日本企業のための国際仲裁対策
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第59回 仲裁判断後の手続(3)-仲裁判断の取消その3
1. 仲裁判断の取消
(8) 仲裁判断の取消に関する日本の裁判例
仲裁判断の取消について定める日本の仲裁法44条で検索をすると、判例データベース上3件の裁判例が表れる。以下、これらの裁判例につき、要点を紹介する。なお、現行仲裁法が施行されたのは平成16年3月1日であり、いずれの裁判例も、同日以降に仲裁判断の取消の申立があったものである。
3件のうち、仲裁判断を取り消すとの判断をしたものが2件ある。過半数ということになるが、前回(第58回)の1(7)項で述べたとおり、全般的に見ると、日本の裁判所は基本的に仲裁判断を取り消しておらず、仲裁判断を尊重する傾向にあると言うことができる。この差異の理由は、判例データベースに掲載されるものは、実際の裁判のごく一部に限られるところ、仲裁判断を取り消したものは、珍しく先例としてより重要な意味を持ちうるため、判例データベースに掲載されやすい点にあると考えられる。
① 東京地裁平成21年7月28日決定[1]
これは、仲裁判断が取り消されなかった裁判例である。
対象となった仲裁手続は、AAA(米国仲裁協会)のICDR(国際紛争解決センター)におけるもので、仲裁地は東京であった。仲裁廷は合議体であったようであるが、東京地裁の決定文上は、仲裁人の人数が2名という一般的ではない人数となっている(その理由は、決定文上不明である)。
仲裁判断の内容は、日本円にして約100億円の損害賠償及び弁護士費用等の支払を日本企業に対して命じるものであり、支払を受ける勝訴当事者は米国企業であった。半導体製造工場の火災に関する損害賠償で、このように賠償額が高額となっている。
仲裁判断の取消を申し立てた日本企業は、取消事由として以下3点を主張した。
- (ⅰ) 仲裁手続において防御ができなかった(日本の仲裁法44条1項4号)。
- (ⅱ) 仲裁判断の内容が日本の公序良俗に反する(同項8号)。
- (ⅲ) 仲裁手続が当事者間の合意に反する(同項6号)。
これに対する東京地裁の判断は、以下のとおりであった。
- (ⅰ) 仲裁判断はできる限り尊重されるべきであるから、同項4号は、当事者が立ち会うことができない手続が実施されたとか、当事者が認識できない資料に依拠して判断がされた場合など、当事者に対しておよそ防御する機会が与えられなかったような重大な手続保証違反があった場合にのみ、裁判所による仲裁判断の取消を認める趣旨であると解するべきであり、単に、当事者が重要な争点であると認識していなかったという程度の事情をもって、同項4号の取消事由にはあたらない。
- (ⅱ) 同項8号は、単に仲裁廷による事実認定又は法的判断が不合理であると認められるにすぎない場合に、裁判所による仲裁判断の取消を認める趣旨ではなく、仲裁判断によって実現される法的結果が日本における公序良俗に反すると認められる場合にのみ、裁判所による仲裁判断の取消を認める趣旨であると解するべきであり、単に損害賠償の裁定額が多額であるというだけでは、同項8号の取消事由にはあたらない。
- (ⅲ) 本件における同項6号の主張は、同条2項所定の申立期間(仲裁判断書の写しの送付による通知を受けた日から3ヶ月以内)の経過後に追加されたものであるところ、仲裁判断の取消を申し立てた後、同項所定の期間が経過した後に、同条1項1号ないし6号の取消事由を新たに追加主張することは、同条2項に反し許されない。
以上のとおり述べて、東京地裁は、仲裁判断取消の申立を棄却し、仲裁判断の効力を維持した。
② 東京地裁平成23年6月13日決定[2]
次は、仲裁判断が取り消された裁判例である。
対象となった仲裁手続は、JCAA(日本商事仲裁協会)におけるもので、仲裁地は東京であった。仲裁廷は単独仲裁人であった。
仲裁判断の内容は、日本企業に対して技術サービス料及び遅延損害金として約5000万円と、仲裁関連費用として約3000万円の合計約8000万円の支払を命じるものであり、支払を受ける勝訴当事者は米国企業であった。また、対象となる事案は、日本企業と米国企業との間における、米国企業の技術を用いた合弁契約に関するものであるところ、この契約関係が存在することの確認も仲裁判断には含まれていた。
東京地裁は、申立人である日本企業の主張を認め、日本の仲裁法44条1項8号(日本の公序良俗違反)を理由に仲裁判断を取り消したが、その要点は以下のとおりであった。
- (ⅰ) 手続に関する仲裁法の規定及びその趣旨[3]からすれば、仲裁手続が「我が国の手続的公序」に反する場合、我が国の基本的法秩序に反するものとなり、仲裁法44条1項8号の取消事由に該当する。
- (ⅱ) 当事者が適法に手続上提出した攻撃防御方法たる事項で、仲裁判断の主文に影響がある重要な事項について判断せずに仲裁判断をすることは、当事者にとって見れば判断を受けていないに等しく、仲裁に対する信頼も損なわれることから、このような場合には、「我が国の手続的公序」に反する。
- (ⅲ) 当事者間に争いのある事実を争いのない事実とした上で仲裁判断をすることは、当該事実について判断をしていないことに帰するのであるから、当該事実が仲裁判断の主文に影響を及ぼす重要な事項である限り、「我が国の手続的公序」に反する。
仲裁法44条1項8号(日本の公序良俗違反)の取消事由に、仲裁判断の「内容面」の公序良俗違反に加え、「手続面」の公序良俗違反が含まれるかについては争いがあるところ、東京地裁は、上記のとおりこれが含まれるとし、また、当事者間に争いのある事実を争いのない事実とした上で仲裁判断をすることが「手続面」の公序良俗違反にあたるとして、仲裁判断を取り消した。
なお、本東京地裁決定に対しては、即時抗告が行われたが、東京高裁はその即時抗告を棄却し、仲裁判断の取消を是認した(東京高裁平成24年3月13日決定[4])。
もっとも、本東京地裁決定に対しては批判もあり、その趣旨は、(a)当該争いのある事実については実質的には判断が下されており、仲裁判断書の記載の一部に不十分な点があったに過ぎない、(b)仲裁判断における事実認定や法適用の誤りという「実質面」の誤りが取消の事由にはならない中で、仲裁判断書の記載に不十分な点があるという「形式面」の不備が取消事由になることは疑問である、というものである[5]。
今回は以上までとし、3件目の裁判例については、次回に解説することとする。
以 上
[1] 判例タイムズ1304号(2009)292頁
[2] 判例時報2128号(2011)58頁
[3] 「手続に関する仲裁法の規定及びその趣旨」として東京地裁が指摘している点は、(a)手続について仲裁法は、当事者自治の観点から、仲裁廷が従うべき仲裁手続の準則も第一次的には当事者の合意によって定めることができるとしながらも(26条1項)、(b)適正手続の保障の観点から、仲裁が適正かつ公平な紛争処理制度として運営されることを確保する必要があるため、当事者の平等待遇や、事案につき説明する十分な機会の保障(25条)を規定し、(c)異議権の放棄を公序に関しないものに限定し(27条)、(d)当事者が合意によって定めることができる手続準則も、公序に関する規定に反しない限りで許されるとするにとどまること(26条1項但書)である。
[4] 判例集等未掲載
[5] 唐津恵一「商事判例研究 仲裁判断が手続的公序に反するとして取り消された事例――東京地決平成23・6・13」ジュリ1447号(2012)107頁