実学・企業法務(第137回)
法務目線の業界探訪〔Ⅱ〕医藥品、化粧品
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
〔Ⅱ〕医薬品、化粧品
〔Ⅱ-1〕医薬品
6. 事故・事件の例
国が定めた医薬品の製造に関するルールに違反したことが問題になった事例を次に挙げる。
(例)化血研問題[1]
熊本市の一般財団法人化学及血清療法研究所(以下、「K」という。)が、国の承認していない方法で「血漿分画製剤」(以下、「血液製剤」という。)及び「ワクチン製剤」を製造していたとされる問題で、第三者委員会が報告書をKに提出し、厚生労働省の措置等が行われた。
- (注) 報告書には、「血液製剤が人体に対して危険を及ぼすことを示す証拠が見当たらないこと」、及び、「ワクチン製剤について(略)重篤な副作用の報告がなされたという事実は確認できなかった」旨が記載されている。
- 〔参考にしたい教訓〕
-
・ 企業の中で遵法を徹底する最適な方法を選択する。
社内の人事異動、外部人材の起用、実務に精通した正義漢を現場に配属
内部監査・審査の徹底(定期、事前予告、抜き打ちをミックス)
内部通報制度の整備、及び、内部通報への迅速・適切な対応 -
・ 違反行為が発生した初期段階で、ルールを点検する。
社内ルールを改善する。
公的な基準が陳腐化したと考える場合は、社内外の識者を集めて当該基準更新の必要性を検討する。必要があれば、当局と協議する。 - ・ 違反者は信賞必罰(上位者ほど責任が大きい)。
(1) 経 緯
1 「血液製剤」 国の承認と異なる方法で製造・虚偽記録作成、違反行為等を行った経緯・動機等
1974年頃から(多くは1980年代から1990年代前半に)問題が発生した。
Kにおいて、血液製剤の承認書と実製造との間に不整合があり、それが隠蔽されていた。
不整合は、2015年11月25日(第三者委員会の報告書提出)時点で31個存在する。
〔背景〕
薬害エイズ問題で、国内の非加熱製剤が加熱製剤に切り替わる中で、国が国内完全需給の方針を出し、社会的にも加熱製剤の生産増強が求められた。
Kは、早期の製品化・安定供給を最優先した。
当時、薬事法令の規制は厳格ではなく、法令遵守の意識が薄い中で製法の改善・変更が行われた。
1995年頃迄には、血液製剤部門の一部で、虚偽の製造記録が作成された。
1998年頃迄には、承認書に沿って製造したと見せる虚偽の製造記録が組織的に作成された。
2014年以降、新製品の承認申請に際し、過去の不整合を隠すため虚偽の承認申請書が作成された。
〔経緯〕
2015年 血液製剤に関する投書を厚生労働省が受領
5月28~29日 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下、「PMDA」という。)が立入調査①を実施
⑴ 血液製剤が承認書と異なる方法で製造されていること、⑵ 虚偽の製造記録を別途作成していることが判明
- (注) 承認書記載の製造方法と、製品標準書・製造指図書等に記載の製造方法に不一致はないが、これらと実際の製造方法が異なっていた。
6月5日 厚生労働省が、血液製剤(12製品26品目)の出荷を差止
9月9日 Kが第三者委員会を設立
11月25日 第三者委員会が報告書をKに提出
〔報告書の要点〕
・ 血液製剤の「承認書」と「実製造」との間に不整合があり、その隠蔽が行われていた。
・ 現場の徹底的な隠蔽行為を幹部は認識していたが放置し、信頼性保証体制はマヒしていた。
・ 血液製剤の安全性については、問題が見当たらない。
12月2日 薬事・食品衛生審議会血液事業部会運営委員会がKの「第三者委員会報告書を報告」
12月3・4日 厚生労働省が立入検査③を実施
2 「ワクチン製剤」 コンプライアンス体制に関する事実関係
〔経緯〕
2015年6~8月 ワクチン等についても、承認と製造実態の齟齬が厚生労働省に報告される
9月1日 厚生労働省が、ワクチン等に関する報告命令をKに発出
① 製造販売承認と実製造の齟齬が生じている事項の報告、②左記①の資料の提出
9月14日 厚生労働省が、Kより報告書を受領
9月18日 Kからの報告書を受けて、厚生労働省が立入検査②を実施
以前の報告が適切でなかったと判明(報告命令違反)。厚生労働省がKに出荷自粛を指導
10月21日に「インフルワクチン」、11月26日に「4種混合ワクチン」について、厚生科学審議会感染症部会で検討のうえ、それぞれ出荷自粛を解除
3 「血液製剤」及び「ワクチン製剤」の立入検査等を踏まえた厚生労働省の措置
2015年12月14日 Kに体制の抜本的な見直しを要請
2016年1月8日 Kに業務停止命令(110日間)
1月15日 Kに医薬品の製造所等に対する「無通告査察」の実施を通知
1月19日 Kに医薬品の「承認書」と「製造実態」との相違について点検を指示
(2) 第三者委員会が行った「Kの再発防止策の評価」と「提言」
1 Kが既に行っていた再発防止策
- ① 遵法精神の徹底(厳正処分、コンプライアンス教育)
- ② 経営体制・ガバナンス体制の改革(外部理事・監事の登用、理事・監事人事等の透明化、評議員会の監視機能の強化、人事ローテーションの改善等)
- ③ 医薬品品質システムの構築(内部プロジェクト立ち上げ等。ただし、本件の問題部門は参加せず。)
- ④ 品質システム改革の展開(サイトQA [2]体制構築、納入業者管理、抜き打ち監査の実施等)
- ⑤ 上記再発防止策の実施の担保(定期的な報告)
2.評価と提言
- ① 従来のKの体制から大きな前進がみられ、同種事例の再発を防止するのに有効。
- ② Kの実施事項に加えて、「企業倫理の確立」「適切なガバナンス体制の確立」等を提言した。
[1] 「第三者委員会報告書(2015年11月25日)」「化血研の広報資料(2015年12月2日)」「厚生労働省資料」「審議会・部会等の議事録」等により筆者が作成。
[2] 「サイトQA」は、改竄・隠蔽防止のための監視・監督行為を行い、現場でルール逸脱等の問題が生じた際に、どう対応すべきかを判断し、問題が品質保証部に早急に報告されるよう支援する等、現場と品質保証部をつなぐ役割を担当する。