◇SH1431◇日本企業のための国際仲裁対策(第56回) 関戸 麦(2017/10/12)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第56回 国際仲裁手続の終盤における留意点(11)-仲裁判断その3

7. 仲裁判断

(6) 反対意見等

 仲裁人が1名の場合には問題とならないが、仲裁人が3名の場合、仲裁人間で判断が分かれることが考えられる。このうち過半数の一致、すなわち2名の一致があれば、仲裁判断が成立するというのが仲裁法規及び仲裁機関規則の一致した内容である(日本の仲裁法39条1項但書、ICC規則32.1項、SIAC規則32.7項、HKIAC規則32.1項、JCAA規則61条6項但書各参照)。

 さらに、ICC、SIAC及びHKIACの各規則によれば、3名の仲裁人の判断が三者三様である場合には、仲裁廷の長(president)1名の判断が、仲裁判断になるとされている(ICC規則32.1項、SIAC規則32.7項、HKIAC規則32.1項)。

 もっとも、現実には、仲裁人の判断が分かれることは多くない。ICCにおける2009年から2011年の間の仲裁判断合計744件のうち、仲裁人全員の判断が一致した場合が620件(約83%)であるのに対し、多数決によって仲裁判断が下された場合が123件(約16%)、仲裁廷の長のみによって仲裁判断が下された場合が1件(1%未満)であった[1]。これは、相対立する当事者が各々選任した仲裁人2名が、多くの場合、選任した当事者にそれぞれ肩入れすることなく、意見の一致を見るということである。当事者によって選任された仲裁人も、中立性を保つことが当然必要であるが、そのことと整合する数値になっているといえる。

 他方、仲裁人の判断が分かれる場合には、多数意見と異なる判断をする仲裁人が、反対意見を述べられるかが問題となる。この点、仲裁法規及び仲裁規則には、特段規定は見当たらない。

 仲裁判断における反対意見には、二つの懸念がある。一つは、仲裁人間の合議ないし協議の秘密が、損なわれるリスクがある。これが損なわれることは、仲裁人間の自由闊達な議論が妨げられることにつながるため、避ける必要がある。

 他の一つは、仲裁判断の有効性を争う理由として、反対意見が用いられることへの懸念がある。前回(第55回)の7(4)項で述べたとおり、仲裁判断の有効性が否定される(無効、取消等の対象となる)ことは、仲裁手続の成果が無意味になる事態であるから、避けるべきものである。また、仮に有効性が否定されないとしても、反対意見を契機として、仲裁判断の有効性について無用な争いが生じる事態も望ましくない。

 もっとも、上記の懸念に拘わらず、多数意見に属しない仲裁人が反対意見を述べることは、国際仲裁の実務において認められている[2]。但し、上記の懸念を踏まえると、反対意見は、仲裁人間の合議ないし協議の秘密を損なうものであってはならず、また、仲裁判断の有効性に疑義を生じさせるものであってはならない。

 なお、反対意見は、仲裁判断を構成せず、仲裁判断とは別のものと解されている。当然のことながら、反対意見は、いわゆるニューヨーク条約締約国の裁判所における承認及び執行の対象となるものではない。

(7) 仲裁判断の審査

 ICC及びSIACでは、仲裁機関の事務局が、正式に仲裁判断が示される前に、仲裁判断のドラフトを仲裁廷から受領し、その審査(scrutiny)を行っている。審査の対象は、形式面(form)と内容面(substance)とに分かれるが、その意味合いは異なっている。

 すなわち、形式面の審査は強制的な意味合いがあり、仲裁機関の事務局の承認が得られるまでは、仲裁判断が発せられないこととなっている(ICC規則34項、SIAC規則32.3項)。

 これに対し、内容面については、仲裁廷の判断権限を侵すことは許されず、審査に強制的な意味合いはない。仲裁機関の事務局が行えることは、仲裁廷に対し注意喚起を行うことまでである(ICC規則34項、SIAC規則32.3項)。例えば、仲裁廷に検討漏れ、判断漏れがあった場合に、その点を指摘することが考えられる。内容面については、仲裁機関の注意喚起に応じないまま、仲裁廷は仲裁判断を示すことができる。

(8) 仲裁判断の当事者への送付

 ICC、SIAC及びJCAAでは、仲裁判断の当事者への送付は、仲裁廷からではなく、仲裁機関の事務局を経由して行われる(ICC規則35.1項、SIAC規則32.8項、JCAA規則62条1項)。HKIACでは、仲裁廷から送付される(HKIAC規則34.6項)。仲裁判断の謄本が、郵送で送られることが通常であるが、これに加えて、電子メールで写しが送付されることも一般的である。

 仲裁判断の送付時期及び方法について、いきなり送付されて適時開示への対応や、インサイダー取引規制との関係で不都合が生じる事態を回避するために、仲裁機関の事務局に一定の配慮を依頼することが考えられることは、第54回の7(2)項で述べたとおりである。

 なお、仲裁判断の当事者への送付は、仲裁機関への費用の支払いが完了していない限り、行われない。仲裁機関の規則の中には、この点を明示しているものもある(ICC規則35.1項、SIAC規則32.8項、JCAA規則62条1項)。

 このため、例えば被申立人が仲裁機関への費用の支払いを怠っている場合には、その分を申立人が支払わない限り、申立人は仲裁判断を受領できないこととなる。

(9) 仲裁判断の効力

 仲裁判断には、既判力(res judicata)がある。既判力とは、当事者間の法律関係を律する基準となる効力であり、仲裁判断の対象と同一事項が再び問題になったときには、当事者は仲裁判断の内容に矛盾する主張をしてその判断を争うことが許されず、また、他の仲裁廷や裁判所も、仲裁判断に矛盾抵触する判断をすることが許されなくなる。

 加えて、仲裁判断のうち、金銭の支払、物の引渡の履行、差止等を命じるものについては、執行力がある。但し、実際に強制執行を行うためには、対象財産の所在地等の、強制執行を実施する場所を管轄する裁判所において、承認執行手続を経る必要がある。

(10) 仲裁判断の公開の可能性

 仲裁手続は非公開であり、仲裁判断も公開されないというのが通常である。但し、近年仲裁判断を公開するべきであるという意見が、しばしば述べられている。その主たる狙いは、仲裁判断を批判にさらすことによって、仲裁判断、更には仲裁手続全般の質が向上することが期待できるというものである。

 このような意見を受け、SIACは、2016年の規則改正において、仲裁判断を公開する余地について定めた(32.12項)。但し、公開するためには、仲裁廷と全当事者が公開に同意する必要があり、また、公開する場合でも、当事者名その他当事者の特定につながる情報は、黒塗りにすることが求められている。

 なお、通常の国際仲裁ではなく、国家間で締結される投資条約を法的根拠ととする投資条約仲裁(investment treaty arbitration。私企業が、国家を相手方として申し立てるという形態が一般的である)では、その公的性格のためか、仲裁判断が広く公開されている。

以 上



[1] Jayson Fry et al., The Secretariat’s Guide to ICC Arbitration (ICC Publication, 2012), pp. 316

[2] 脚注1で記載したICCの文献においては、ICCが反対意見を許容する運用であることが、明記されている(pp. 318)。

 

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