ、国際仲裁や海外訴訟のリエゾン業務の拡大に力を入れているようにも思われます。
実際、大規模な事務所のアソシエイトでいる限りは、自らに経験がなくとも、所内の訴訟弁護士の知見を借りることができるので不便はありません。さらに言えば、事務所のブランドが立派なほどに、非専門家が訴訟代理人となって拙い対応をして裁判所や相手方代理人の評判を下げることもリスクになってしまうため、訴訟を専門としない弁護士は法廷から遠ざけられる傾向もあります。このように「訴訟を捨てる」というキャリア選択を後悔する事態は起こらないのでしょうか。
2 対応指針
訴訟との関わりは、「自ら訴訟代理人を務める」という「本業」型と、「訴訟になった場合の見立てについての意見を述べる」という「付随業務」型があります。「本業」で一人前の訴訟弁護士になるためには、証人尋問(特に反対尋問)の場数を踏む必要がありますが、企業法務系弁護士の大半は、そこまでしていませんし、そこに不都合も感じていません。
他方、「付随業務」として「訴訟の見立て」について気の利いたコメントができないとクライアントの信頼を維持できないリスクは広く認識されています。そのため、自ら法廷に立つことはなくとも、「訴訟の見立て」を問われたら、堂々としたコメントをできるようになるための情報収集の努力は続けるべきです。
3 解説
(1) 訴訟代理人業務
訴訟代理人業務の最大の魅力は、「依頼者から頼られる」という部分にあります。M&AのDDやファイナンス案件におけるドキュメンテーション業務は、依頼者から「ベンダー」と呼ばれるように、ビジネスサイドの判断を実行に移すための下請け業務的な性質があります。それに対して、訴訟代理人業務における弁護士は司令塔にいて方針を決定する立場にあります。外国クライアントも、日本の規制法の正当性に異議を述べることはあっても、訴訟手続には従わざるを得ないと考えています。
また、M&Aやファイナンスは、「取引慣行」が重視されて「事務所のノウハウ」に依存する業務類型であるのに対して、訴訟業務は、研修所で「白表紙」を用いた起案がなされるように、事件記録を読み込むこと(実際の事件では関係者への聞き取りを含めて)で勝敗が決せられるために、「一弁護士としてのセンス」が問われる真剣勝負ならではの「やりがい」もあります。ただ、それだけに性格的な「向き」「不向き」があるため、すべての企業法務系弁護士が法廷に立つべきであるとも思えません。
(2) 「訴訟の見立て」を問われる場面
企業法務系の事務所のアソシエイトとしては、「訴訟は自分の専門外である」という位置付けで日々の仕事をこなすことは可能です。それは周囲の訴訟弁護士のサポートを得られる環境にいるからです。
しかし、弁護士が成長していけば、「会議体において弁護士は自分ひとり」という状況に直面することが増えていきます。依頼者との会議にもひとりで参加するようになります(外部会議に一々、訴訟弁護士を同行させるわけにはいきません)。そのため、訴訟リスクが話題になった場合に(「細かい点は戻って訴訟部門にも確認してみたいと思いますが」のような留保を付けることがあったとしても)基本的な部分は自ら答えられるようにならなければなりません。
また、近時は、社外役員に就任する弁護士も増えています。取締役会や監査役会等では係属中の、又は、潜在的な紛争案件が議題として取り上げられることもあります。会議の参加メンバーの中で、自分が唯一の弁護士であるならば、他の役員からは「訴訟対応も含む法律全般」についての専門的知見を述べる役割が自分に期待されることになります。
(3) 「訴訟の見立て」を語れないリスク
依頼者等から「訴訟になったら勝てますか?」と問われて、弁護士が「訴訟は自分の専門外なので」という言い訳をするのは「選手交代させてください」と言っているようなものです。苦し紛れに「ケースバイケースです」「五分五分です」としか答えられないと、その場を受け流すことはできたとしても、依頼者は、より信頼できるコメントをしてくれる他の弁護士を探し始めることになります。
そのため、商売人としては(十分な根拠に基づかなくとも、リスクを引き受けて)「ポジションを取った発言」をして、「なぜ、そう言えるのか?」について、もっともらしい根拠を示す訓練が必要となります。そこでは、「私が関与した・・・の件ではこうだった」と言えるとポイントが高いですし、自分が関与していなくとも「最近の東京地裁の事例では・・・」と、さも内容を熟知しているかのように堂々と述べられる「見た目」も信頼度に影響してくることになります。
気の利いたコメントをできなかった「苦い経験」を重ねると、自らが専門としない分野についても、「それらしいコメント」をするための情報収集に励むようになります。
以上