◇SH2835◇弁護士の就職と転職Q&A Q95「仕事に『飽きる』のは避けられないのか?」 西田 章(2019/10/21)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q95「仕事に『飽きる』のは避けられないのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 司法修習生時代、弁護修習先の指導担当の先生が、ランチタイムに何を食べるかを真剣に悩んでお店を選び、たっぷりと時間をかけて昼食をされているのを見て、「忙しいのにどうしてランチに時間をかけるのだろう?」「短時間で切り上げて、溜まっている仕事を済ませることを優先すべきではないか?」と素朴な疑問を抱いていました。今になって思い返してみると、それは「仕事に飽きを感じることから逃れるための工夫」であり、忙しくてもランチに時間を確保していたことが、長く弁護士業務を第一線で続ける秘訣だったのだと感じさせられます。

 

1 問題の所在

 人材紹介業をしていると、新人から、中堅、そしてシニア層に至るまで幅広い年代の弁護士との間で、彼・彼女らの職業観を聞くことができます。ステレオタイプ的にその課題を大胆に分類すると、ジュニア・アソシエイト世代は、「色々な案件に携わりたい」という好奇心が強く見られますが、シニア・アソシエイト世代になると、(仕事の幅よりも)専門分野を確立することを重視するようになってきます。そして、ジュニア・パートナー世代には、いかにして顧客を開拓するかに頭を悩ませますが、仕事が順調に回ってくるようになると、今度は、「仕事への飽き」にどう付き合うかに苦慮している姿が見え始めるようになります。若いうちの課題は、失敗すれば、食い扶持を失うリスクもある深刻なものではありますが、解決の糸口を探すには、とにかく、「がむしゃらに働く/勉強する」しかないという意味では対応策はシンプルです。これに対して、「仕事に飽きを感じてしまう」という問題は、性質の違う難敵と言えそうです。

 大企業のサラリーマンであれば、ジョブ・ローテションがあるため、良くも悪くも、ひとつの仕事を飽きるまで同じポストで続けることがありません。また、年次が上がれば、マネジメント力を求められるようになり、かつ、社内政治に携わるようになれば、「どの上司に師事するべきであるか?」とか、「どの部下を取り込むべきか?」といった駆け引きに腐心することになります。サラリーマンとの比較について、ざっくりした印象を述べると、20歳代~30歳代までは、弁護士は、サラリーマンに対する優越感を持っていることが多いです。アソシエイトでも、会社のマネジメントから自分の意見を求められる機会があり、同世代の会社員よりも価値のある仕事をしている感覚を抱きやすいです(高額な給与も自尊心を満たしてくれます)。しかし、サラリーマンの世界では、40歳代にもなれば、優秀な人材は社内で昇進していき、組織を動かして仕事をするようになってきます。弁護士も、アソシエイトからパートナーへの昇進は成長を感じさせてくれるイベントとなりますが、仕事の本質に変わりありません。パートナーになってしまえば、もはや肩書きが変わるわけでもなく、プレイヤーとしての資質については(もはや成長するというよりも)現状をキープすることすら辛くなってきます(一流の事務所ほど、同じ分野を専門とする後輩弁護士からの激しい追撃を受けることになります)。若い頃のように、「目に見えた成長」を感じられなくなってくる中で(むしろ、体力が衰えて徹夜仕事がキツくなり、老眼で書面を読むことも億劫になる中で)、どのように仕事に対する意欲を失わずにいられるかが課題になってきます。

 

2 対応指針

 弁護士登録20年を過ぎても、仕事への意欲を失っていない弁護士には、3つのタイプがあります。ひとつは、自身が専門とする分野で最先端を走っているタイプです。2つ目は、プレイヤーから経営者に自身の立ち位置を転換したタイプです。3つ目は、自身が専門分野の案件に取り組む時間に敢えて「空白期間」を設けて、新鮮味を保持しているタイプです。

 最先端を走る弁護士は、個別案件の解決だけでなく、政策的にも、同種の案件をどう処理することが社会正義の実現や経済効率性の面から優れているかのルール・メイキングの議論に貢献する役割を担っています。

 経営者に軸足を移した弁護士は、資金繰りや採用・人材育成(後継者育成)という「正解の存在しない課題」に取り組んでいるため、事務所が成長している時も、危機に瀕している時期でも、いずれにせよ飽きている暇がありません。

 「空白期間」には、「ワーク・ライフ・バランス」を保って、趣味的にゴルフや肉体改造等に真剣に取り組むことでリフレッシュを心がける例もありますが、「ワーク・アズ・ライフ」的に、異なった分野の専門を並行して持つことで、「もうひとつの専門」に没頭する時間でリフレッシュが行われている例もあります。

 

