◇SH1613◇債権法改正後の民法の未来2 事情変更(1) 平井信二(2018/01/31)

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債権法改正後の民法の未来 2
事 情 変 更 (1)

大阪弁護士会 民法改正問題特別委員会

弁護士 平 井 信 二

 

Ⅰ 最終の提案内容

「第4 著しい事情の変更による解除

契約の締結後に、異常な天災地変その他の事由に基づき契約をするに当たって基礎とした事情に著しい変更が生じた場合において、当該契約を存続させることが、当該契約及び取引上の社会通念に照らし、当事者間の衡平を害する著しく不当なものであるときは、当事者は、当該契約の解除をすることができる。ただし、その変更が次の⑴及び⑵のいずれにも該当する場合に限る。

  1. ⑴ 契約の締結の当時、当事者双方が予見することのできなかった特別のものであること。
  2. ⑵ 解除権を行使しようとする当事者の責めに帰することができないものであること。」[1]

 

【参考】中間試案(第32 事情変更の法理) 

「契約の締結後に、その契約において前提となっていた事情に変更が生じた場合において、その事情の変更が次に掲げる要件のいずれにも該当するなど一定の要件を満たすときは、当事者は、[契約の解除/契約の解除又は契約の改訂の請求]をすることができるものとするかどうかについて、引き続き検討する。

  1. ア その事情の変更が契約締結時に当事者が予見することができず、かつ、当事者の責めに帰することのできない事由により生じたものであること。
  2. イ その事情の変更により、契約をした目的を達することができず、又は当初の契約内容を維持することが当事者間の衡平を著しく害することとなること。

 

Ⅱ 提案の背景

 事情変更の法理とは、一般に、契約締結後その基礎となった事情が、当事者の予見し得なかった事実の発生により変更し、このため当初の契約内容に当事者を拘束することがきわめて苛酷となった場合に契約の解除や改訂を認める法理をいい、伝統的には信義則の適用例として説明されることが多いといえる[2]

 事情変更の法理が存在すること自体については、判例(大判昭和19・12・6日民集23巻613頁、最二判昭和29・2・12民集8巻2号448頁、最三判平成9・7・1民集51巻6号2452頁ほか)・学説とも争いがない。

 そこで、存在が明確に認められているルールについては明文化すべきとの観点から、事情変更の法理の明文化が検討された。

 

Ⅲ 議論の経過

1 経過一覧

 法制審議会では、下記一覧表記載のとおり議論がなされた。

 「中間的な論点整理」が発表された後は、パブリック・コメントの手続に寄せられた意見等において、例外的な場面を取り扱う法理であるにもかかわらず「原則」と称するのは適当でないという批判を踏まえ、事情変更の「法理」と称して検討が継続された[3]

会議等 開催日等 資料
第19回 H22.11.30開催
第1読会(17)
部会資料19-1、19-2(詳細版)  
第24回 H23.2.22開催
論点整理(4)
部会資料24  
中間的な論点整理 H23.4.12決定 同補足説明 部会資料33-7(中間的な論点整理に対して寄せられた意見の概要(各論6について))  
第60回 H24.10.23開催
第2読会(31)
部会資料48  
第2分科会第6回 H24.10.30開催 分科会資料8(裁判例一覧)  
第69回 H25.2.12開催
中間試案(6)
部会資料57  
第71回 H25.2.26開催
中間試案(8)
部会資料59  
中間試案 H25.2.26決定 中間試案(概要付き)
第75回 H25.7.30開催
第3読会(2)

部会資料64-3(中間試案に対して寄せられた意見の概要(各論))

同65 大島博委員意見書

第81回 H25.12.10開催
第3読会(8)

部会資料72B(第1裁判例一覧表)

大阪弁護士会民法改正問題特別委員会有志意見

第87回 H26.4.22開催
第3読会(14)
部会資料77A
第94回 H26.7.15開催
第3読会(21)
部会資料81-3  
第95回

H26.8.5開催

第3読会(22)

部会資料82-2

 

2 概 要

 事情変更の法理については、下級審レベルで適用を認めた事例は散見されるものの、最上級審レベルにおいて、実際に事情変更の法理を適用したのは、契約の解除を認めた大判昭和19・12・6民集23巻613頁の1件のみとなっており、あくまで例外的に適用されるルールといえる。

 にもかかわらず、事情変更の法理を明文化することに対しては、必要性に乏しい一方、濫用のおそれがあるとして、当初より、立法事実の存在について反対の意見が根強く存在した。特に、事情変更の法理の効果として、解除のほかに、裁判所による契約改訂を認める考え方や再交渉義務を規定すべきであるとの考え方については、一層濫用のおそれが強いとの反対意見が出されていた。

 しかしながら、事情変更の結果、解除でなく、契約改訂を必要とすべき事案も考えられることから、引き続き、契約改訂についても検討することとし、中間試案では効果として解除だけに絞るのか、解除のほか契約改訂を含むのかについて、両論併記とされた。

 中間試案発表後は、中間試案に対するパブリック・コメントにおいても濫用のおそれから反対の意見が根強かったこと、また契約改訂については司法権の限界を超えるのではないかといった懸念や手続をどのようにするのかといった問題等必ずしも十分な議論の蓄積があるとはいえないと考えられたことから、効果につき解除権に限定して検討することとされ、事情変更の法理全体を明文化するという体裁でなく、著しい事情変更があった場合に特別に生ずる解除権と位置付けて、検討が続けられた[4]

 その後は、濫用のおそれを払拭する観点から、要件についてさらなる検討が重ねられた。具体的には、例示列挙として「異常な天災地変」を挙げることとすることや、事情の変更につき「著しい」変更とした上で、さらに、予見することのできなかった「特別のものであること」という要件を重ねて明記することなどが検討され、明文化に向けて模索が続けられた。

 議論の過程では、明文化する場合には例外的なルールであることを明示するため、事情が変更しても契約が履行されるべきであるという原則を定める必要性についても議論がなされたが、仮にかかる原則を明文化した場合にその例外として解除のみが定められるとすると、契約の改訂の可否について解釈に委ねることが困難となること等の問題が指摘された[5]

 

Ⅳ 立法が見送られた理由 

 解除権に限定したとしても明文化により裁判外において紛争を惹起しかねないなどの意見がなお強く存在した。

 このような懸念を条文の文言上払拭すべく検討が重ねられたが、技術的に困難を伴うものであり、かつ、これを制限的なものとしすぎると、かえって判例法理よりも厳格なルールとなるおそれもある。

 結局、コンセンサスを得ることが困難であったことから、事情変更の法理の明文化はこの度見送られることとなった[6]



[1] 部会資料81-3。

[2] 部会資料19-2。 

[3] なお、要綱仮案決定直前である平成26年7月23日、内閣府規制改革会議第27回創業・IT等ワーキング・グループにおいて、法務省担当者および加藤雅信教授を招いて債権法改正についてのヒヤリングが実施されており、契約合意との関係につき「契約の趣旨」の内容のほか、事情変更の法理につき強行法規性の有無の議論がなされている。http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/wg3/sogyo/140723/agenda.html

[4] 部会資料77A。

[5] 部会資料81-3。

[6] 部会資料82-2。

 

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