◇SH1494◇弁護士の就職と転職Q&A Q23「懲戒は致命傷か? 勲章でもあるのか?」 西田 章(2017/11/13)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q23「懲戒は致命傷か? 勲章でもあるのか?

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 弁護士法人アディーレが、東京弁護士会から業務停止の懲戒処分を受けたことにより、同事務所で予定されていたインターンも中止になりました。司法修習予定者からは「懲戒を受けるような事務所に就職活動しなくてよかった」という声も聞かれます。過払い金返還業務で名を成した同事務所は、ウェブサイト上の広告に景表法や日弁連の業務広告に関する規程に違反する行為があったものと所属弁護士会から認定されました(企業法務系では、事務所の具体的な料金体系を対外的に示して集客することは一般的ではありませんので、参考になる点があるとすれば、「事務所のビジネスモデル等に対するネガティブな印象が処分を重くする方向で影響したのではないか」という論点かもしれません)。今回は、懲戒処分を受けることを、企業法務系の弁護士のキャリアとの関係で考えてみたいと思います。

 

1 問題の所在

 件数的には、最も多く目にする懲戒事由は、「弁護士会費の滞納」です。事務所の「経済的困窮」又は「杜撰な経営」が原因ならば、業務は拡大ではなく、縮小又は廃業に向かうでしょうから、このような事務所が就職又は転職の選択肢となることはあまりありません。

 悩ましいのは、懲戒が一義的に「悪」と割り切れる事案ばかりではないことから生じます。訴訟代理人業務は、喧嘩の代理をしているようなものです。そのため、「喧嘩に強い弁護士ほど、相手方当事者から嫌われる」という側面があります。そもそも、当事者は、弁護士を立てて交渉又は訴訟をしているような状況にあるのですから、もはや「穏便に済ませる」ことよりも、「結果を出すためには、使える手段はなんでも使う」という発想で攻めて来られることもあります。そのため、「使える手段」のひとつとして、弁護士への懲戒請求が交渉材料に用いられることもあります。

 懲戒を請求してくる者は、紛争相手方だけではありません。弁護士は自分の依頼者から懲戒を請求されることもあります。依頼者又は元依頼者は、弁護士の怠惰又は結果に見合わない費用負担を糾弾してきますが、弁護士の側からすれば、自己の非を認めなければならない場合だけでなく、「依頼者は、法律上は実現不可能な結果を求めて不満に感じているだけであり、自分の対応が不適切なわけではない」と反論したい場面も数多く存在します。

 そこで、「どのような懲戒・不祥事は、弁護士のキャリアに傷がつくのか」の判断の基準が、就職又は転職先の検討との関係で模索されることになります。

 

2 対応指針

 「医者の不養生」と同様に、「弁護士の不祥事」は珍しいことではありません。「懲戒」として表に出る以上の案件が内部的に処理されています。不祥事は、(1)個別案件の処理に関するもの、(2)事務所経営に関するもの、(3)弁護士のプライベートに関するもの、に大別されます。リーガルマーケットや人材市場への影響は、「依頼者のために少しやりすぎた」という程度であれば、再起を期待して比較的穏便に済ませられますが、「私利私欲のための不正行為」や「本人に反省がなく再発のおそれが高い」のであれば、関係者も厳罰を望む傾向があります。

 

3 解説

(1) 個別案件の処理に関する不祥事

 企業法務でも、一般民事と同様に、「預り金の流用」のリスクはあり、刑事事件に発展する可能性もあります。これらは、流用ができてしまう環境を是正するために、預り金口座の届出制度も設けられて、その根絶を目指した取組みが進められているところです。

 事件処理の方針で「相手方に迷惑をかける」類型には、一般民事では、「債権回収や離婚交渉のために相手方であるサラリーマンの職場に連絡する」などが典型例として挙げられますが、企業法務でも「根拠がない不当請求である」とか訴訟活動の表現行為に対して「名誉毀損に該当する」とのクレームを受けることがあります。これらは依頼者にとっては、「そこまでやってくれる」という、「喧嘩請負人」としての「頼り甲斐」につながることもあります。

 ただ、就職先や転職先として考える場合には、「筋悪の依頼者を抱えているのではないか?」とか「依頼者に言われるがままに請求するような事務所ではないか?」という倫理観を確認するべきです。

(2) 事務所経営に関する不祥事

 「危機管理業務」のメインのひとつに「会計不正」分野がありますが、これは、法律事務所内にも存在します。依頼者への架空請求・経費の水増しや脱税に及ぶ問題であれば、懲戒事由や刑事事件にも発展しますが、内部の収益分配や費用負担に留まる問題であれば、その処分は事務所内の自治的判断に委ねられます(他の共同経営者を裏切り、「私利私欲」を追求する背信的な行為には、「同じ船に乗る仲間として認められない」として、袂を別つ判断がなされることが多いようです)。

 就職先や転職先がこのような問題を抱えていたとしても、問題の性質上、互いに秘密を保持して、所外には、事件の存在すら開示しないことが通例です。そのため、依頼者は、その経緯を知らされずに、担当弁護士の移籍に際して、元の事務所との関係を維持すべきか、それとも、担当弁護士の新事務所に移管するのかの判断を求められることになります。結果として、不祥事と関係のない移籍や独立時に遭遇するのと表面上は同じ問題です。就職先や転職先としての適性は、処分をした事務所と処分を受けた弁護士が、それぞれ、その後も依頼者の信頼を維持して事務所を運営していけるかどうかがポイントとなります。

(3) プライベートに関する不祥事

 弁護士業界においても、かつては、「英雄色を好む」という格言を是認するかのような時代がありました。売上げさえ立てていれば、不貞行為も許されるような空気も否定できませんでした。睡眠時間を削ってストレスフルな仕事を続ける代償として、倫理観が麻痺していたのかもしれません。

 しかし、現在、危機管理対応の専門家として、依頼者企業に対して、厳しくコンプライアンス遵守を求めていかなければならない立場において、身内に対して甘いような発想は維持できなくなってきました。再発防止を期待できない者に対しては、一時的に営業上の損失をもたらすものであっても、事務所のレピュテーションを危険に晒すことを避けなければならないという価値判断がなされるようになってきています。

 事務所を追われる弁護士にとっては、業務を続けられる受け皿を確保できるかどうかが最重要課題となるため、前職場には秘密を保持してもらって、移籍先には、前向きな転職をアピールすることになります。

 修習生やアソシエイトが、就職先や転職先を検討するに際しては、「プライベートでも品行方正な指導者」を得られるのが理想ではあります。ただ、「弁護士は、サラリーマンではないので、いずれは自立しなければならない(自分の事務所を設立するかどうかは別としても)」という現実を直視すれば、「品行方正で平凡な弁護士」に師事するよりも、プライベートは反面教師にしなければならないような先輩であっても、「盗みたくなるような一芸」を兼ね備えている先輩がいる事務所に「清濁併せ吞む」という発想で飛び込む人もいます。

以上

 

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