3 解説

(1) 最先端案件への従事

 専門分野を持つ弁護士の全てが、最先端の実務を担っている一流というわけではありません。先例がない(又は先例に反するような結果を求めるべき)問題に対して、クライアントが望み(かつ、社会的にも認知されるべき)「あるべき解決策」を提示するために尽力する一流の弁護士は一握りにすぎず、その他に、同分野を扱う弁護士の多くは、「同種案件を数多く効率的に扱っている」という意味での専門家です。もちろん、「同種案件を数多く扱う」ことで「平均点を維持したサービスを提供する」ことは、クライアントの利益保護の観点から重要です。しかし、「多数の同種案件に対して、平均的を維持したサービスを提供し続ける」という業務は、「もっとも飽きを感じやすい類型」でもあります。

 最先端の案件に従事する、というのは、先例踏襲主義ではなく、むしろ、平均点以下の結果を招く危険すらあるチャレンジングな業務です。本件における当事者の言い分を聞いて、「本件における落とし所」を探るだけでなく、対立する意見との比較において、どちらの見解を採用することが、社会をより良い方向に進めることに資するのかの正義の在り方を示す政策的な取組みでもあります。ここで、主張が説得的とみなされるか否かは、当該分野に関する法律専門的な主張の優劣というよりも、代理人弁護士自身の教養が問われる場面であると言えそうです。

(2) 経営者への移行

 弁護士業務において、「初めて扱う類型の事件」は、勝手が分からず、緊張もしますし、非効率な対応しかできませんが、脳内アドレナリンは放出されているように感じます。そして、事件を処理し切れたときには「自己の成長」も感じられます。同種の事件でも、事件規模が大きくなれば、脳内アドレナリンは放出され続けます。破産管財事件で言えば、同時廃止の事件から、数千万円単位、数億円単位の財団を扱うようになり、その規模が、数十億円規模、数百億円規模と大きくなっていけば、「これだけの規模の事件でも、自分ならば適切に処理できるだろうと信じて任せてくれたこと」に対する、職業的なやりがいを感じることができます。しかし、逆に言えば、同種事件で、前回より事件規模が小さいものを依頼されるようになって来てしまうと、「これは自分でなくても(もっとジュニアな弁護士でも)できる仕事ではないか?」という疑問(不満)も感じるようになり、「使命感(自分が引き受けなければ(他の弁護士では誰も)本件を適切に解決することはできないだろう)」も薄れてきてしまいます。

 そういう意味では、「職人としての使命感」は、「簡単な事件を数多く受ける」こととは相入れません。ただ、もし、「経営者マインド」に転じて考えてみれば、「特殊技能がない弁護士でもこなせる案件を継続的・安定的に引き受けて処理できるシステムを構築する」というのは、収益確保の観点からは、すぐれた経営戦略です。

 また、「採用」と「人材育成」は、当事者毎の個別的事情や相性、それに、当事者に与えられた他の選択肢にも大きく依存する事柄であるため、「長く続けていれば、よい判断ができるようになる」ということがありません(失敗から学べることはありますが、外部環境が変われば、「前回の失敗を避けようとする行動」が新たな失敗を生じさせることもあります)。そのため、自分の役割を(プレイヤーから)経営(人事を含む)に転じてしまえば、仕事に対して「飽き」を感じる心配は少なくなります(「もうこりごりだ」と感じることは増えたとしても)。

(3) 専門分野との距離を置く(空白期間)

 冒頭に示した「ランチに時間をかける」という指導担当弁護士の事例は、「自分の頭に仕事のことを忘れる時間を持たせる」ことが、再び、仕事に取り組んだ時にやる気を失わせない工夫であったと解釈できます。実際、一流企業から信頼されて実務で多忙にされている弁護士の中には、「どんなに忙しくても、週末には時間を作って必ずゴルフに行くようにしている」という方がかなりの数で存在します。最近では、事務所にパーソナルトレーナーを呼んで、肉体改造のために、加圧トレーニング等を実施する経営弁護士も見かけるようになりました。これらは、仕事のクオリティを維持するために、「ワーク・ライフ・バランス」を保つ事例だと思われます。

 さらに言えば、「仕事の空白期間」を作るため活動は、何も「(仕事以外の)趣味」である必要すらないように思われます。弁護士の中には、複数の専門分野を持った上で、両分野において、長く、一線で活躍されている先生も存在します(数がそれほど多くはないかもしれませんが)。例えば、不況期には、倒産事件を集中的に扱いつつも、好景気には、知財の紛争事件で活躍する弁護士もいます。2つの専門分野に共通項があることが大事なわけではなく、「別の仕事に従事する時間を持つことが、ひとつの特定分野の仕事との距離を置いて空白期間が生じる」ことが、結果的には、長期間にわたり、両分野における仕事のクオリティを維持することに役立っていると解釈できそうです。

以上

タイトルとURLをコピーしました